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001・第25回記念アースFES(1)

ご注意 : この小説には地震をはじめとした災害の描写があります。


 ――人工知能による完璧な地震予知は、「災害」を「娯楽」に変えた――


 2033年8月2日火曜日。

 高速道路から国道138号線へ降りるランプウェイの遠心力で、右頬が、冷房で冷えきった高速バスの車窓に押しつけられる。

 鹿児島市立中学3年の14歳男子、益子(ましこ )ルウイは目が覚めた。

 さっと(よだれ )を手でぬぐう。


 携帯で位置情報を見る。じき山梨県だ。


 んうー。ルウイは両手を上げ、背骨を左右に回す。

車窓は明けたばかりの朝。天気予報どおりの良い天気。

夜中の大雨が嘘みたいだ。と言っても、関ヶ原での話だけど。


 今日の「アースFES(フェス)|(アースクエイク・フェスティバルの略称)」は暑くなるなー。


 両肩を回しながら、目線を左に向ける。

高速バスのフロントガラス越しに富士山が見える。

すごい、桜島ぐらいすごい。

16時間以上かけて鹿児島から来たかいがあった。


 チケット代5万円と往復代の5万円、合わせて10万円はこれから元を取る。


 ルウイは、ふたたび背伸びして、少し浮いたお尻をドカッと座席に落とす。

ゴツッ。一番前の座席のルウイは、はずみで運転席との間にある透明のアクリル板を蹴ってしまった。

 ハンドルにもたれかかって寝ていた老年の運転手さんが、ビクッと肩を震わし、頭を上げた。

 その様子にルウイは笑いをこらえた。


 世間のおじいちゃんて皆、こんな感じなのかな。

アメリカのおじいさんもこんな感じなのかな。

軍人だからキリッとしているか?どうだろう。

どっちにしろ会うこともないか。


 起きてすぐの、おじいちゃん運転手がマイクを手にした。

 「ご乗車のお客様にご連絡いたします。

使用する予定でした東富士五湖(ひがしふじごこ )道路が、30分前に通行止めになりましたので、予定を変更して、このまま国道138号線で『富士吉田会場』に向かいます」


 携帯の時刻を恐る恐る見る。

6時46分。

なんと、予定より1時間遅れている。

遅れたから東富士五湖道路を使えなくて、さらに遅れるということだ。

会場は富士吉田インターチェンジで降りて、すぐのところだったのに。

もう街中は、あちこち進入禁止になっているんじゃ?


 「時間帯」が7時45分からはじまる。間に合うのかな。


 バスが赤信号で止まった。

さっきから赤信号でしょっちゅう止まっているような気がする。

 もう歩行者なんていないんだから、信号無視してもいいと思うけど、自動運転車は信号を律儀に守るんだよなぁ。

 関ヶ原の大雨でも、律儀に徐行運転するんだもんな。

 遅れている原因の99パーセントは大雨。


 1パーセントは僕……かな。


 博多でこのバスに乗車するときに運転席の真後ろに座った。

背がクラスで一番低くて、一番前に並ぶ習慣がついているからだ。


 帽子がないことに気づいたのは出発直前。

運転手さんに告げた後、降りてバス乗り場周辺を探した。

バスの出発を2分ぐらい待ってもらったけど、結局見つからなかった。

 なんとなく、あの2分が今の1時間遅れを引き起こしている、ような気がする。


 おじいちゃん運転手がラジオをつける。

 男性アナウンサーの明瞭な声が聞こえてきた。



                ―*―*―*―*―*―

 『……ただ今の時刻は6時49分を少し回ったところ。

 気象庁発表の地震予報の”時間帯”に突入するまで、1時間を切りました。

 ここからは、東京スタジオの佐藤が担当いたします。よろしくお願いいたします。


 東京スタジオには、お二人のゲストコメンテーターをお招きいたしております。

 当ラジオ局のお悩み相談番組でおなじみ、宗教法人「慈与愛の光(じよ あいのひかり)」代表、日狩密 風雪(ひかりみつ ふうせつ)さん。

 元敏腕TVプロデューサー 鈴木 糸雄(いとお)さんです。よろしくお願いします』


日狩密 風雪・鈴木 糸雄『『よろしくお願いします』』


佐藤アナ『ここで、改めて「第25回記念アースFES ”M6.4 DOUSIMURA 2033 08 02”」のポイントを抑えておきましょう。

 気象庁発表の地震予報から抜粋いたします。


先ず本震から、

 震源は、北緯35度28分34秒。東経138度59分58秒地点の深さ20キロメートル点。

 震源地は、御正体山(みしょうたいやま)の東側。山梨県南都留郡(みなみつるぐん) 道志村(どうしむら)と神奈川県山北町(やまきたまち)との境の道志村側の地点です。


 地震の規模は、マグニチュード6.4。


 各地の震度……これは主な会場ごとで言った方がいいですね。


  道志村会場が震度6弱。

  富士吉田会場、都留会場、小山会場が震度5強。

  甲府会場、山北会場が震度5弱。

  静岡会場、小田原会場が震度4。となっております。


 地震の発生時刻、気象庁の地震予報でいうところの「時間帯」は、7時45分から10時45分の間です。

この3時間のうちの、どこかの時刻で地震が発生するということです』


鈴木 糸雄『早ければ、7時45分にいきなりということもあるし、もう来ないのかなと思ったら、10時45分に生理がきて、妊娠してなくてほっとした。なんてこともありますからね』


佐藤アナ『はい、ですね』

鈴木『ちょ、ちょっとツッコンでよ。佐藤ちゃん』


佐藤アナ『時間内にお伝えすることが多いので、今日はいちいちツッコミませんから(笑)』

                ―*―*―*―*―*―



 国道138号線はがらんとしている。

 後続車もない。

 時折、自衛隊車両とすれ違う。


 ルウイの後ろのカップルが小声で

「「時間帯」に間に合わなかったらどうするの?」

「「時間帯」に入る前にバスを降りて、その場で”体験”するしかないな」


 中央の座席から

「「免振装置」が無いから、最悪、地震の揺れでバスが横転するかもしれない」

「そしたらコンピューター部品が壊れて、もう走れないな」


 「免振装置」は、指定の駐車場で運営スタッフに装着してもらうことになっている。



                ―*―*―*―*―*―

佐藤アナ『つづきまして、余震に関する気象庁の地震予報です』


鈴木『ちょっと待って。さっきから気象庁の。気象庁の。

って馬鹿の一つ覚えで言うてますけど。


実際は「ジヨアイ様」の予知ですからね。

視聴者の皆さんご存知の通り』


佐藤アナ『いや、いや、そういう決まりに沿ってお伝えしてますから。

おっしゃりたいことはわかりますけど、「オテンキ裁判」で決着しましたから、5年前の』

鈴木『決着ていうか和解ね。アナウンサーなら正確に言わんとね』


佐藤アナ『じゃあ。正確に言いますよ。心して聞いてください(笑)』


 咳払いの音。


佐藤アナ『お伝えしています事柄は、「オテンキ・ウェザー社」の「EFAシステム」。


 これはアースクエイク・フォアキャスティング・AI・システム。

日本語で、「人工知能地震予報システム」のことですが、


 このシステムが気象庁管轄の端末に出力した「地震予知情報」を、

気象庁が「精査」して国民に出す。


 ……「日本国内地震予報」に準拠しています。

 ということですね。これでいいですか鈴木さん』


日狩密 風雪『”人工知能”が前に来るんだ。

”地震予報システム”の前に、”人工知能”がつくんですね。

 いつから? 

私、ずっと「地震予知AI」が「EFAシステム」の正式日本語名だと思ってました』


鈴木『教祖。今更ですか(笑)』


佐藤アナ『最初の論文から「人工知能地震予報システム」になってますけど(笑)』


鈴木『えー(笑)。

 「地震予知AI」を縮めて「ジヨアイ」と最初に呼び、世に広めたのが、何を隠そう、このかた「慈与愛の光(じよ あいのひかり)」の教祖日狩密 風雪(ひかりみつ ふうせつ)さんで、ございます(笑)。

 憎めないんだよな。こういうところが、この方(笑)』


佐藤アナ『”人工知能地震予報システム”を縮めて「ジジヨシ」(笑)より「ジヨアイ」で良かったと思います(笑)』

                ―*―*―*―*―*―



 バスが、また赤信号で止まった。

 横断歩道側の歩行者用信号機が点滅しだした。

 ようやく青に変わると思った瞬間、そのまま光が消えた。

 周囲の信号も消えた。


 避難区域内の通電が、地震に備えて、遮断されたのだ。


 「いい……よね」おじいちゃん運転手が自身に言い聞かすように言うのを、ルウイは聞き逃さなかった。


 おじいちゃん運転手は制服の胸ポケットから、お守りのついた鍵を取り出す。

 それを、何やらハンドルの根元? に差し込んで回した。

 ガチャ。

 そして、ハンドルをごそっと引っこ抜いた。

 自動運転バスには何度も乗っているけど、初めて見る光景だ。


 おじいちゃん運転手は、引き抜いた無機質な灰色のハンドルを、運転席のわきに押し込んだ。

 代わりに、そこに置いてあったらしい、革製のカバーのついた、ごついハンドルを持ち上げる。

 フーッと息を吹きかけ、ほこりを飛ばす。

 ゴッゴッとハンドルの中心を拳で叩きながら、根元? に押し込んだ。

 付いたままの鍵をさらに半回転させた瞬間、広告が表示されていた各座席の液晶モニターと、外の明るさで用をなしていなかった車内照明が一斉に消えた。

 ラジオ音声も消えた。

 すぐさま、乗客の何人かが同じ番組を携帯で流し、ボリュームを上げた。



                ―*―*―*―*―*―

鈴木『あと、さすが佐藤アナ。ちゃんと”日本国内”ってつけたね』


佐藤アナ『”日本国内地震予報”のところですか?』


鈴木『そうそう、なんで”日本国内”ってつけるかっていうと……』


佐藤アナ『私にかこつけて、知ってる自慢したいだけじゃないですか(笑)

……どうぞ、自慢してください(笑)』


鈴木『言うな!恥ずかしい(笑)』


咳払いの音。


鈴木『わざわざ、”日本国内”とつけるのは、周辺国に対する配慮。

 あの国とか、あっちの国とか、が実際に言ってきたから。


 『我が国の地震に乗じて、日本の自衛隊が攻めてくる。

即刻、地震予知をやめよ。さもなくば、国連で経済制裁を求める』


 日本政府も当然反論したんだよね。

 『地震予知には、「VGVDUヴィ・ジー・ヴィ・ディー・ユー」の設置が必須であり、設置していない国の地震予知はできない。

 よって貴国に自衛隊が行くことはない』


 あ、”VGVDU”ってのは「モグラ」のことね』


佐藤アナ『日本は地震を公表してて大丈夫なんですかね。

 今更お聞きしますけど』


鈴木『地震のある日は、自衛隊の警戒態勢が数段上がるから、敵も、そうそう来れないでしょう。

 むしろ、日本は弱点をさらけ出す分、防衛を強化しなければならないって、国民が理解した。

 それで防衛予算が上がったんだよね。防衛省は大喜びですよ』

                ―*―*―*―*―*―



 高速バスの運転席で、おじいちゃん運転手がアクセルを踏んでは戻し、踏んでは戻しを繰り返している。

 足を休めて、ふーと息を吐いてから、もう一度アクセルを踏む。

 ブゥオン、ブブゥオンと今まで聞いたことのないエンジン音が車内に響き渡り、バスは急発進した。



<つづく>





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