16 赤と黒の戦
物事の摂理は、大きく三つに別れる。
【創造】と【変化】と【維持】。
滅びや終わりは【変化】に含まれる。
タロットカードの【死神】も、【終わり】だけではなく【変化】の意味もあるのだ。
常世の存在も、おおよそ、その三つに分類される事があり、実際にも派閥の様に別れて住んでいたりする。
ただ、同じカテゴリーに属するからと言って、必ずしも協調的とは限らないのが、現世の国家内と同様だった。
三つのカテゴリーのうち、仲が悪いとすれば、当然【変化】と【維持】だろう。
宗教的にはヒンズー教の三神が近い。
ブラフマー、シヴァ、ヴィシュヌだ。
三つのカテゴリーを現世風に表現すると、以下の様になる。
ブラース/プラフマー系・白
産み出す者、創造系
妖精、天人、
シーヴァス/シヴァ系・黒
変える者、変革系
昆虫、鬼畜、死神
ヴァイス/ヴィシュヌ系・赤
守る者、維持系
エルフ、吸血鬼、ドラゴン、
【愛の魔女教会】の教祖は、虫系の存在だったのだ。
「中々のレベルらしいけど、所詮は憑依体。実体である私と、この子達を相手に、どこまでできるかしら?」
「マリア。謝罪かと思えば徹底抗戦?最初に忠告してあげるわ。雑魚でも数が居れば勝てると思わない事ね」
「戦いは、数が勝負に決まっているでしょうに!」
小さな虫でも数で襲えば、ライオンだって倒せる。
マリアの判断は、決して間違いではなかった。
「まずは、小手調べで」
マリアの言葉に、倒れていた三人の新規参入者が立ち上がる。
操り人形の様な不自然な起き方だった。
だが、その目に光はなく、いまだに朦朧としている。
手を前に差し出し、その先に魔方陣を構成している。
「自分は手を汚さないで、他者にやらせる程の地位でもないでしょうに・・・・ああ、一応は【女王】なのね」
そう言うと、ミストレアが呆れたポーズで指を鳴らした。
「うっ、うぐっ、ぐおぇぇぇ~~っ・・・」
三人の女性達は、いきなり前屈みになり、何かを吐き出した。
それは、10センチ程の浅黒い芋虫だった。
芋虫は床に落ちた後に、もがき苦しみ、黒い粒子になって消えていった。
「き、きゃあ~!」
目の当たりにしたあまりの異物に、横で見ていた九人の新規参入者達が悲鳴を上げる。
「本当に醜いわよね?自分の子供を人間に寄生させ、生命エネルギーを集める代わりに、魔力を与えているなんて」
マリアは、多くの信者に子供を忍ばせ、その生命エネルギーを糧に現世での維持をしていたのだった。
「どう言う事?いったい、何をしたの?」
マリアは、状況が飲み込めて居なかった。
何かの魔法を使ったと思うのだが、ソレが何なのか理解ができなかったのだ。
ミストレアにしてみれば、吸血鬼の能力で、胃袋に寄生していた芋虫からピンポイントで生命エネルギーを奪っただけだ。
殆ど力を失った芋虫は、異物として体外に吐き出された所で、現世の圧力に押し潰されて飛散したのだった。
あまり美味しくは無かったのか、ミストレアの顔が少し歪む。
彼女の横では、サヤが御腹を押さえて嗚咽していた。
サヤの御腹には、既に芋虫は居ないのだが、彼女はソレを知らず、肉体的ではなく精神的に嗚咽をしてうずくまっていた。
「やはり、新参者では魔法防御もままならないか?では、コレならどうだ?」
大講堂の複数のドアが開かれ、五人の女性が駆け込んできた。
手には警備担当が持っていたのと同じ、両刃の薙刀が握られている。
その後ろには、多くの女達が迫っていた。
「虫が手練れと数で責めてくるって訳ね?」
「この者達は、魔法も格闘技も優れた娘達だ。先の様にはいかないわよ」
うずくまっていたサヤが顔を上げて武器を持った者達を見た。
「幹部候補生・・・・」
強さを知っているのか、サヤは部屋の隅へと逃げていく。
それを見て、新規参入者の九人も、サヤに倣った。
五人の猛者が一気にミストレアへと斬りかかってきたが、彼女は巧みにそれを避ける。
その後ミストレアを見れば、彼女の手にもソックリの薙刀が握られていた。
五人は、薙刀での攻撃と魔法攻撃を同時にこなし、高い戦闘力を持っているが、その後のミストレアの剣技と魔法は、ソレに拮抗していた。
その間に集まった女達により丸く包囲され、ミストレアが逃げ出さない様に集団結界を張られていく。
「まさか、これ程の者が居るとは・・・」
幹部候補生の一人が、拮抗する相手の力量に感嘆した。
そして立ち位置を変えて、敵越しに他の四人に注意を回した時に、彼女は気が付いた。
「これは、何なの?」
彼女が戦っているミストレア以外にも、ミストレアが四人居て、各々が戦い合っているのだ。
「他の四人はどこへ?いや、これは幻術?」
人数的に見て恐らくは自分以外の者が、先の侵入者に見えているのだろうと、彼女は察した。
実際は、同格の五人が戦っているのだ。
勝負が簡単につく訳がない。
恐らくは結界の外の人達には、別の状況が見えているのだろう。
そんな事を考えていた彼女の脇腹を、相手の薙刀が突き刺した。
致命傷ではないが、力が入らない。
そして、激痛でも幻術からも覚めない。
「戦っては駄目だ!」
彼女は正面の相手から降り下ろされる薙刀からの防御の為に、自らの薙刀を水平に掲げた。
グサッ
薙刀を水平にした時に、彼女が予期せぬ感覚が手に伝わった。
水平にした薙刀の片方に血が付いているのだ。
そして、正面に居たはずの相手の姿は無くなっている。
「姿だけではなく、見える全てが幻覚?」
その予想は正しかった。
外から見えている状況が全て幻なのだ。中の状況が幻でない筈がない。
状況を把握して薙刀を捨て、逃げに走った彼女の行く手を仲間の結界が阻む。
外の仲間には、彼女の姿が侵入者に見えているのだろう。
魔法で真実を見ようとするが、マリアも言っていた【赤い煙】が魔法を阻害しているらしく、よく見えない。
辛うじて【何かある】と分かるのを利用して、その合間を逃げ回るのが精一杯だ。
目で見ようとすれば惑わされ、耳の横を薙刀の風切り音が何度も通り過ぎていく。
『上だ!』
マリアからのテレパシーの様な声に、皆が上を向いた。
「地べたを這う虫風情が、よく気が付いたわね」
大講堂の天井には、天地を逆さまにした様に立っているミストレアがあった。
「私は飛べるのよ、馬鹿にしないで!」
マリアは黒いドレスを羽根の様に広げて、天井に向かった。
「貴女と違って、私は生まれながらの【姫】なのよ。荒事は勘弁して欲しいわ。余興も終わりね」
ミストレアは向かってくるマリアをよそに、結界を破って五人の元へ降りていった。
「これが、私の戦い方よ」
床に降りたミストレアがそう言うと、幹部候補の五人が悲鳴をあげ始めた。
身体の表面がただれて、溶け落ちていく。
その後に残ったのは、黒い外骨格の体と複眼、長い触角。
その姿は、巨大な【蟻】だった。
自分の手足を見て、他の四人を見た彼女達が、自らの姿を自覚して再度の悲鳴を上げる。
周りで結界を張っていた女達も、その姿を見て悲鳴をあげながら倒れていく。
そして、嘔吐している。
蟻となった女達は、先の芋虫同様に黒い煙となって崩れていった。
ミストレアを追って床に降りたマリアは、力が入らない様子で片膝をついていた。
「何をした?」
「分体を作れるのは、貴女だけじゃないのよ、マリア」
「まさか・・・・ヴァンパイアか?」
マリアは、この時はじめてミストレアの正体に思い当たった。
「私の分体で、貴女の分体の生命力を奪っていったのよ。数が多いから沢山の生命力を集められたわ。でも、その分、貴女は苦しそうね?」