幼馴染みにパーティーから追放された俺はカツカレーが食べたい
「レオン……今日をもって、あんたをこのパーティーから追放するわ」
幼馴染みであり、所属するパーティーのリーダーでもあるクルッツからの突然の宣告に、俺は思わず目を見開いていた。
追放?
パーティーから?
俺を?
レオン・アストラルを?
混乱する頭で、状況を整理する。
俺の名前はレオン・アストラル。二〇歳。
職業はいわゆる冒険者。かれこれ五年も前から、男一人と女二人の幼馴染み、そして義妹に俺を加えた五人でパーティーを組んでこの王都を中心に活動している。
活動したての、Fランクパーティーだった当初はそれこそゴブリン二、三匹相手ですら苦戦していた俺達も、一年後にはDランクパーティーに昇格、そこからC、Bと順調に成長を重ね、去年ついに一般的には最上級とされるAランクにまで到達出来た。
今となっては伝説級のSランクすらも夢ではなく、昨日も郊外に出現した巨大な地竜を幼い頃から培われた信頼と連携でもって退治してきたばかりだ。
そう――
つい昨日まで、俺達のパーティーは何の問題もなかったはずなのだ。
戦闘中も、戦闘後も、四人から俺に対する隔意みたいなものはまったく感じられなかった。いつも通り協力して戦って、勝利して、笑い合って……
みんなで軽い打ち上げをして別れた後、ちょっと飲み足りなかったので一人で酒場に寄ってから帰宅。朝までぐっすり寝て、起きたらいつも通り鍛錬をして、義妹のプレシアが作ってくれた朝食を食べ、夕方まで適当に街をぶらついていたら急にクルッツから携帯通信結晶に連絡が入り、『大事な用がある』と呼び出されたので二年前に共同で購入したパーティーハウスに来てみたら……こうなってた。
「どうして……なんでなんだ、クルッツ。プレシア、ニケ姉、マーグも! みんな、いきなり……どういうことなんだよ」
「わざわざ説明しないと、わからないの?」
クルッツの冷え切った瞳に、俺は狼狽えた。
狼狽えながらも、懸命に理由を探して絞り出す。
「……俺が、下級職の適性しか持たないからか?」
俺の答えにクルッツは侮蔑ともとれる表情を浮かべた。
マスタークラスの剣闘士で、昨年の王国主催武芸大会では優勝候補の一角だった近衛騎士団長をくだして最終的には準優勝に喰い込んだ天才女剣士。
《剣爛争覇》の異名をとるクルッツ・ドラネスクヮ。
腰まである濃緑の髪を首の後ろで一つに結わえ、身軽さを重視したやや露出高めな黒銀の鎧で豊満な肢体を窮屈そうに覆った姿は、物心つく前からのつきあいである俺ですら時折見惚れてしまう。
そんな彼女に睨み据えられ、俺はグッと奥歯を噛んで返答を待った。
「下級職の適性しか持たないから? ……馬鹿を言わないで。確かにあんたは上級職の適性は持ってないかも知れない。でも、それをずっと血の滲むような努力で補ってきたでしょ? 運び屋、地図制作者、斥候、工作員、治癒術士、獣使い、強化術士、弱体術士、味沢匠……これだけのジョブをマスターして使いこなしている冒険者なんて、国中探してもあんたくらいよ。戦闘専門職のあたし達じゃ手の届かないことを率先して引き受けてくれて、いつも心から感謝してるわ。ありがとう。大好き」
…………
どうやら下級職であることが追放の理由ではなかったようだ。
じゃあ他に何があるだろう。
「だったら……レベルか? 俺一人だけ、低レベルだから……」
そうなのだ。
クルッツはLv84、プレシアはLv82、ニケ姉はLv85、マーグはLv84。
王都の冒険者ギルドに登録してあるAランクパーティーの中でも、このレベルは屈指のものだ。
なのに俺のレベルだけ、12しかない。
みんなとはかけ離れすぎている。
「……呆れてしまいますね。義兄さんは本気でそんな風に思ってるんですか?」
そう言って憐憫の眼差しを向けてきたのは俺の義妹であるプレシアだった。
俺やクルッツより二つ歳下のプレシア・アストラルは、三歳の時に事故で両親を亡くし遠縁であるうちに引き取られてきた。
子供の頃はおてんば……と言うよりもやんちゃで、容姿も言葉遣いも男の子と見紛うばかりだったというのに、気がつけば物腰穏やかで清楚な美少女に成長していた彼女は攻撃、回復、支援を問わずあらゆる魔法を使いこなすマスタークラスの魔導師で、《魔導大聖》の二つ名を国立魔導院からいただいている才媛だ。
長く伸ばされた銀髪に金の瞳、透き通る白磁の肌と華奢な体つきは見るからに魔導師のもの。けれど厚手のローブの下にはクルッツに勝るとも劣らない豊かな胸が隠されていて、最近ではすぐに下着のサイズが合わなくなってしまい困ります、なんて話を俺が家にいる時でも平然とし出すので、その辺ももうちょっと大人になって欲しい。困っているのは俺の方です。
「義兄さんのレベルが低いのは単にジョブチェンジの度にレベルリセットされているだけじゃないですか。なのでレベルは低くてもステータス自体はそのままだから私達の中でも地力はトップクラスに高いですし、日々の弛まぬ鍛錬もあって職種を問わない戦闘力も有している。有り体に言って最高に格好良いです。愛してます」
…………
レベルの低さも特に問題ではなかったみたいだ。
となるとあとは……
「おいおい、いつもながら察しが悪い奴だなぁ」
ニタニタと薄気味の悪い笑みを貼り付けて、マーグが揶揄するように言った。
短い金髪を逆立てたマーグ・マバルウは俺より一つ年上の、兄貴分みたいな存在だ。
うちのパーティーは女性であるクルッツがリーダーを務めているせいもあってか女性陣の発言力が強めな傾向にある。もしマーグがおらず男が俺一人だったらさぞかし息苦しい日々を送る羽目になっていたに違いない。
魔力付与した矢を放つ必殺必中の魔弓士、《月虹天弓》と称される彼の弓の腕は大陸でも有数の妙手で、イケメンフェイスも相まって昔から女性冒険者達からの人気も高くモテモテなのだが、それを鼻にかけることもなく義に厚い、最高の兄貴分だった。
なのに、そんなマーグが、俺を嘲笑っている。
「マーグ……いったい……」
「クッククク。やれやれ、鈍い弟分に教えてやるとするか。どうしてお前が追放されなきゃならないのか。それは――」
と。
そこでマーグの携帯通信結晶がトゥルルルルル~っと着信を告げた。
話の途中だったので、どうしたものかとマーグの視線が俺と携帯通信結晶との間を行ったり来たりする。
なんとなく通信相手を察した俺が「いいよいいよ。出て」とジェスチャーすると、マーグは顔の前に片手を挙げて「すまん」と謝ってきた。
「はい、もしもし。マバルウです。……ああローラ? うん、うん。そうそう、パーティーの連中とミーティングで……は!? え、マジか!? ちょっ、大丈夫なんだろうな!? そうだ医者! 救急につれて……え? なにオレと話したい? 今替わる? うん、うん。……あ、もしもしカナ? は~いパパでちゅよ~~~♪ うんうん、お熱出ちゃったの~? 大丈夫? 苦ちくないでちゅか? あ、あ~~泣かないでカナちゃん大丈夫だから、パパちゅぐ帰りまちゅからね~~~っ!! だからちょーっとだけ待っててね~? ……うん、うん。はーい、はい! ……ふぅ」
…………
通信を切ったマーグが泣きそうな顔を向けてきた。
ああ、うん、わかってる、わかってるって。
三年前、一八歳になるや早々に恋人のローラと結婚して、二年前にカナちゃんが産まれてからずっとこんな感じでマイホームパパだもんな。
俺だけじゃなく、クルッツもプレシアもニケ姉も全員コクンと頷いて玄関のドアを指し示す。
なんとも苦しそうにぺこりと頭を下げ、マーグは「うぉおおおおカナぁあああああ!!」と叫びながら猛ダッシュで帰って行った。
「……相変わらずの娘LOVEっぷりね、マーグ」
「昔からローラさん一筋でしたし、カナちゃんのこともさぞかし可愛いんでしょう」
「カナちゃんが産まれてから暇さえあればずっとニタニタ薄気味悪く笑ってるのだけは勘弁して欲しいんだけどな」
「いいなぁ、私も早く結婚して可愛い赤ちゃん欲しいなぁ」
ニケ姉の言葉を皮切りに、三人がチラッ、チラッと何故か俺の方をやたら見てくるが、俺としてはマーグが言いかけた追放理由の方が今は気掛かりだった。
マーグは俺が『鈍い』と言っていた。
職業でもなくレベルでもない、その上で鈍さが理由というのは……
「俺を追放して、替わりに加入したイケメン勇者がハーレムパーティーを構築――」
「あのね、クルッツちゃんとプレシアちゃんの話聞いてた? それ以上ふざけたこと言うとブン殴るわよレオちゃん?」
「はいっごめんなさいっ!!」
ニケ姉から叩きつけられた闘気に背筋を震わせながら、俺は即座に謝罪した。
俺より二つ年上で、王国最強の武道家を師に持つ若き達人、《天崩絶拳》ニケ・アルファンノースの放つ闘気は低級モンスターならそれだけで行動不能に陥ってしまいかねない圧を持つ。
クルッツやプレシアに負けず劣らず、ニケ姉も美人だ。
長い黒髪を左側でまとめたサイドテールに、健康的な褐色の肌。戦闘の邪魔になるからとサラシでぎゅうぎゅうに締め上げているはずの胸はそれでも武道着の下から圧倒的な存在感を放っている。
元々大人っぽい顔立ちだったのがここ数年でさらに色気を増し、ひとたび街に出れば擦れ違う男共の視線を集めずにはいられない彼女は一部では魔性の美女扱いされていた。
……俺達からすれば『優しいご近所のお姉さん』なんだけどな。
けれど、今日の彼女はあきらかに怒っていた。それはもう。だって俺がパーティーハウスに来た時から闘気だだ漏れでしかも定期的に「プンプンッ」て声に出してるし。
「だいたい、パーティーを組んで五年、それ以前からも幼馴染みとしてずっと付き合いがあるのよ? なのに、ポッと出のイケメンに惑わされてパーティーから追い出すような最低の人間性をしてたらとっくの昔に私達の関係は破綻してるわ。そりゃあね、人間だし、心変わりが絶対に有り得ないとは言えない。でも、それでも……何年も生死を、苦楽を共にしてきた関係がそこまで安く薄っぺらいものだとは私は思わないわ。だから結婚しましょうレオちゃん」
…………
ニケ姉の言う通りだ。
感情なんてままならないものだ。俺だってある日突然女神のような美少女と遭遇して惚れ込んでしまうなんてこともあるかも知れない。……いやちょっと待って例え話を脳内で想像してるだけなのにどうして刺すような視線を向けてくるんだ三人とも。
……うん。
そう、女神的美少女に惚れちゃったとしてもだ、それで今の仲間を蔑ろにだなんて絶対にするわけがない。断言出来る。出来るからやめて。気圧さないで。もしかして三人とも俺の心読めてたりするの? ドチャクソ怖いんですけど。
「……じゃあ結局どうして追放なんだ? まったくわからん」
お手上げ。
降参だ。これ以上は多分どれだけ考えても時間の無駄だと思う。
そんな俺に三人は「はぁ~~~……」っと大仰すぎる溜息を吐くと、クルッツは今にも斬り刻んできそうな、プレシアは絶対零度の、ニケ姉は叩き潰さんばかりの威圧を込めたジト目で睨んできた。
「あんた、昨日打ち上げの後に一人で酒場に行ったでしょ?」
「お、おう。行った、けど」
「そこで自分が何をやらかしたか、覚えてないの?」
クルッツの告発めいた問いかけに、俺は懸命に頭を絞った。
昨日……
地竜を倒して、ギルドでクエスト達成の報酬を受け取って、五人でそれを均等に分けて、打ち上げでご馳走を食べて、別れて、飲み足りなかったから酒場に繰り出して……
そこから先の記憶はひどく曖昧模糊としていた。
一応言い訳しておくと、普段の俺はそこまで大酒飲みってわけじゃない。
大抵はパーティーメンバーの誰かと一緒だったりだし、泥酔なんてしないよう節度を保って飲むように気をつけている。
けど、たまにはあるのだ。
なんとなーく深酒して、思う存分酔っ払いたくなる時が。
明確な理由なんてない。本当にたまたま、昨夜がそんな気分だったというだけの話で、俺はどうやら大変なことをやらかしてしまったらしい。
それも幼馴染みと義妹が激怒するようなとんでもない失態を。
「ぐ、うぅ、おぉお~~~~……いったい俺は昨夜なにをやらかしちまったって言うんだ……? まさか酔って裸踊りでもしたのか?」
「それはそれで義妹としては顔から火が出そうなくらい恥ずかしいですけど、パーティーを追放しようとまでは思いません。ちょっと折檻するだけです。ちょっと」
ちょっとの部分がちょっとどころじゃなく冷たい。怖い。可愛い義妹が怖い。
「じゃ、じゃあ、竜皮ビキニパンツ一丁で昨日倒した地竜の爪やら角やらを腋や股に挟みつつ『ドラゴンダンスだHey!』って宣いながら店内を練り歩きビキニパンツにおひねりをねじ込んで貰ったとか……」
「……レオちゃん、あなたそんなことしてたの……?」
いかん。
適当ぶっこいただけだったのにニケ姉にガチでドン引きされてしまった。
これは辛い。心が痛い。
してませんそんなこと。神に誓って。
……多分。
してないよ?
「残る可能性としては、酒場で意気投合した色っぽいお姉ちゃんとそのまま酔いに任せて一夜の――」
――カチン。
不意に響いたのは、鍔鳴りの音だった。
見ればクルッツの手が腰に佩いた大太刀の柄に添えられている。
そして、ハラリ、と俺の前髪が数本、宙を舞っていた。
「……ごめんね。蚊が飛んでたもんだから」
なるほど。
確かに蚊が飛んでいたみたいだ。宙を舞っていた俺の前髪と一緒に蚊の死骸が床に落ち、綺麗な八等分にバラけた。
超神速の居合い。《剣爛争覇》だからこそ為せる絶技だ。
マジおっかねぇんですけど。こんなん痛みを感じる間もなく四回は首が落ちるわ。
「本気で覚えてないみたいね」
「まことに遺憾ながら」
首を落とされたくはないので素直に頭を垂れた。
……いや、むしろこれ自分から差し出しちゃってないか? 選択間違えたか?
「ひとまず覚悟は受け取っておくわ」
あかん。
斬り刻んできそうなジト目は維持したまま口角だけ吊り上がってる。
おいおいおい死んだわ俺。
《剣爛争覇》による斬首とは、ある意味栄誉なのかもしれんが。
などと俺がくだらないことを考えているうち、クルッツは溜息交じりに語り出した。
「じゃあ教えてあげる。……今日、次の依頼の話とか聞きに昼間ギルドに顔を出したの。他にも、地竜は一匹出没すると続けて何匹か付近に現れることが多いらしいし、竜種を確実に撃破出来るパーティーはうちも含めて王都にも数える程しかいないしね。もし二匹目や三匹目が現れたらうちで優先的に引き受けられるようにって」
竜討伐の依頼は報酬が非常に高い。加えて死骸から剥ぎ取れる鱗、牙、爪、角、瞳、心臓を始めとした各種内臓、etc、etc……その全てが金になる。
昨日の地竜一匹による儲けも、五等分した額でもこの王都で特に贅沢したりせず普通に暮らすなら五年は暮らせる額だ。
よって、冒険者はこぞって竜種を狩りたがる……の、だが。
言うまでもなく、竜は強い。
勿論、種族、個体、年齢等によって強さは異なる。
幼竜であればC、Dランクパーティーでどうにかなりもする。
成竜や老竜はそうもいかない。上位のAランクパーティーでさえも決して低くはない全滅の可能性がつきまとう。
それでも、破格の富と名声を求めて身の程をわきまえずに竜討伐に挑もうとする愚かな冒険者は後を絶たない。
クルッツは出来る限り愚か者の犠牲を防ごうと、ギルドに念押しに行ったんだろう。
別に、彼女はただ優しいわけじゃない。
不要な犠牲者をなるべく出したくないというのも本音だろうが、同時に一匹でも多くの竜をうちが討伐出来るよう根回しも済んでいるはずだ。
極々当たり前の倫理、道徳、正義感。
加えて自分達の利益を追求出来る合理性。
それらをバランスよく兼ね備えているから、クルッツは俺達のパーティーでリーダーをやっているのだ。
つくづく魅力的な女性だと思う。
「ギルドで用事を終えて帰ろうとしたら、何人かの冒険者からジロジロ見られてるのに気付いたの。……別に、馬鹿にされてるって感じじゃなかったけど、気になったから訊いてみたのよ。そしたらそいつらみんな昨日酒場であんたと一緒に飲んでたって。……で、……で、で……でぇ」
そこまで言いかけて、冷え冷えとしていたクルッツの頬に朱がさした。
やがて朱は顔中に伝染し、耳の先まで真っ赤に染まる。
なんだ? どうした?
モゴモゴと口を動かしてないで、気になるからさっさと続きを話して欲しい、って催促しようとしたら、怒鳴られた。
「あっ! ああああ、あんた!! 『クルッツ! 愛してるぞーーーッ!! 結婚してくれーーーーーーッ!!』って叫び回ったって言うじゃないの!!」
「……マジか」
「マジもマジ、大マジよ!! 恥ずかしいったらなかったわよ!!」
なるほどなるほど。
そりゃあクルッツが怒るのも無理はない。
断っておくけど、酔った勢いで出鱈目を叫んだってわけじゃない。
俺は昔からクルッツのことが好きだし、結婚して欲しいというのも本気だ。
告白もとっくにしてるし、クルッツが俺のことを好きなのも知ってる。
つまり両想い。
そこだけで判断すれば何の問題もない。二人は幸せなキスをして終了。ハッピーエンドだ。
なのに、次第に落ち着きを取り戻したのか、クルッツは呼吸をただすと再び俺にジト目を向けて、忌々しそうに口を開いた。
「そこまでなら、いいわ。恥ずかしいけど、恥ずかしいだけだから。けど、だけどねぇ――」
……あ。
やべ。
今になって朧気ながら記憶が戻ってきた。
これは……いかん。いかんですよ。
非常にマズい事態です。
おぼぼぼぼ、脂汗滲んできた……
「――続けてこう叫んだそうね。『プレシアーーーーッ!! 大好きだ!! 結婚しよう! お義兄ちゃんが幸せにしてやるからなーーーーーーッ!!』って」
今度はプレシアが顔を真っ赤にしていた。
真っ赤だが、頬を膨らませている。
ちなみにプレシアのこともクルッツに負けず劣らずに好きだ。結婚して幸せにしてやりたいというのも嘘じゃない。幸いこの国は義理の兄妹であれば婚姻を禁止してはいないし、愛さえあれば俺達は結婚出来るのだ。
……が、今の問題はそこじゃない。
「さらに『ニケ姉ーーーーーーッ!! あいらーびゅーーーー!! あ~~~~いうぉんちゅーーーーーーーッ!! らーびゅー!! うぉんちゅうぉんちゅ~~~~ッ!!』と狂ったように喚き散らしたとか」
ニケ姉は恥ずかしそうにモジモジしつつも、その一方で虚空に激しく拳を打ちつけていた。
パンッ! パンッ! と音の壁を破る乾いた破裂音が響き渡る。……もしアレをまともに喰らったら俺の内臓なんて滅茶苦茶だろう。
ニケ姉だって愛してる。俺にとっては、多分ニケ姉が初恋だった。クルッツやプレシアに愛情を抱くようになった今でも、ニケ姉へのそれが消えたわけじゃない。
ああ、そうなんだ。
だから俺は、酔った勢いで……そう――
「極めつけは『ハーレムじゃぁぁああ~~~~~ッ!! 三人とも娶ってハーレムパーティーじゃぁあああああ~~~~~~~ッ!!』」
――叫んでしまった。
昨夜の記憶の殆どをようやく思い出した俺を囲むように、三人はゆっくりと近づいてきた。
ゴクリ、と喉を鳴らす俺に、クルッツが優しく微笑みかけてくる。……こいつ、本当に笑顔可愛いな。怖いけど可愛い。怖可愛い。
「ねぇ、レオン」
「……あい」
「この国の法律は知ってるわよね? 今までにも何度も、耳にタコができるくらいしつっこく言い聞かせてきたものね?」
「……あい」
「あんたとの、しょ、将来をっ、……関係をこの先どうするのかも、口を酸っぱくして言い含めておいたはずだものね?」
「……あい。わかっております」
「そう。でも、あえてもう一度言っておくわ――レオン」
微笑みがスーッと音もなく消える。
クルッツもプレシアもニケ姉も、三人とも無表情だった。あらゆる感情を何処かに落としたか、置き忘れてきてしまったのか、そんな顔だ。
でも、俺は知っている。
この静けさが、ただの前兆に過ぎないのだと。
大嵐がくる前の一時的な凪。噴火前に火山がエネルギーを溜め込んで一休みしているだけなのだ。
その訪れを待つ時間は、長かったような、短かったような。
無限のような刹那を越えて、溜まりに溜まったそれがついに――爆ぜる。
「この国は一夫一妻制! 重婚は一切認められないからあたし達三人の中からきっちりしっかり一人だけ選びなさい!! ハーレムパーティーだなんて言語道断!! ちゃんと選ぶまで宣告通りパーティーからは追放ッ!! わかったわね!?」
……しょんぼりと頷きましたとも。
■■■
「だからなぁ、オレみたく女には一途でいろってずーっと言ってたろ」
「面目次第もございません」
追放の翌日。
行きつけの定食屋でメニュー表とにらめっこしながら、俺はマーグからの説教にコクコクと頷くしか出来なかった。
……反省は、してるのだ。
いくら酔っ払ってたとは言えハーレムパーティー宣言はそりゃ怒られるに決まってる。なおマーグからは『オレは無視かよ』と笑われた。
自覚もしてる。
クルッツのことも、プレシアのことも、ニケ姉のことも、心の底から愛おしく想ってるのに、愛おしいからこそ答えを出さなきゃならないのだとわかっていても引き延ばし続けてしまっている自分はつくづく優柔不断なダメ男なんだと。
「……でも、三人とも、本当に、大好きなんだよなぁ」
「気持ちはわかるよ? オレだってローラがいなけりゃあの三人に惚れてたかもしれんし。三人とも本当に良い子だ。けどまぁ、女はな、お前の大好物のカツカレーみたくはいかねぇんだよ。ライスもカレーもカツも大好きだから一緒にいただきます、ってわけにはな」
カツカレー。
百年近くも昔、異世界からの転生者が伝えたとされるこの料理が俺は子供の頃から大好物だった。定食屋に来ると高頻度でこいつを注文する。クルッツ達からは『よく飽きないわねぇ』って何度となく言われたもんだ。
だって仕方ないじゃないか。カレーもライスもトンカツも大好きだし。
大好きと大好きと大好きが一緒に食えるんだからそれはもう最高に美味しいのは当たり前だ。大大大好きだ。
でも、それがよくないのかも知れない。
「……しばらくカツカレー断ちしてみるか」
「えっ、マジか? お前がカツカレー断ちとは……どうやら本気みたいだな。おしっ、応援するぜ! お前が一日も早くパーティーに戻ってこられるようによ!」
嬉しそうなマーグにバンバンと肩を叩かれ、俺は苦笑した。
大大大好物のカツカレー。
食べたいけど、しばらく我慢してみよう。そうして大好きと大好きと大好きについてもう一度よーく考えてみるのだ。
「そんじゃ今日は何食うんだ? カツカレー断ちを記念してオレが奢ってやるぞ?」
「ありがとう、マーグ。じゃあ……そうだなぁ……」
この店でカツカレー以外を注文するのは稀なので、なかなかに悩ましい。
とは言えメニュー選び如きに優柔不断を発揮するわけにもいかない。ここは即断即決、食べたいと思ったものを素直に注文するとしよう。
「トルコライス」
マーグが思いっきり顔を顰めているのを不思議に思いながら、俺はすぐにでもパーティーに戻れるよう頑張ろうと固く心に誓うのだった。