表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

005・富士吉田会場(1)

ご注意 : この小説には地震をはじめとした災害の描写があります。


 「車内観覧用バス」は、5台ともフロント側を北、右側面を東へ向けて、隙間なく並んでいる。

 隙間がないということは、ハニカム免振装置を敷いているということ。

ゴム免振装置だとバス同士ぶつかるからね。


 近づくと、上3分の1が円筒形で、下3分の2が直方体で四角いから、ハニカム免振装置だと確認できた。

 ……合ってた。


 ルウイは、一番南にあるバスから順に物色していくが、どれも満員。

 5台目の5号車が空いていたので、これに決めた。


 5号車の乗降口の前に、踏み台が置いてある。

ハニカム免振装置のせいで、ステップが高くなった分の補助だ。


 バスに乗り込んだ瞬間、思わずのけぞり、乗降口のステップを1段降りた。

中は小学校低学年生から幼稚園児さらに小さい子と、その母親たちが埋めていた。

背の低い子供たちは、車体に隠れて、外からは見えなかったのだ。


 ばつが悪いので4台目のバスに移ろう。

あっちも混んでたけど、仕方ない。

 車内の時計が目に入る。7時46分。

すでに「時間帯」に入って1分経過していた。

バスを移る間に「カウントダウン」が始まるかもしれない。

移動はあきらめた。


 5号車の乗降口を1段、2段と登る。

「お兄ちゃんだー」園児の無邪気な声。

母親たちの警戒心に満ちた目が僕に向けられる。


 小芝居を打つか。


 僕はおもむろに左足の膝を両手でさすり、「包帯、交換した方がよかったかなぁ」と言って、痛そうな顔をつくる。

そして左脚を引きずるようにして歩き、後へ向かう。

直脚(じかあし)」できなくて残念感、うまく出せた?


 バスの座席はきれいに取り外されている。

 僕は後部座席のあった空間に陣取った。


 おー! このバス右側面の大半が透明アクリル板になっている。

透明度も高い。車内観覧専用に改造したんだ。


 観覧バスの少し先は崖になってる。

駐車場全体がけっこうな高台なんだな。

おかげでバス内から会場全体が一望できる。


 けど……ここ、地震で崩れないよね? 


 会場の南側にDJステージがあり、すでにDJのプレイが始まっている。

その後方には巨大な電光掲示板があり、会場のどこからでもよく見える。


 なのに、その電光掲示板には何の表示もない。

ありがちな、音楽のビートに合わせたエフェクトもない。

スポンサー企業のロゴもないし、注意事項すら表示されていない。


 ただ、真っ黒で真っ暗な巨大な板が鎮座しているだけ。

この会場の巨大な「本尊」を思わせる。


 3万人の観客の中に、大きなスピーカーが点々と見える。

スピーカーの周囲には柵が設けられていて、スピーカーと柵の間に1メートルの隙間がある。

 これはゴム免振装置を敷いているな。ルウイは推理する。


 DJステージの反対側には、観客をはさんで、大量のパレットが並んでいる。

パレットに載っているのは、3万人分の簡易トイレとフォークリフトと小さめの重機。

そして、途中まで組みあがっている、販売ブースとその骨組み類。

その横でブルーシートに覆われているのは大量のグッズ類だろう。

 余震が終わったら、販売ブースが速攻で組み上げられ、大パーティ会場になる。


 パレット下の免振装置はどっち?ルウイは推理する。

ま、パレット間に隙間が見えないから、普通にハニカム免振装置だな。

 ハニカム免振装置だと震度3レベルの揺れは素通りしちゃうけど、フィギュアは大丈夫かな?

振動対策してあるよね?


 ルウイの視線は富士吉田会場を通り過ぎ、北にある巨大な観覧車にとまる。

携帯のカメラを向けると、”大観覧車「ビッグ・フラワーループ」、全高112.5m、回転輪直径100m、ゴンドラの数:60基”と表示された。


 大観覧車を有するのは、日本有数の遊園地”ふじやまハイクオリティパーク”。

 今日をはさんで2週間の休園中だ。

 会場との距離は1キロメートルぐらいか。

 ルウイは携帯を拡大モードにして見る。

 園全体が立ち入り禁止の紙を貼ったトラロープで囲われ、中の遊具は太いロープや金属の鎖で縛られている。



 ルウイは、会場に流れる音楽に集中するため、携帯に流していたラジオを消す。

風雪の「説教」なんか聞く必要もなし。

母がこれの信者だけど、僕は宗教なんか興味なし。


 しかし、携帯が待機モードだと”EFAシステム”から送信される”カウントダウン”が表示されない。

 ルウイは消したラジオの代わりに、”ゴッド・ママイル社”のHP(ホ-ムページ)を閲覧して、携帯が待機モードになるのを回避することにした。


 余震が終わったら、協賛企業であるゴッド・ママイル社のブースに「8分の1 『K子』フィギュア」のデコレーション・マスター(完成見本のこと)が展示される。

 ネット上で画像は見たけど、”柏木 清眞子(かしわぎ きよまこ)”ファンとしては、実物を見ないで帰るわけにはいかない。

 ゴッド・ママイル社のブースで予約すると、後日送られてくるフィギュアの台座が”ミラー仕様”になるし。


 ゴッド・ママイル社のHPには「『K子』は当社のオリジナルキャラクターでオテンキ・ウェザー社の柏木清眞子氏とは一切関係ありません」なんて書いてあるけど。

 はい、噓ついてます。

 凛とした佇まいの超美形。

黒髪ストレートで”第1ボタンまで閉めた”白ブラウスと黒のタイトスカート。

 そして何よりも、あの目力。

清眞子(きよまこ)さんが風雪(ふうせつ)の嘘を暴いたときの雄姿、そのまんまだ。



 ”オテンキ裁判”が和解した後、オテンキ・ウェザー社側と官僚側が共同で記者会見し、調停内容の報告を行った。

 衆目を集めたのが、会見の内容ではなく、オテンキ・ウェザー社のひとりとして出席していた、柏木 清眞子(かしわぎ きよまこ)と名乗る謎の20代美女。

 そして、衆目を驚かせたのは、会見の中で判明した、この20代美女があの”EFAシステム”を開発した主力研究者だということ。

 当時、9歳の僕は会見の内容は分からなかったが、繰り返し流されるニュース映像で見る彼女に、一目惚れした。


 記者会見の4か月後、2029年2月8日の僕の10歳の誕生日に、ある番組が、ネットとTV同時生中継で放送された。

 番組のメインゲストは、「慈与愛の光(じよ あいのひかり)」 の教祖日狩密 風雪(ひかりみつ ふうせつ)、当時47歳。

後半に用意された、清眞子(きよまこ)さん当時26歳との対談が番組の売りだった。

 超能力で地震を予知した風雪(ふうせつ)を、科学で地震を予知した清眞子(きよまこ)さんが賞賛し、風雪(ふうせつ)(はく)を付ける。

……そんな雰囲気で番組後半が始まるも、一転、清眞子(きよまこ)さんが証拠付きで風雪の噓を暴いた。

 風雪のうろたえぶりは痛快だった。

母は放心状態だったけど。

そういや、今のラジオの、鈴木って人があの番組の司会だったような。



 「パパ、いたー」可愛らしい声がバス内に響く。

ちっちゃい男の子が母親の両手に抱かれている。

 この広い会場で父親を見つけた? 

 男の子の視線の先を見ると、こちらに手を振る太った中年男性。

パパは観覧バスの斜め下にいた。


 太った中年男性は家族に手を振った後、背を向けて観客に溶け込んでいった。

 「パパ死ぬの?」

姉だろうか。母親の袖をつかんでいる女の子は不安いっぱいの表情だ。


 母親が答える。「大丈夫よ。ジヨアイ様が守ってくださるから」

 姉が手を合わせる。「ジヨアイ様。パパを守ってください」



<つづく>




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ