005・富士吉田会場(1)
ご注意 : この小説には地震をはじめとした災害の描写があります。
「車内観覧用バス」は、5台ともフロント側を北、右側面を東へ向けて、隙間なく並んでいる。
隙間がないということは、ハニカム免振装置を敷いているということ。
ゴム免振装置だとバス同士ぶつかるからね。
近づくと、上3分の1が円筒形で、下3分の2が直方体で四角いから、ハニカム免振装置だと確認できた。
……合ってた。
ルウイは、一番南にあるバスから順に物色していくが、どれも満員。
5台目の5号車が空いていたので、これに決めた。
5号車の乗降口の前に、踏み台が置いてある。
ハニカム免振装置のせいで、ステップが高くなった分の補助だ。
バスに乗り込んだ瞬間、思わずのけぞり、乗降口のステップを1段降りた。
中は小学校低学年生から幼稚園児さらに小さい子と、その母親たちが埋めていた。
背の低い子供たちは、車体に隠れて、外からは見えなかったのだ。
ばつが悪いので4台目のバスに移ろう。
あっちも混んでたけど、仕方ない。
車内の時計が目に入る。7時46分。
すでに「時間帯」に入って1分経過していた。
バスを移る間に「カウントダウン」が始まるかもしれない。
移動はあきらめた。
5号車の乗降口を1段、2段と登る。
「お兄ちゃんだー」園児の無邪気な声。
母親たちの警戒心に満ちた目が僕に向けられる。
小芝居を打つか。
僕はおもむろに左足の膝を両手でさすり、「包帯、交換した方がよかったかなぁ」と言って、痛そうな顔をつくる。
そして左脚を引きずるようにして歩き、後へ向かう。
「直脚」できなくて残念感、うまく出せた?
バスの座席はきれいに取り外されている。
僕は後部座席のあった空間に陣取った。
おー! このバス右側面の大半が透明アクリル板になっている。
透明度も高い。車内観覧専用に改造したんだ。
観覧バスの少し先は崖になってる。
駐車場全体がけっこうな高台なんだな。
おかげでバス内から会場全体が一望できる。
けど……ここ、地震で崩れないよね?
会場の南側にDJステージがあり、すでにDJのプレイが始まっている。
その後方には巨大な電光掲示板があり、会場のどこからでもよく見える。
なのに、その電光掲示板には何の表示もない。
ありがちな、音楽のビートに合わせたエフェクトもない。
スポンサー企業のロゴもないし、注意事項すら表示されていない。
ただ、真っ黒で真っ暗な巨大な板が鎮座しているだけ。
この会場の巨大な「本尊」を思わせる。
3万人の観客の中に、大きなスピーカーが点々と見える。
スピーカーの周囲には柵が設けられていて、スピーカーと柵の間に1メートルの隙間がある。
これはゴム免振装置を敷いているな。ルウイは推理する。
DJステージの反対側には、観客をはさんで、大量のパレットが並んでいる。
パレットに載っているのは、3万人分の簡易トイレとフォークリフトと小さめの重機。
そして、途中まで組みあがっている、販売ブースとその骨組み類。
その横でブルーシートに覆われているのは大量のグッズ類だろう。
余震が終わったら、販売ブースが速攻で組み上げられ、大パーティ会場になる。
パレット下の免振装置はどっち?ルウイは推理する。
ま、パレット間に隙間が見えないから、普通にハニカム免振装置だな。
ハニカム免振装置だと震度3レベルの揺れは素通りしちゃうけど、フィギュアは大丈夫かな?
振動対策してあるよね?
ルウイの視線は富士吉田会場を通り過ぎ、北にある巨大な観覧車にとまる。
携帯のカメラを向けると、”大観覧車「ビッグ・フラワーループ」、全高112.5m、回転輪直径100m、ゴンドラの数:60基”と表示された。
大観覧車を有するのは、日本有数の遊園地”ふじやまハイクオリティパーク”。
今日をはさんで2週間の休園中だ。
会場との距離は1キロメートルぐらいか。
ルウイは携帯を拡大モードにして見る。
園全体が立ち入り禁止の紙を貼ったトラロープで囲われ、中の遊具は太いロープや金属の鎖で縛られている。
ルウイは、会場に流れる音楽に集中するため、携帯に流していたラジオを消す。
風雪の「説教」なんか聞く必要もなし。
母がこれの信者だけど、僕は宗教なんか興味なし。
しかし、携帯が待機モードだと”EFAシステム”から送信される”カウントダウン”が表示されない。
ルウイは消したラジオの代わりに、”ゴッド・ママイル社”のHP(ホ-ムページ)を閲覧して、携帯が待機モードになるのを回避することにした。
余震が終わったら、協賛企業であるゴッド・ママイル社のブースに「8分の1 『K子』フィギュア」のデコレーション・マスター(完成見本のこと)が展示される。
ネット上で画像は見たけど、”柏木 清眞子”ファンとしては、実物を見ないで帰るわけにはいかない。
ゴッド・ママイル社のブースで予約すると、後日送られてくるフィギュアの台座が”ミラー仕様”になるし。
ゴッド・ママイル社のHPには「『K子』は当社のオリジナルキャラクターでオテンキ・ウェザー社の柏木清眞子氏とは一切関係ありません」なんて書いてあるけど。
はい、噓ついてます。
凛とした佇まいの超美形。
黒髪ストレートで”第1ボタンまで閉めた”白ブラウスと黒のタイトスカート。
そして何よりも、あの目力。
清眞子さんが風雪の嘘を暴いたときの雄姿、そのまんまだ。
”オテンキ裁判”が和解した後、オテンキ・ウェザー社側と官僚側が共同で記者会見し、調停内容の報告を行った。
衆目を集めたのが、会見の内容ではなく、オテンキ・ウェザー社のひとりとして出席していた、柏木 清眞子と名乗る謎の20代美女。
そして、衆目を驚かせたのは、会見の中で判明した、この20代美女があの”EFAシステム”を開発した主力研究者だということ。
当時、9歳の僕は会見の内容は分からなかったが、繰り返し流されるニュース映像で見る彼女に、一目惚れした。
記者会見の4か月後、2029年2月8日の僕の10歳の誕生日に、ある番組が、ネットとTV同時生中継で放送された。
番組のメインゲストは、「慈与愛の光」 の教祖日狩密 風雪、当時47歳。
後半に用意された、清眞子さん当時26歳との対談が番組の売りだった。
超能力で地震を予知した風雪を、科学で地震を予知した清眞子さんが賞賛し、風雪に箔を付ける。
……そんな雰囲気で番組後半が始まるも、一転、清眞子さんが証拠付きで風雪の噓を暴いた。
風雪のうろたえぶりは痛快だった。
母は放心状態だったけど。
そういや、今のラジオの、鈴木って人があの番組の司会だったような。
「パパ、いたー」可愛らしい声がバス内に響く。
ちっちゃい男の子が母親の両手に抱かれている。
この広い会場で父親を見つけた?
男の子の視線の先を見ると、こちらに手を振る太った中年男性。
パパは観覧バスの斜め下にいた。
太った中年男性は家族に手を振った後、背を向けて観客に溶け込んでいった。
「パパ死ぬの?」
姉だろうか。母親の袖をつかんでいる女の子は不安いっぱいの表情だ。
母親が答える。「大丈夫よ。ジヨアイ様が守ってくださるから」
姉が手を合わせる。「ジヨアイ様。パパを守ってください」
<つづく>