18 現場百遍と
※ とあるA警官の体験 ※
現場百遍と、先輩は言っていた。
捜査では解決の糸口が事件現場に隠されているものとして、百回訪ねてでも慎重に調らべろと言われている。
だが、どうだろう?
この事件は不法薬物も関わっているので、当県では第四課の担当なのだろうが、早々に本庁から組織犯罪対策部とか言うのが出張って来ている。
その時も、周辺部での聞き込みや監視ビデオデータの借用依頼のみで、現場の別荘に我々県警が関わったのは、通報直後の初動調査のみだ。
被害者は数百人に及ぶと見られているコノ事件だが、本庁から来ているのは、たった二人の私服警官。
そして、通報から半月近く経つが、ろくに調べもしない。
マスコミにも公表されず、署内でも関わる事をタブーとされており、資料も捜査メモも全て没取されてしまった。
どうやら、大臣クラスや警視OBクラスの家族が関わっているらしく、全て揉み消すつもりらしい。
俺が関わっているのは、地元県警で土地勘があるのと、幾つかの問題を起こして左遷か退職かを迫られているからだろう。
「やはり、抜けられそうな脇道は無いな。山を歩いたとしても数十キロの傾斜道を移動するのは無理がある」
山合いの別荘地。
周囲の監視カメラ映像を集めても、逃げたとされる教祖と幹部候補の行く方は分からなかった。
唯一、この件の別荘・・・と言うか、別荘名義の教団本部から出た車は、支部の人間が勧誘した人員を送り届けたものとして、終始が判明している。
他の別荘の画像でも、その日に往復した二人の女性が確認され、都内で降りるまで追尾できている。
残る脱出ルートとして、山岳方面を捜索したが、新たに作られた山道などは見付からず、近郊の道路は別荘が並んでいる関係で、道路上は勿論、道路周辺まで監視カメラが稼働していた。
既に本庁の奴等には俺は御払い箱らしいが、うちの本部長も本庁のやり方にオカンムリらしく、俺の捜査継続を黙認している。
問題になれば、俺の首を切るつもりだろうが。
【現場百遍】とは言うが、実際に山道を捜索したのは十回程度だ。
それに、恐らく教祖達の脱出ルートは、ここではない。
せめて、当日のビデオデータが残っていれば糸口が掴めるのだろうが、全ての監視カメラが止められ、データは幾重にも上書き消去されていた。
「そう言えば、教祖達は【煙になって消えた】と言っていたな」
初動調査で聞き込んだ時に、その様に話す娘が居たのを思い出した。
その時は、薬物による幻覚だと思っていたが、ここまで痕跡が無いと、俺自身も、そう思いたくなってきたのだった。
「やはり、教団本部にしか手掛りは無いのか?【現場】は、あそこだしな」
本庁の二人が、まだ居ると言う事は、別荘内に隠し部屋等が有って、潜んでいる可能性が有るのか?
「『もう、来なくて良い』とは言われたが、県警の書類上は今だに関係者なので、教団本部に立ち入っても処分はできないだろう」
ほぼ半月ぶりに、現場へと立ち入る。
捜査関係上、通用口のコード番号は知っている。
教祖達は消えたが、教団のやっていた業務が一部は続いているので、各地からの出入りがある為だ。
監視カメラが動いている。
見ているのは、本庁の奴等だろう。
「人員の少なさが災いしたな。 確保されるまで、かなりの時間が稼げる」
情報漏洩を防ぐ為に人員を絞ったのだろうが、こう言った侵入者の対応には人員数がモノを言う。
侵入者確保は、監視室で侵入者の情報を把握する者と、無線で連絡を受けて確保に向かう人員に別れる。
後者の人数の乗数だけ、侵入者確保の効率は高くなる。
そもそも、俺の侵入を想定していなかったのだろう。
建物見取り図が頭に入っており、一度は入った事のある俺が迷う事はない。
先ずは再び聞き込みをしようと、【寮】へと向かった。
「おいおい、どうなってるんだ?」
ここ【愛の魔女教会】は、同性愛者を主体とした、洗脳集団だ。
同僚の一人が『百合の園』と言っていた。
薬物の入った【お香】を使って精神と身体を蝕み、財産を吸い上げ、労働を課していた。
オマジナイグッズや本、魔術用品の販売は、今も続いている。
初動調査の時とは違い、薬物入りの【お香】の匂いは、ほとんど消えているが、代わりに消毒液の匂いと、看護婦の姿がある。
寮の個室を覗き込むと、やつれた女性がベッドで点滴を射たれていた。
元から二人部屋だったが、今では点滴を射っている者と、比較的健康そうな娘が居る。
本庁刑事が出入りしているせいか、騒がれる事は無かった。
通報があった直後では、病人は居なかった。そして・・・・
「おいっ、お前!何をやっている」
本庁刑事の一人に肩を掴まれた。
「何って、捜査に決まっているだろう。ここは県警では俺の現場だ!」
あからさまに、嫌な顔をした。
県警に地元に詳しい応援要員を要請したのは、彼等なのだから。
俺は、奴が怯んだ隙に問い質す。
「それより、どうなってるんだ?この病人達は。更には要監視対象が、丸っきり入れ替わっているじゃないか?」
確かに寮内に女性は居るが、その顔ぶれは通報直後のものとはまるで違っていた。
「お前達には関係がない話だ」
「関係ないで済まされるか?関係者を逃がしたとなれば、いくら本庁だからと言っても放っておく訳にはいかない。県警が全面的に介入させてもらう事になるぞ」
警察内部には、警官を監視と処罰する部署もある。
本庁刑事は無線で色々と話していたが、やがて言い争う様にして無線を切った。
「事情は後で、ちゃんと話すから、今日は帰ってくれないか?」
「明日になったら、関係者も物証も無くなっているって事か?帰ると思うか?」
御互いに『一晩で蛻の殻』と言う経験をしてきただろう二人には『納得する訳が無いだろう』『納得する訳が無いよな』と言う感情が通っているのが、よくわかる。
暫く考えた末に、本庁刑事は口を開いた。
「まず、この教団には薬物で洗脳された信者と、各支部や活動拠点がある事は知っているよな?」
俺は、頷く。
「現在ここにいる大半が、薬物の影響の治療を受けている者達だ。可能な限り外部には知られたくないので、ここと警察病院に分けて収容している。ここに居た信者達は症状が軽かったので、その欠員の穴埋めとして支部等に行っているが、勿論、監視は付いている」
俺は、この現場しか見ていないが、調査資料には各支部や活動拠点の情報が確かに有った。
本庁が、ソレ等を監視や調査していない訳が無いだろう。
「一応は、筋か通っているが、証拠が無いな?」
これまでの行いから、一癖も二癖もある奴等だとわかっている。
話を鵜呑みにする程に馬鹿ではない。
「その話は、本当です」
二人の話を聞いていた、ベッドで点滴を射たれていた女が、声をあげる。
まあ、これらの女達が本庁の用意した【仕込み】でない保証はないが、ソレにしては数が多い。
本庁刑事も、真顔で頷いている。
「だが、ソレが【今日は帰る】理由にはならないだろう?何を隠している?」
「・・・・・それは、・・・」
本庁刑事の顔が曇った時に、その場内アナウンスは流れた。
『信者の皆さんは、至急に自室へと戻って下さい。只今、【魔女様】が参られました』
本庁刑事の顔が『マズイ』となり、ベッドの信者は喜びが浮かんでいる。
「【魔女】?教祖が帰って来たのか?」
「最後に、もう一度だけ警告する。『立ち去れ!』我々は、何も強要しないが以後の全ては御前の自己責任だ」
「事件の真相を確かめないで、何が『警察官』だ?勝手にやって良いなら、やらせてもらうさ」
この後、俺は厄介なものを目にする事となった。