01 失せし者達
アクション少なめです。
今日から一日おきの昼12時に更新する予定です。
「なんで、私が辞めなくちゃいけないんですか?」
事業部長の部屋へ呼び出された整備主任は、納得がいかなかった。
室内に流されているテレビの画面には、彼らの社長と副社長とが報道陣に向かって頭を下げ、けたたましいシャッター音と共に、その薄い頭頂部にフラッシュが反射する様が映し出されている。
「事故現場からの調査報告書は読んだ。君の言いたい事も、気持ちも解りはする。が、これを正直に発表しても説明がつかないじゃないか?」
「でも、それが事実なんでしょう?だったら、私が責任を取るのは御門違いでしょ!」
整備主任は、事業部長の机を、ドンと叩く。
机の上には、事故調査委員会宛に提出された調査報告書と、調査委員会で作成した報告書が置かれているが、書かれている事故原因については差異があるものだった。
「確かに調査報告書は事実だろうが、常識では有り得ない事だ。だから、事故原因を大まかに【整備不良による部品の破損と、エンジンの欠落】として、誰かが責任を取らなくてはならないだろう?何も、君だけが不合理な処罰を受けるわけではないのだから」
かく言う事業部長も、降格の上に左遷となる辞令が下っている。
事は航空機の墜落事故に始まる。
羽田空港に着陸寸前の航空機から、左エンジンが欠落し、コントロールを失って湾内に墜落したのだ。
251名の乗客と5人の乗員が死亡し、12人の負傷者を出した。
一週間かけた事故調査報告では、エンジンを支える基幹たる部品の【消失】による各部の負荷と金属疲労によるエンジンの欠落と判断されている。
特に墜落したエンジン側は、その接合部が、ほぼ残っていて報告書の明確な物証となっていた。
だが、世論というものは、事実ではなく【理解できる原因】と【責め立てる為の悪役】を欲しているのである。
主原因が前例の無い天災であっても、二次災害をクローズアップし、その後の被害の全てを押し付けて『人災』に仕立て上げて騒ぐものだ。
「あのパーツは、ボルトが外れようが割れようが、エンジンを支える様にできている。それこそ粉々にでも成らない限り、外れようがない構造なんだ!」
「確かに、製造メーカーからの報告書にも、そうなっているし、この構造図を見る限りでは君の言う通りだが・・・」
事業部長は、パソコンモニターの図面を見て頷く。
素人目にも、幾つもの事故が同時に起きない限り、外れる様な構造にはなっていない。
「そもそも、なぜ、こんな事態が発生するのか、訳がわからんですよ」
「神様のイタズラなんじゃないのか?」
「どちらかと言えば、悪魔の仕業でしょう!」
事業部長は、現場からの調査報告書をシュレッダーに掛けて、溜め息をついた。
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神や悪魔は実在するのか?
現実として、我々の世界には【神話】が存在する。
一部に、嵐や津波などの自然現象を擬人化した物や、菅原道真や徳川家康の様に実在した偉人を神格化した物がある。
だが、天地創造や生命の発生など、明らかに物理法則を土返しした様な存在や、異形の者が登場する神話もある。
古代の超文明的な存在なのか?
他の天体からの訪問者なのか?
現実として、我々の世界には【伝承】がある。
先の【神話】の一部だったり、別個に存在したりするが、現在では見受けられない異形の生物の伝承が存在する。
日本においては【天女】【鬼】【河童】【雪女郎】【猫又】など。
西洋では【ドラゴン】【妖精】【ゴブリン】【エルフ】【人魚】など。
人間世界では、敵対者や他宗派を悪魔や魔物呼ばわりするのが常である。
イスラム教のムハンマドをバフォメッドと言う悪魔に見立てたり、アスラ神を阿修羅と言う悪鬼として忌み嫌うのは、周知である。
だが、異形の者の全てがそうなのだろうか?
そうでない物は妄想の産物なのか?
その様に思われた別の物や奇形種なのか?
それとも、過去に実在していて、どこかに行ってしまった存在なのか?
失せてしまった者達。
先の飛行機の部品同様に、不可解に【消失】した物は現実に存在する。
オカルト話としてはバミューダトライアングルなどが有名だ。
アメリカ南東部のバミューダ諸島近くの海域で、飛行機や船舶が行方不明になるとして話題にあがっていた。
遭難しやすい気候なのか?
海賊などが存在しているのか?
1億2000万人の島国である日本でも、毎年8万人が姿を消している。
警察庁の統計によれば、2011年度は8万655人、12年度は8万1111人、2013年度は8万3948人に上る行方不明の届けが出ている。
大きな事故に繋がった部品の欠落。
人間の行方不明だけではなく、生活の中にも、結局は行方のわからなくなった物が存在する。
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深夜のコンビニの裏手から、一人の男が出てきた。
彼は【林 長一郎】。
特別な能力も才能もない。むしろ、落ちこぼれと言われる類いの日本人だ。
彼の少し古風な名前は、高齢出産で産まれた母が【林】と言う名前の男に嫁いだのを切っ掛けに、ミーハーな祖母によって付けられたものだ。
本当は次男を【長二郎】と名付ける為の伏線だったらしいが、後の子供は娘ばかりだった。
そもそも【ミーハー】とは、1927年/昭和2年に公開された松竹映画「稚児の剣法」でデビューした林長二郎(後の長谷川一夫)のファンに付けられた言葉だ。
その俳優は、メーカーの宣伝効果もあり、若い女性の間でたちまち人気となった。
当時、若い女性が大好きな「ミつまめ」と「ハやし長二郎大好き人間」の頭文字から、「ミーハー」という言葉ができたらしい。
昨今の【おたく】の元祖とも言える。
彼の祖母も【ミーハー】の一人で、流行りものを好んだ人物だ。
そんな祖母も、大正、昭和、平成と三つの元号を体験し、百歳になる前に天寿を全うした。
彼はと言えば、地方の二流大学をも中退し、職を転々として三十路を迎えようとしている。
彼の素行に呆れた実家は、妹が婿をとって面倒をみている。
現在の彼は、コンビニでバイトをしながら、祖母の遺品整理をしているのだった。
祖母の遺品は、結構カルトな物が多く、ネットオークションで高値で売れる品もあった。
魔法やオマジナイ関係の本やグッズ、箱入りチョコレート【ハイクラ○ン】付録の花の妖精カードなど。
UFOやカルトを扱った【コズ○】や【UF○と宇宙】、【ム○】等は創刊号から揃っていた。
宝塚は勿論、漫画やアニメグッズ、芸能人ブロマイドも【おニャン○クラブ】など沢山ある。
古いタレントは、よく判らなかったが。
それらの【興味のない人にはゴミ同然】な遺品は、遺言によって、祖母が一番可愛がっていた長一郎に譲られたのだった。
彼にとっては、祖母と語らった思いでの品であるが、いつまでも取っておく事もできず、暇なときに処分をしていると言う現状だ。
コンビニバイトを終え、スマホでオークションの状況を確認しつつ、彼は深夜の夜道を家へと向かっていた。
「これは流して、こっちはSNS別アカウントで興味有りそうな人に話題を振って・・・」
長一郎は内ポケットから、もう一台のスマホを取り出すと、おもむろに操作を始めた。
複数のSNSアカウントを使って、興味が有りそうな人を探したり、ネットオークションの商品情報を流すのは、別に違法ではない。
欲しい人には朗報でしかないからだ。
オークションは参加者が増えるほど、値があがる傾向があるので、これは売り手の戦略でもある。
彼は、商品に興味が有りそうな人物をSNSで見付けると『そのアイドルのブロマイドなら、○○ネットオークションで見掛けた』と情報を流しているだけなのだから。
そんな操作をしながら歩く道には人影が無く、車道側を時おり車が通るくらいだった。
街灯と街灯との間では、車のライトが、モールス信号の様に長一郎の姿を浮かび上がらせる。
不意に浮遊感を感じて立ち止まって、見上げた彼が見たのは、稲妻でヒビ割れた様な空だった。
厳密には、長一郎の頭上一メートルくらいの高さを中心に、半径3メートルの範囲全体がヒビ割れていたが、彼には空が割れている様に見えた。
「えっ?」
予想だにできない事態に、彼ができたのは、声をあげて硬直する事だけだったのだ。
ヒビ割れの中に取り込まれた林長一郎は、頭上に落ちる様な感覚に襲われたが、実際にはヒビ割れた範囲の全てが小さく縮む様に、この世界から消え失せた。
こうして、この物質世界から林長一郎は消えた。
それらは、どこに行ったのか?
なぜ【消失】してしまうのか?
これは、そんな物語りである。
既に最終回だけ書き終えているので、延々と続く話ではありません。