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13 渋谷の街並

ミストレアは、道に迷っていた。

当然、彼女に土地勘は無い。


女の記憶を探れば、この世界の事は容易に分かる。

だが、それは女の意識が戻る可能性を秘めていた。

女の魂は、無くなった訳ではなく、封じられた状態なのだ。


体力を消耗している上に、大気中に皆無な魔素、肉体改造に使った己の魔力を考えると、危険は犯したくない。


「そう言えば・・」


彼女は長一郎ちょういちろうの話を思い出し、騒がしい道を走る【馬無し馬車】を探した。

耳を澄ませば、聞いたこともない騒音と風切り音のする方向がある。


やっと見付けた道端で左右を見回し、屋根に飾りの付いた物を探しては手を挙げた。


数台を逃しが、ようやく止まった馬車に彼女は乗り込む事ができた。


「これが【タクシー】ですよね?渋谷駅前までお願いします。お金はこれで足りますか?」


脳の言語野は個人的な記憶とは場所が違うので、問題はなかった。

ミストレアは財布から高額紙幣と思われる物を、二枚取り出して運転手に見せた。


日本の商取引や通貨制度については、東加茂とうがも憲明のりあきの記録を復習して、更に長一郎の話でも確認してある。


グージャスに、長一郎から日本の町の現状を先に聞かせたのも、ミストレアの指示だった。


「ああ、二万円あるのね?大丈夫だよ。料金は着いてからだからね」

「よかったわ。じゃあ、お願い」


走り出すタクシーの中で、ミストレアは座席の肌触りを楽しみながら、ビニールや透明度の高いガラス、液晶画面などを物珍しく見回していた。


「随分と石造りの建物が多いのね?東加茂の話だと木造の住居が多いって話だったけど。そう言えば、長一郎は防火の為に減ったと言っていたわね」


関東大震災を期に、日本の建築基準法は変わったと言われている。

新規の建物で、古い建築方法が使えないので、古民家改造が流行った程だ。


ミストレアにとって異世界の、いや異国の風景は時間を忘れるに充分なものだった。


程無くしてタクシーは渋谷駅前に到着し、彼女は話に聞いていた街並みを目にする事ができた。


「これが【電車】とかの停車場ね?あれが【イチマルキュー】で、この像が【ハチ公】っと」


ここに来れば人間観察、娯楽、美食、ファッションなど多くが学べると長一郎の話から分析していた。

宗教に関しては、【浅草】と言うのが近場で大きいそうだ。


「これだけ居れば、騒ぎには成らないわね」


吸血鬼の公爵家である彼女の力なら、近寄るだけで生気を奪える。

今の肉体は吸血鬼の物ではないが、精神が肉体を凌駕する彼女達にとって、肉体を任意に改造する事は朝飯前だ。


人間だったソノ肉体には、憑依の直後に他者の生気を奪う為の器官を構築していた。

だが、殆んどか人間のままなので、有害な太陽光で被爆する事もない。


「一人一人からは少しづつ。時間をかけて数をこなして・・・」


駅前交差点付近の一角に立っているだけで、周りを多くの人間が通り過ぎていく。

多少は、ふらつく者も居るが、アクビをしながら歩き去っていった。


こうして奪取した生気を維持力と魔力に変えて、ミストレアは更に肉体を改造していく。


「次は、物質の補給ね」


この世界では常世と違い、物質からエネルギーを得るのは簡単だが、エネルギーから物質を作るのが容易ではない。

エネルギーで肉体/物質を変容させれるが、消耗やロスが生じる。


召喚に使われた倉庫を出てから、既に彼女の体重は三キロ減少していた。

この世界で、彼女の【魂】を安定させる為には、かなりのエネルギーを要するのだ。

今までは、そのエネルギーを肉体の一部を分解して得ていたのだった。


運動によるダイエットと同じ理屈だ。

体内の脂肪などを分解してエネルギーを得られるが、脂肪自体は炭酸ガスと老廃物として体外へ排出されていく。


エネルギーがあっても、大気中に逃げた物質を回収するよりも、既に固形化した【食品】を食べた方が効率がよい。


この世界の動物は、大気中から物質を取り込んでいる植物を食べることにより、運動する為の物質とエネルギーを得ているのだから。


「ちょっと、そこのあなた!」


ミストレアは、近くにいた軽装だが身綺麗な女性に声を掛けて瞳を見詰めた。


『「私たち、友達よね」』

「そうよ。今さら何を言うの?」


吸血鬼の能力の一つ【魅了】である。

完全支配ではなく、認識の一部を変更する術で、そんなに高度なものではない。

魔力の強い者なら耐性を持てるので抗えるが、人間の扱える魔力では難しい。


ましてや魔力と無縁な人間に、抗える訳がなかった。


『「この近くで美味しいスイーツをおごってくれるって言ってたわよね」』

「そう言えば、そんな約束をしたわね。行きたいの?」


『「ええ。ごちそうしてくれるかしら?」』

「仕方ないわね。いい御店を紹介してあげるわ」


身綺麗な女性は、ミストレアに友人にする様な気軽なアイコンタクトをとって、近くの建物へと入っていく。


「ありがとう。ごちそうになるわ」


ミストレアは、先に行く彼女の動きを一つ一つ確認しながら、エスカレーターや自動ドア、注文のしかたなどについて覚えていった。


フレンチトースト・ソフトクリーム・タピオカドリンク・ビスケットサンド・ティラミス・フルーツパンケーキ・トロビカルパフェ・マロングラッセ・ドーナッツ・クレープ・みつ豆・苺大福餅・水羊羹・どら焼き


ミストレアは、次々と複数の女性を【魅了】し、スイーツを食べたり服を買ったり、映画を観たりした。

【デパート】と言う場所を端から端まで見て回れば、この国の基本的な生活レベルを知る事ができる。


既に人生を捨てるつもりだった女の財布は心もとなかったが、【魅了】を使えば簡単にお金を【借りる】事ができた。


時間をかけて物質を取り込み、スレ違う人達から生気を奪って、ミストレアは現世での万全の状態を手に入れた。


「彼女、ひとり?」


あまりにキョロキョロしていたせいか、夕方ちかくなると数人掛かりで声を掛けてくる男性も居た。

活性化した肉体では、実年齢よりも若く見える。


「あれっ?なんだ?俺、少し体調が・・・」


利益になりそうになかったので生気を多目に奪って追い払った。


「夜は、あまり出歩かない方が良いみたいね」



渋谷駅から少し離れたホテルに部屋を取り、ミストレアは一日の回想に浸る。


こうして三日目は、ほぼ食べ歩きで暮れた。


「あと四日は何をしようかしら?」


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