表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

006・富士吉田会場(2)

ご注意 : この小説には地震をはじめとした災害の描写があります。


 オテンキ・ウェザー社の幹部社員 尾裾 裕(おすそ ゆたか)44歳は、若嫁と二人の子供に手を振ってから、ステージの近くまで来た。

 メタボ体型でも2メートルの間隔が取れそうな空間を、そこに見つけたからだ。


 腹減ったなあ。

 カッシー(柏木 清眞子のこと)に「今日の地震は継続時間が約3分と長い。揺れで吐くから食べないほうがいい」と言われ、朝食を食べていない。

 とはいえ、腹が減りすぎるのも体に悪いから、軽く饅頭の1個でも食っとこうかとバスの中から道路わきの店を物色すれど、開いてる店はなかった。

コンビニも閉まっていた。当たり前か。

 なら会場で買えばいいと思ったけど、販売ブース自体がない。

地震が終わってから販売ブースが組み立てられるものだとは知らなかった。

 参加してはじめて分かることは多い。勉強になる。


 「僕はアースFESに参加したことがない」


 ――アースFES統合事務局はオテンキ・ウェザー社内の一部署ということもあって、参加したことがない社員は少数派だ――


 それをカッシーに話したら、翌朝、書いた覚えのない”出張願い”とチケットが僕の机の上にあった。

 「本番であたふたしたらエスコート役が務まらないから、一度くらいは行っとこうね」とメモ付きで。


 EFAシステムの開発費を回収したいオテンキ・ウェザー社は、米国に「米国土用EFAシステム」の売り込みをかける。

 その布石として、次回のアースFESに米国から重要な顧客を招待することになった。

 そのエスコート役が僕とカッシー。


 ……というわけで、今回と次回のアースFESは出張扱いだ。

 今回の家族同伴はご愛嬌ということで。


 次回に招待するのは米軍のピーター・スミス少将とマーキス・ジャクソン中尉の2名。

どちらもカッシー(柏木 清眞子のこと)の知り合い。


 カッシーが言うには、

 マーキス・ジャクソン中尉は僕と同じ44歳で、軍人には珍しい研究職、だから気が合うはず。

 中尉の直接の上司である62歳のピーター・スミス少将は、軍人なのに軍事費の削減に積極的。

それで米政府の覚えがめでたく、大した戦歴もないのに出世してきた人物。

米軍内で地位は高いが、軍人間の評判はすこぶる悪い。


 知り合いになのに、容赦ないな(笑)。


 二人とも日本語が達者ということなので、助かる。

マーキス・ジャクソン中尉は高校生の時、日本に留学していた。

ピーター・スミス少将はお孫さんが日本にいるから、日本語を勉強したのかな?


 マーキスは米軍に入隊後、プログラミング能力の高さを買われて、大学で人工知能関連の研究をしていた。

 軍から給料もらいながら。うらやましい。

 いっぽう、14歳で同大学に入学したカッシーは、これもプログラミング能力を認められて、マーキスの研究室に入った。


 この研究室で取り組んでいた課題は『万を超える膨大なセンサー数のマシンを、いかに効率的にディープラーニングさせるか』だった。

 これは、自律型のAIロボット兵器を開発するための基礎研究で、依頼者がピーターだった。

 ピーターはロボット兵器導入で、軍人の大幅削減を狙っていた。


 ちなみに、今の自動運転車が搭載しているセンサーは、カメラ、赤外線センサー、長・短中距離レーダー、LiDAR、測位衛星システムなどで、せいぜい50個程度だ。

 50個と1万個、いかに大変な課題かわかる。

想像しただけで胃液吐きそうだわ。

研究者と言われる人の忍耐力には頭が下がる。


 かく言う僕も大学では研究者だった。

テーマは「地熱発電設備等の地面掘削工事による環境破壊とその保全」

だが、実態は研究と言うより、他人の研究・開発・工事の粗を探して邪魔をするのが仕事だった。


 大学卒業後、気象庁に入庁したが、29歳という異例の若さでオテンキ・ウェザー社に幹部待遇で天下りした。


 別に僕が優秀だったとかそういうわけじゃない。

 EFAシステムの工事段階に入ったオテンキ・ウェザー社の、策だった。

じきに始まる”VGVDU”の埋設工事での、環境アセスメントを問題なく進めるための。

 僕の大学時代の恩師で義父(死んだ元嫁の父)がこの分野の権威で、この人の意見一つで合否が決まる。

 それを見越しての引き抜きだった。

 しかし、この件で僕は気象庁の同僚の妬みを買い、のちに大変な事態に発展した。


 それはさておき、天才カッシーはこの課題を突破する方式を発明した。

 名付けて、Particle Link(パーティクル・リンク:粒子結合)方式。

そして、PL方式を実現するための半導体チップを設計した。


 天才によって基礎研究は基幹技術になり、2つの大きな成果を生み出した。

ひとつは言わずと知れたEFAシステム。

もう一つが、米軍の自律型AIロボット兵器。

 まさに平和利用と軍事利用。

 マーキスはピーターの専属の部下になり、ピーターの出世と同時にマーキスも出世した。


 自律型AIロボット兵器の開発コードは「G・A・U・L・I・W」。

もちろん米軍最高機密。

 カッシーは「この開発コードをうかつにネット上に書いたら、CIAが命を狙ってくる」って、さんざん脅した後、僕のSNSのアカウント名を勝手にGAULIWに変えやがりました。

 31歳にもなってやることかと。ホント、いたずらっ子なんだよな。

 身近にいる天才ハッカーほど始末に負えないものはない。

 しかし14歳で米軍の仕事を受けるって、末恐ろしい……だから今、恐ろしいのか(笑)。


 我々の伝手(つて)のなかではピーターが米政府中枢に一番近い。

米軍内で政府の回し者と揶揄されるくらいには。


 ピーターに、米政府と交渉するときの、我々の後ろ盾になってもらいたい。

 しかし、ピーターが首を縦に振ることは難しいだろう。

なにせコスト削減の真逆のことを頼むわけだから。


 ピーターは米国は地震国ではないから必要ない、と言うだろう。

 でも米国に地震が全くないわけではない。

 過去に地震被害のあったアラスカ、カリフォルニア、火山のあるハワイの3つに絞って売り込む戦略をとる。

 つまり地域限定版のEFAシステム。


 カッシーが、とっておきの”セールストーク”を用意していると言う。


 「米国が買わないのなら、敵国のロシアやカシロア国とかに売りますよ。

  ちなみに、”EFAシステム”は”GAULIW”と同じ半導体チップを採用しています。

  お二人ならよーくご存じでしょうけど」……と。


 バカでしょ。

 これ言ったらマジでCIAから暗殺されるぞ、カッシー。

 自分は米軍にとって利用価値の高い人間だから、暗殺されないと高をくくっているけど、そのうち墓穴を掘るぞ。


 あと、少将のお孫さんも招待するらしいけど、交渉のための人質に取らないよね。

さすがにね……。


 カッシーの心配したら腹減った。

俺の腹の脂肪の9割は、カッシーが作ってる。



 腕時計を確認する尾裾(おすそ)

「時間帯」に入って、もう30分経過している。

そろそろか?怪我はできないし、集中しよう。


 メインステージでは、パンクな髪形の女性DJがバッハとテクノを融合した音楽をプレイしている。

 尾裾(おすそ)が携帯をかざすとDJの名前が表示された。

 「VEIL-DUB-CASH(ベイル・ダブ・キャッシュ)」これが名前? 

覆う現金? ダブってなに?


 バイオリンの音色が、スピーカを通してFESの空間を飛び交った後、チェロが同じメロディをなぞる。

 ……が、音圧を感じない。

スピーカーがゴム免振装置を敷いているので、中・低音が著しく減衰しているのだ。


 ……そんなことばかり考えて、音楽に集中できない。

カウントダウンが来るまでリラックスして音楽にのってればいい、と頭では理解している。

 しかし、どうしても地震に意識がとらわれてしまう。

 僕のメンタルは、なかなかに弱い。


 周りの人と2メートルの距離をとったはずなのに、徐々に距離が縮まってきている。

 恐怖と孤独で、無意識に互いに近づいている。

 緊張で笑った顔になるが、目は涙目。しづらい息。

 震度4の会場にすればよかったと後悔。

 地面はまだ揺れていないのに前の方で一人、二人と、座りこむ。

地面に吐いている人も。


 耳はしっかりしている。聞こえてる……。

 よし、今こそ音楽を聴こう。

音楽に気を向けなきゃ失神してしまいそうだ。


 固まっていた首をゆっくりほぐしながら顔を上げ、ステージ上の女性DJ、ベイル・ダブ・キャッシュを見る。

 リズムに乗せて頭を振り、ときおり拳を突き上げている。

 拳を突き上げるタイミングをつかんだので、ベイル・ダブ・キャッシュに合わせて拳を突き上げる。

 10回ほど拳を突き上げて緊張がほぐれたので、同時に声を出してみる。

イエーッ!意外に大きな声が出せた。

 大声を出したので周りの視線が集まった。

 僕をまねして拳を突き上げ声を出し始める。

 これがさらに周囲へと伝搬した。

 それに気づいたベイル・ダブ・キャッシュはステージの前に出てきて

両の拳を高々と上げ、観客を煽る。KEEP IT UP!

会場全体が拳を突き上げるのを見届けて、ミキサーの操作に戻る。


 観客は恐怖の克服の仕方がわかった。

 音楽にのれば何とかなる。

 まるでベイル・ダブ・キャッシュを見にきた客かのように盛り上がりだした。


 1時間半が過ぎるころにはウェーブが発生し、西から東、東から西と繰り返された。

 観客の何人かが両手を広げて回転し、2メートルの間隔を守れとジェスチャーする。

 しかし、モッシュピットを作れとの指示と勘違いした観客が、10メートル径の空間を作ってしまって笑いが起きた。

  *モッシュピット・・・メタルやパンクロックのライブで高揚した観客どうしが体をぶつけあうために、観客が詰めて客席に作る即席の闘技場(くうかん)のこと。


 笑いが起こったおかげで、皆、2メートル間隔を思い出した。

 自然と”2メートル”コールが沸き起こり、皆、音楽にのりながらも陣形を整えていった。


 さらに、曲調が明るく踊りやすいビートに変わって5分が経った。

 観客の高揚が最高潮になったとき、突然、曲が途中でぶつ切りにされた……。

 ……………………。

 スピーカーが無音になった。

 音が観客のざわめきだけになった。


 皆、何事かとステージに顔を向ける。

 ヘッドセットを外すベイル・ダブ・キャッシュの後ろ……

真っ黒な巨大電光掲示板に、白抜きのゴシック体で巨大な「17」の数字があった。


 それが音もなく「16」に変わったとき、ざわめきが、絶叫に変わった。


 絶叫の一つは僕だった。

 絶叫は、ついに来たという期待と、とうとう来てしまったという絶望の2種類が混じっていた。

もちろん、僕の絶叫は後者だ。


 「15」「14」「13」「12」

 逃げ出そうと、後ろを振り向き、左右を向き、四方八方を何度も見る。

 が、どこに逃げていいかわからない。


 「11」「10」「9」「8」

 今いるこの場所だけが安全な場所だと悟る。

 中腰の格好になる。


 「7」「6」「5」「4」

 高台の観覧バスは大丈夫だろうか。

 高台の奥の森から一斉に鳥が飛び立つ。

 空が暗くなった。


 「3」で電光掲示板の数字は消えた。

 こころのなかで「2」「1」と続ける。


 ゴゴゴゴゴゴゴ。

地鳴りが遠くから会場に近づいてくる。


 来る! ドン! 大地が下がり、脚が浮く。

大地が跳ね上がり、脚を打ちつける。腰から落ちる。

また大地が下がり、脚が浮く。

大地が跳ね上がり、脚を打ちつける。また腰から落ちる。

背中が地面に着く。

倒れたまま前後左右に揺さぶられる。

また大地が下がり、背中が浮く。

大地が跳ね上がり、背中を打ちつける。地面が頭を打つ。


(……ジヨアイ様。ジヨアイ様。ジヨアイ様……)

 尾裾(おすそ)は初めて祈った。



<つづく>



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ