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好奇心は猫を殺す

作者: 家達あん

 満員電車、それは戦場である。


 高揚感、悲壮感、憂鬱(ゆううつ)感、そして寝起きの気怠(けだる)さ。

 様々な毒素が撒かれ、押し込まれ、それにより吐き気を(もよお)す。

 そんな場で、人々は毎日戦っている。


 私もその内の一人。


 今日も騒がしく賑わう人々の雄叫びと共に、(いくさ)の扉が開く。

 炭酸の抜けたような力ない音が戦の合図である。


 扉が開くと一斉に戦士達が押し寄せてくる。

 出口を目指して特攻してくる戦士達を華麗な舞で避け、戦の場へと乗り込む。



 戦の場は狭い。

 まずは自分の陣地を見つけねばなるまい。

 ここで見つけなければ、体力の消耗が激しくなってしまう。


 がしかし、辺りを見回すも陣地は既に埋まってしまっている。

 さて、どうしよう……。


(疲れるのは嫌だ……、どうにかして座りたい)


 その為の選択肢をいくつか考えてみる。


 選択肢その1・・・座ってる人の膝に座る

 選択肢その2・・・上の方に付いてる荷物置きに寝っ転がる

 選択肢その3・・・吊革を上手いこと使って……なんとかする

 選択肢その4・・・……もういいや


 私は一年以上もこの地で戦っている。

 誰がどの領地で撤退していくのか、大体わかるようになっているのだ。

 その撤退の瞬間を待つとしよう。


(……ええっと、この大柄でいつも少年誌を片手で読んでいる男の人とあそこのセーラー服の女子高軍団は次の駅で……。

 ほんで、あのピンクのマスクをつけたポニテ(ぽにーてーる)の白スーツキャリアウーマンと多分その部下っぽいナヨナヨした男の人は次の次で降りる、っと)


 つまりこの人達が撤退した時が陣地を奪うチャンスである。


 次の領地に着き、大柄の男とセーラー軍が撤退したその瞬間、足を一歩前へ踏み出すが、もう遅かった。

 瞬く間も無く、陣地は他の戦士に奪われてしまった。

 そして、その領地から新たな戦士も導入されたことで戦場は更に戦士で溢れかえる。


「はぁ……」

 っと、いかんいかん! ため息を吐いてはならん!

 この地に負の感情をこれ以上撒き散らしてはならぬ。


 私は素早く小さな隙間を見つけ、そこに駆け込んだ。


(仕方ない、次を待つか)


 腕を目一杯上に伸ばし、吊革を掴む。

 私の領地はここから約三十分の場所にある。


 十分が経過し、キャリアウーマンとその部下が撤退。

 しかし、またしても他の戦士に陣地を奪われてしまった。そして再び扉は閉ざされた。


(はぁ、こりゃもうあと二十分耐えるしかないか)



 そして、腕が痺れてきたそんな時に事件は起きた。


「お前何しとんねん!」


 突然戦場に男の怒声が響き渡ったのだ。


(おぉ、関西のお方だ)


 戦士の数が数だけに誰の声なのかは判断できず、前世がシャーロック・ポアロである私の好奇心が腹の裏側を(くすぐ)った。


「ごめんあそばせ」

 ロンドンの貴族の如し振る舞いで戦士達の間をすり抜け、声のする方へと移動する。


「なんやねん、いっきなりこんなことしよって」


 再び怒声が、今度は真近くで聞こえた。

 背伸びをしてどうにか先の方を見ようとするも身長が足りず……。

 結局、戦士の腕と腕の隙間から望遠鏡の如く奥の方を覗くと、その怒声の主らしきハg……髪の毛の少ないデb……太ったおじさんがカエルの形相で誰かに向かって怒鳴っている姿が見えた。


「聞いとんかワレェ! どういうつもりでわしの(けつ)(わし)掴みしてん、ああ?」


(なんと!?)


 これ……は……、痴漢……いや、()()()というやつか?

 相手はおっさんだぜ? いいのかおっさんで……。


「ちょっとごめん(そうろう)(こうむ)りますわ」

 好奇心が頂点まで達した時、私は戦士達を押し退けて現場が目の前で見える所まで近付いた。


 そして、その光景を前にして目を疑った。


 おじさんが怒鳴っている相手というのが、()()()()だったのだから。

 しかも私と同じ高校の制服。


(ま、さかこれは禁断の……少年と中年のXXX!! おおおお……あ、鼻血垂れた)


 二人の掛け合いはまだまだ続く……と信じ、ここで拝むとしようか。


「はあ、もうええわ。とりあえず次の駅で降りんぞ、警察に突き出したるさかい」

「……本当に警察呼ぶつもりですか?」

「あ? 人様の尻堂々と鷲掴みしてよお言うわ」

「呼んでもいいんですか」

「……何が言いたいねん」


 ふと、少年の目線がおじさんの後ろにいた女子高生に向いた。


(……ん? ちょっと待って。あの子、泣いてない?)


 女子高生が体を震わせながら涙をポロポロと流していることに気が付いた。

 その時、いつぞやに歴史の授業で習ったハンムラビ法典の一節が私の頭の中に浮かんでいた。


「僕は今あなたが彼女にしたことをしただけです」



 降りる駅に着き、私はトボトボと歩き始めた。

 頭の中は、目の前を歩く華奢(きゃしゃ)な背中の彼の事で頭がいっぱいになっていた。


 はあ、まいった。

 私の好奇心の所為(せい)であの彼に心臓を奪われてしまった。


「目には目を、歯には歯を……、痴漢には痴漢を、かぁ」


 今日の戦はいつもより疲れたな……。

そう言えばあのおじさん……、ダジャレ言ってたなぁ。

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