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10 姫の転移術

汚物処理を含めて幾つかの仕事を経験し、ここでの長一郎の生活は数ヵ月に及んでいた。


二日に一日ほどは、城のグージャスに呼び出され、延々と現世の話をさせられていたので、半分位しか働いてはいないが。


今のところ、大正時代の庶民では分からないところの社会情勢や生活レベル、流行を何とか話し終えたくらいだった。


「しかし、世界の人口が百億近く?そなたの国【ニッポン】でも半世紀のうちに三割増し?国土が増えたり【火星】とかに植民地ができた訳では無いのだろう?新しい食料増産技術でもできたのか?」

「いいえ。肥料による増産は有りますが、特に新しい技術はありませんね」

「おかしいではないか?君の国は、飢餓などなく豊かだと言っていたではないか?どうやって食っていける?」


この半世紀あまりで、日本の国土は一割も増えてはいない。

1970年代、日本の人口は約一億だったが、昨今は一億三千万を越えている。


「日本では、食料の九割を外国から輸入しています。世界の他の国では餓死者も出ていると聞いていますが」


1900年におよそ16億人だった世界人口は1950年におよそ25億人となり、20世紀末の1998年にはおよそ60億人にまで急増した。

そして2020年には80億人に至る。


「いくら何でも無理があるだろう?他の生物を皆殺しにするつもりなのか?いや、餓死者が出ている段階で、既に破滅へと向かっているのか?砂漠化などの環境破壊も進んでいると言うしな・・」


グージャスは眉間にシワを寄せて、頭を抱えていた。


自然のバランスを保つ為には、日本の国土面積に人間サイズの哺乳類は一千万人までと言う統計学も存在する。

多すぎる人間は、存在そのものが【害悪】でしかないのだ。


「まぁ、あちらの事は、今さら林君に言っても仕方がないのか」


グージャスは、聞き取ったメモを、再度眺めた。


「次は宇宙技術と天文学的な話を細かく聞きたいが、少し間をあけよう」


グージャスは情報の整理と、他の仕事で多忙になる様だった。


「少し休めますね。体を動かしている方が疲れないって、ここに来て初めて体験しましたよ」


長一郎とて、現世の全てに精通しているわけではない。

記憶を掘り起し、常識と他の知識を総動員して質問に答えようとするが、あまりに『わかりません』が多い現実に、ストレスで彼の精魂共に尽き果てる寸前だった。


溜め息をついて部屋を出ていく長一郎と入れ替わりに、グージャスの目の前に現れたのは、美しき金髪の女性だ。


「姫。本当に、よろしいのですか?」

「ええ。御兄様の許可は取ったし、長一郎の話で決心したわ。かなり刺激的で面白い国らしいじゃない」


グージャスは、ミストレアの顔を覗き込んでいた。


「今回は【憑依】なので、万が一にも死ぬ事はないと思いますが、御注意ください」

「もう、向こうの術師のレベルが低くて【受肉】ができないんでしょ?仕方がないわ」


ミストレアは公爵であるミドルド・ドラゴニアの妹で、将来は妻として補佐に当たる。

その為に見聞を広める行為を許されていた。


近親結婚は、現世でも王族や貴族で行われてきた血統や権力を維持する為の行為だ。

近年では遺伝子等の問題で弊害も有るが、異世界/常世では違うらしい。


「現世での反魂の術を利用して死体に憑依いたします。自動書記によって操れた者は女性で、肉体は男性の様ですが・・その、再びの逢瀬おうせを望んでいる様で・・・」

「人間の逢瀬は村で学んでおるから、何とかなるでしょう」

「・・・・・・・わかりました」


グージャスは、多少の不安を覚えつつ、転移儀式の準備を進めた。


長一郎の望んでいた、肉体を含んだ転移とは異なり、精神だけの一時的な転移は比較的容易にできるらしい。

それでも、二人が向かった別室には大きく複雑な魔方陣と供物。更には十人近くの術師が揃っていた。


「儀式には、かなりの時間がかかります。ご辛抱を」

「待ち時間より制限時間よ。どのくらいなの?」

「林君の国と次の最接近までは一週間です。以後は数十年ほど後になりますので、一週間後に強制帰投させていただきます。ただ、あまり移動されますと回収できず、魂が消耗する事となりますので、御注意ください」


現世と常世の二つに別れた地球。

その位置は同一なのだが、自転の向きや速度から、表面の相対位置にズレが生じている。


この地に日本だけではなく、他の国の人間が転移しているのも、それが原因だった。

斜めに細長い日本列島は、イタリア同様で実に【接続】が難しい。


ミストレアは魔方陣の中央に置かれた台に横になり、ゆっくりと目を閉じた。


術師達が手分けをして燭台に火を灯す。


「では、魂転移の儀式を行う!」


グージャス導師が呪文を唱え、術師達が合わせて唱える。


歌声の様で、一見、グレゴリアン聖歌にも見える。


供物が灰に変わって魔方陣が光りだす。

呪文の言葉の強弱に反応して空気が振動し、燭台の炎と空間が歪む。


二時間にも及ぶ儀式の末、ミストレアの身体が光りだし、その光の一部が身体を離れて天を目指し、途中で消えた。


「姫様、お気をつけて・・」


消えていった光を見上げて、グージャスが呟く。



ミストレアの肉体は光るのを止めたが、静かに呼吸を続けたまま眠り続けている。


生きている身体は、維持していく為の【肉体】と、活動する為の【霊】、意識する為の【魂】の三位一体で構成されていると言われている。


ミストレアの魂は、空間の壁を超えて、異世界へと旅立ったのだった。


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