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008・富士吉田会場(4)

ご注意 : この小説には地震をはじめとした災害の描写があります。


 ……「4」「3」……

 ゴゴゴゴゴゴゴ。

 ルウイの耳に、今日2度目の地鳴りが聞こえてくる。


 やばい!免振装置にのっていない。


 地面が揺れた瞬間、足元の土が崩れた。

 知らぬ間に、ルウイは崖の縁にいたのだ。


 そのまま、背中で崖を滑り落ち、中腹で止まった……。

 揺れはすでに収まっている。


 滑り落ちる間、「グッシーン。バラバラバラバラ」と雷が落ちたような音がした。


 痛タタタ。

 背中の痛みをこらえ、恐る恐る会場を見る。

 砂埃が徐々に薄くなる。

 巨大車輪は…………無い? 


 どこにも見当たらない。

 崖を少しよじ登ってから、振り向いた。あった!


 大観覧車はパレットの手前50メートルで横倒しになっていた。


 今の余震の揺れで、会場の手前で倒れたんだ。

 誰一人、押し潰していない。


 奇跡が起きた!


 ルウイは会場に目を戻す。

 観客は皆、安堵の表情を浮かべている。

 先に立ち上がった人が、倒れている人の手をとって起こし、抱き合う。

 そんな光景がそこかしこで見られた。


 こんな奇跡あるんだ!


 倒れている大観覧車に多くのスタッフが駆けつけて、トラロープで規制線を張っている。

 トラロープを張り終えると、周りに集まった観客からスタッフに労いの拍手が起きた。

「ありがとうスタッフ!」

「富士吉田市職員グッジョブ!」

 拍手が伝搬して会場全体に広がる。


 こんどは会場の中央の観客が万歳三唱をはじめる。

「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」

これも会場全体に広がった。


 日本の慣習に興味津々の外国人客が真似しだす。

 動作は「万歳」だが言っている内容は

「ジィャプァアーン! アーフックッワイク! ジィヨーゥア!」

「ジィヨーゥア! ジィヨーゥア! ジィヨーゥアーィ!」


 それを更に日本人客が真似する。

「ジャパーン! アースクエイク! ジヨアーイ!」

「ジヨアーイ! ジヨアーイ! ジヨアーイ!」


『……様つけるでしょう。日本人なら……』

さっき聞いたラジオでの出演者のコメントを思い出して、おかしさが込み上げてきた。


 ルウイは崖を登りきり、5号車に戻った。

 子供たちが「お兄ちゃん生きてたー」といい、母親たちは、大丈夫だったかと声をかけてきた。

 僕の雄姿? の一部始終を見てたようだ。


 母親たちの一人が、バスに退避していたスタッフから、救急箱を借りてきてくれた。

「包帯も交換しましょうか?」

 ルウイは包帯の交換って何のことだろうと思いながら、背中に擦り傷があると思うので絆創膏だけ貼ってください、と言った。


 絆創膏を貼ってもらいながら、ルウイは会場を見る。

 救急車が数台きている。

重傷者がいたらドクターヘリの発着場まで運ぶんだろうけど、動きはない。

ステージ脇の医療ブースで間に合っているんだと思う。

 よかった。


 他には、観客どうしで写真を撮りあうもの。

 携帯でおそらく家族に感動を伝えているもの。

 行動は様々だが、表情は皆、晴れやかだ。

 吐きまくった人も転げまわっていた人も、今は試練を乗り越え、夏の青空を満喫している。


 販売ブースがあらかた組みあがり、グッズが並び始めた。

 ジュージュー、焼きそばを焼く音もし始めた。


 ルウイはバスを降りたところでTシャツを着替え、頭にタオルを巻いた。

「よし。待ってろゴッド・ママイル!

『K子』フィギュアのデコマス、変な出来なら承知しないぞ!」

  *デコマス・・・デコレーション・マスター、完成見本のこと。


 ――――――――

 ルウイが駐車場北側の石段を降りきったところで、メール着信音が鳴った。

 登録している「アースFES統合事務局」の広報メールだ。


                ―*―*―*―*―*―

   『緊急開催決定! 「第26回アースFES in 奇岩島きがんじま」』

  開催日:10月3日(月)

  出航日:10月2日(日)

   ※予定されていた第26回アースFESは第27回……に名称が変更になります。……

   ………………………………………………………………………………。

                ―*―*―*―*―*―


 緊急開催? ……2か月後か、本当に急だな。

 奇岩島は、地元鹿児島市に属するけど、遠すぎる。

 一番近い島が数10キロ離れた沖ノ鳥島という絶海の孤島だし。


 絶海の孤島ゆえ開催費用が膨大になるからと見送りだった”奇岩島FES”。


 それがなぜ?

 ……調べるか。


 ネット掲示板で「第26回アースFES 奇岩島」のスレッドを見つけた。

 すでに相当数のコメントが書き込まれている。

ほとんどのコメントは「奇岩島FES」を開催する理由についての推察だ。


 ちらほらある「アースFESファンはオ社の養分」といったアンチコメントを目に入れないようにして、スクロールする。


「壮大なドッキリ企画」説。

「オ社の税金対策」説。

「参加客は全員極悪人で、島流しにするため」説。

といったテキトーな説に混じって、賛同のレスの多い説があった。


「政府の要請」説だ。

 コメント欄にリンクが貼られていた。

リンク先は大手メディアのふた月前の記事。


『新興のカシロア国が奇岩島の領有権を主張!

「我が国(カシロア国)で古地図が発見され、日本名 奇岩島は我が国の南端島なーばとうと判明」と声明を発表』


 で、コメントは。

『……日本政府は、カシロア国が奇岩島周辺で領海侵犯する事態に備えなければならなくなった。

 それには、防衛強化と並行して、国際世論を味方につけるべき、と考えた。

 「アースFES」の開催には”奇岩島は日本国の領土”であると既成事実化を促進する狙いがある……』


 この説は説得力ある。

 確かに「アースFES」は日本国後援で、外国人客も多数参加するからね。

世界へ向けてアピールするには、もってこいかも。


 よし。ここは、”直脚(じかあし)”どころか”直背中”をも体験した、上級者の僕が「第26回アースFES in 奇岩島」に参加して国を助けてあげよう。

 学校は……く、国の一大事だから……そこは先生に我慢してもらわないと。


 どれどれ、FES参加費はチケット代と往復船賃込みで、御一人様 70万円から……。

 こんなの、油田持ってる大富豪しか行けんだろ。バカバカ。バーカ!!


 帽子を脱いで地面に叩きつけたいが……。

 代わりに頭のタオルをほどいて、振りかぶる。

 はずみで、汗を吸ったタオルが背中をペシッと叩いた。

 痛タタタ。


 ……背中の痛みが、さっきの体験を思い起こさせる。

 観客が死なずにすんだ……。

 あの場(・・・)で起きた、あれは本当に奇跡だった……?

 

 ……でも、よーく考えたら、観客が居ようが居まいが、大観覧車はあそこで倒れたんだよな……。


 確かに「本震で大観覧車が落ちて転がって、余震によって会場の手前で倒れた」ってだけで、会場に誰一人いなかったなら、ただの物理現象(金属の耐久性、運動方程式、重力、振動、etc.)で終わってた話だ。


 人がいないと……ただの物理現象。

 人がいると……奇跡?


 ……でも、あんな偶然ってあるのかな?

 やっぱ、奇跡って思っちゃうな。


 人がいないと……ただの物理現象。

 奇跡って思う人がいると……奇跡?


 わからん。頭がこんがらかる。


 どっちにしろ、あの場(・・・)にいた人間だけだよな。奇跡って思うのは。

 そういえば、母が言うには「奇跡」っていうのは「神様の存在を感じる」ってことらしいから……。


 僕があの場(・・・)の出来事を「奇跡」って思うってことは、あの場(・・・)で「神様の存在を感じた」ということになる。


 僕があの場(・・・)で「神様の存在を感じた」――というならば、僕をあの場(・・・)、つまり、富士吉田会場に導いた存在が、僕の「神様」ということになるの……かな?


 なら、僕を一人前にしようと、チケット代と交通費を援助してくれた母、直美(なおみ)が神様?

 直美「(しん)」? ……怖そう。

 いや、そういうことじゃない。


 チケットを発行した”アースFES統合事務局”が神様?

 事務局「(しん)」?

 ……それは、ただの事務局長。


 突き詰めれば、今日の地震を予知したEFAシステムが……全ての発端か?

それとも、EFAシステムの「生みの親」の清眞子(きよまこ)さん?

でも、清眞子さんが予知したわけじゃない。


 一般的に人工知能が答えを出す過程はブラックボックスで、開発者でもわからない……。

やっぱり、全ての発端はジヨアイことEFAシステム……ということになる?


 すると、ジヨアイが僕の神様……なのか? 

 ジヨアイ「(しん)」……なのか? 


 ゴッド・ママイルのブースに向かうルウイ。

その頭の中には、ふたたびラジオのコメントがリフレインする。


 『……様つけるでしょう。日本人なら……』



<つづく>



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