【第二回】魔は奸計を巡らせ、聖は妙計で応酬す
着々と人類側の実力者の削ぎ落としを進める魔と、
それを阻止せんとする儒者。ですが儒者は必ずしも
人類の味方というわけではなく、単に余計な犠牲者
を出したくないだけでした。
これから次第にそれぞれの立ち位置と温度差が明
らかになっていきます。
【第二回】魔は奸計を巡らせ、聖は妙計で応酬す
さぁて皆様、お立ち合い。
儒者の登場により、地球人類にもその他の陣営にも微妙な
パワーバランスが生じる事になりました。元々儒者も地球人
類には違いないのですが、その範疇では捉えきれない度量の
大きさと行動原理を有しており、必ずしも地球のためだけに
行動しているわけではなかったのです。地球政府やがちがち
の原理主義者から見れば時には彼らは裏切り者、背信行為と
もとれる事を平気でしでかし、他種族や精霊に恩恵を与えた
りしたのです。当然、異種族の儒者もあらわれましたが、誰
にも敵せず誰にも組みせずの姿勢を貫き、それ故に各陣営か
らも一定の畏怖と信頼の念を向けられていました。
儒者の存在は奇しくも双方にとっての抑止力にもなり、無
闇な暴発は非常に高い確率で回避される事になりました。彼
らを本気で怒らせたら、向かうところ敵なしと言われている
地球艦隊100万隻といえどもただでは済まない事は明白だっ
たからです。これぞまさしく
真の強者は、動かずに事を動かし変えてゆく。
力頼みの偽物は、結局勝てずに消えてゆく。
とでも言うもので、当の地球人類の下階層からもこうした声
が上がる始末。一部強硬派は社会的にも肩身の狭い思いをす
る事になりました。いくら強大な国力を持っていても、余り
に浪費が過ぎると終いには立ち行かなくなるのは自明の裡。
それを危惧する声が上がっても致し方のないところ。しかし、
地球勢力の壊滅を狙う者としてこれを見逃す手はありません。
最初にこれを好機と考えたのは魔の陣営。儒者を刺激しな
い方法で、地球人類にじわじわと損害を与えていく作戦を立
て、満を持して実行に移したのでした。それは、有力な人材
を異次元送りにして無力化する、というものでした。
異次元についての知識も感覚も体験も乏しい地球人類にとっ
て、これは計画された大規模な「神隠し」であり、その対象
になった者にとってはいきなり「迷子」になったとしか言い
様がないものでした。異次元送りとは、迷い込んだら最後、
今どこにいるかも分からず、もちろん脱出方法も見つからず、
死ぬまでさまよい続けるしかない、という過酷な運命を背負
う事を意味しました。
人類を、ひと思いに葬り去るには、魔の怨恨と憎悪の念は
余りにも深く大きなものだったのです。しかも、その為の罠
は突然に扉の姿でターゲットの目の前に現れ、静かに連れ去っ
てしまうのです。
扉の向こうに見えるもの。人をいざなう妖しさは、
絶える事なく、魂に甘いささやき投げかける。
今また独り、迷いびと。扉をくぐって歩き出す。
扉の向こうで待っている。人を苛む哀しさは、
耐える事なく魂に苦いつぶやき投げかける。
作戦が発動して六百と二十八年。地球人類に有効な対抗策
はなく、地球人類は天才と呼ばれた俊賢を失い続け、その数
実に数千万以上にまで達しました。生息次元を問わず、異種
族の多くと魔の者たちは、
ホントに才があるならはなにゆえ戻って来ないのか
所詮は弱き者故に、何の役にも立ちはせぬ
と心の中ではやしたてる有り様。
当然の事ながらそれまで破竹の勢いであった地球の発展は、
すっかり停滞してしまいました。愚鈍がいくら沢山いたとこ
ろで、時代を動かす程の力にはならない見本の様なものです。
しかも、魔の打った手は、単に賢者を異次元に放り込むだ
けでなく、彼らの記憶を写し撮り、今まで地球人類の切り札
でもあった科学技術の真髄を再現するに至ったのでした。記
憶が読めれば真似出来るものなのかどうかはともかく、相手
は元々超自然の力を持つ精霊なればこそ、理屈抜きで何でも
ありだったとしても不思議ではありません。魔とそれに与す
る軍団は、宇宙各地であからさまに地球人類を襲う様になり
ました。相次ぐ勝利の報を得て、安堵の思いを隠せないのは
他の精霊と異種族たち。地球人類の勢力圏の内外問わず、彼
らの安堵と優越感は、次第に高まっていったのです。
ジリ貧君の地球人類を冷ややかな目で防寒していたのは異
種族や魔だけではありません。種族的には同じ人類に属する
地球以外の星系の人類もまた同様でした。
彼らは地球人類ほど自然征服欲もなく、十分精霊や他種族
と共存していける精神的、もしくは文化的、はたまた歴史的
な基盤を持ち合わせていたので、人類多数派である地球人類
の振る舞いを良くは思っていなかったのです。
また、魔といえどもそういう人類まで見境なく攻撃対象には
してはいなかったので、地球人類のように直接利害があった
分けでもありません。地球に味方する理由は全くなかった、
というのが実態であります。こうした人々への迫害や嫌がら
せが地球から発せられた事もありましたが、これを見事抑え
きったのが儒者たちのグループでした。どんな方法を使った
のかは誰にも分かりませんが、儒者は地球が何かしようとす
ると尽くこれを阻止してのけ、敵味方一人の犠牲者も出さず
に済ませたのでした。これでまた儒者の評判は高まり、
真に力のある者は、決して他者を傷つけぬ。
国も種族も無関係。悪から弱きを護るのみ。
と謡われて、陰ながら限りない称賛を浴びたものです。
しかし真の公明正大とはどちらか一方だけに肩入れするも
のではありません。儒者の活動は地球人類抑止のみに向けら
れた分けではなく、当然の事ながら数多の天才秀才を理不尽
にかどわかす魔の方にも向けられました。
そのまま捨て置くには余りに被害者の数は多くなり過ぎた
のです。地球人類全体から見れば1%にも満たない規模です
が、それは結果であって、それ以上に阻まれた、つまり、神
隠しされずに済んだ事例も多かったのです。そして、宇宙各
地の儒者たちはこの結果を重く見て、共通意識として更に魔
の活動を抑止する事で合意したのです。
いったん決まると事は迅速に始まりました。
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その時もまた、魔の定常業務が発動し、担当者は今度攫う
ターゲットの確認をしておりました。
時に地球暦でいうところの15830年5月。
処はケスタ植民星。知的生命としては、いわゆる人類が生
存しない異種族の星でした。地球から見ると、いわゆる射手
座方面にある、金星と同じ位の惑星で、土着の種族には、小
国家が各地に乱立して覇を競う、というレベルの文明があっ
た、という所でした。
ここに地球艦隊1200隻が飛来、あっという間に征服して惑
星全土を掌中に納めたのが44年前のことでした。こうした経
緯のため、ほんの数百程度の地球人類の総督府役人と二十万
の入植者たちが、残り全ての種族を支配していました。こう
して出来た開拓地のひとつ、ニクス村でのとある出来事から
事は始まります。
星都フリギドゥスから北に2500キロ程の所にあるこの村で
は、悪天候による不作から深刻な食料不足を起こしていまし
た。これを改善するために星都から派遣されたのが天才技術
者サラ・クリスタルという人物でした。
サラは、幼い頃から神童の名をほしいままにし、11才で
大学に進学、いわゆるテラ・フォーミングに関する専門知識
を修め、16才にて地元発展のための使命感に燃えつつ、こ
の辺境の地を目指したのです。
魔はこの人物に目をつけて、様子を伺っていました。すぐ
に襲わないのは、いつ、どうかどわか人類により効果的にダ
メージを与えられるかを検討していたからです。即ち、大き
な事業を起こさせ、ある程度進んだところで突然引き抜く方
が、何もしないうちに攫うよりは与える影響が大きく深刻な
ものになるからです。
さて、話をサラに戻します。このときには同伴者がふたり
ついていました。名をミレ・ソルト、リナ・ダイヤモンドと
いい、SDFの特務エイジェントでした。
SDFというのは地球軍が植民星に置く組織で、正式名を
Self Defence Forceといいます。念の為申し添えておきます
が、とある世界の某国の「自○隊」とは何の関係もありませ
ん。万一未知の危険生物の襲来や異種族が暴徒と化して襲っ
てきた場合に「地球人類を護る」と称して彼らを弾圧するた
めの組織です。あくまで「地球人類」を護るのであって、国
民を護るという分けではないのがミソですが。
さして軍備を持たない彼らに対して必要とは思えない様な
超のつく破壊兵器を十分に備えた悪魔の軍団。それがSDF
でした。その中でも選りすぐられた先頭・殺人スキルを持つ
のが特務エイジェント。これがSPとして要人の警護につく。
当たり前といえばこれほど当たり前の事はございません。
歴史上では夥しい数の優れた人材がこつ然と消える事件が
起こっていて、今目の前に当代随一の天才がいる。これを護
衛する栄誉に浴し、二入のエイジェントは燃えていました。
ミレは相棒に問いかけます。
「リナ、用意はいい?」
「うん、問題なしっと。こっちはいつでもOK」
相棒からの返事に満足そうに頷くミレ。
その様子をちらりともせず黙ってその脇を通り過ぎたのが
今回の護衛対象であるサラでした。
彼女は幼い頃から大人たちに囲まれ、陰に本音を隠しつつ
表面を取り繕い、上っ面だけの笑顔、猫なで声、親切を装い
つつ近づいてくる人間のダークな部分を見せられ続けてきた
ので、当然の結果ながら、彼女は他人に関心を持だず、出来
るだけ関わらずに済まそうとする人物へと育ちました。
身辺警護の2人が、まるでいないかのように振る舞うのも
彼女にしてみればいつもの事なのです。二人のSPも慣れた
もので、余計な言葉はかけず、それでいて片時も目をそらさ
ないで警備を続行します。
実際、サラの赴任は何の問題もなく行われ、移動も拠点準
備も何ら滞りなく完了しました。一刻も早く根城を作り、自
分の仕事に没頭する。サラにとってはそれからが何より愉し
いひと時なのでした。
それというのも、彼女は機材の発明、開発やマニュアルや
指示書の作成をするのが大好きで、会議や現場の指揮もこな
しますが、人に応対するのは嫌い、出来ないとか苦手とかで
はなく「嫌い」で、機器の説明や手順も専門の指導者のみを
対象に行い、個々の担当者にはそのリーダーが指導する、と
いう方式をとっており、直接現場に出る事はほとんどありま
せんでした。
それより更なる新技術の研究、開発に専念する方が効率的
だからです。また、組織やチームは個々がそれぞれ自分の役
割や機能を認識し、それを完遂していけば人間関係、即ち信
頼関係やら仲間意識やらましてや親睦やらは不必要だ、と考
えていました。なので、ことさら他人と言葉を交わす事も無
く、すべては最短時間で進められていったのです。
フロンティアベースと呼ばれたこの開発基地では、気象観
測や資源調査をはじめとする自然環境の把握、栽培場や各種
実験場の運営管理など、これからこの星を開発するための中
枢となる機関と施設が集められていました。
そもそもこの星土着の文明ではとうてい地球レベルの生活
を支える事は出来ず、征服依頼40年以上も経過したこの時
でさえ、本土との差は天と地ほどありました。当然移民から
の欲求も厳しくなっており、政府としても早急に何らかの成
果を出す必要にかられていたのです。
サラはサラで思う事がありました。
『私がこうして乗り出したからは、たちまちのうちに諸問
題を解決し、本土にもひけをとらない程の生活を実現させて
みせる。でも星都の田舎役人どもに十分な予算と資材を確保
出来るのかしら』
彼女の下には手足となって働く研究者チームがつく事が通
達されていました。彼女は
『どうせ私の知識やノウハウを盗み出す事が目的だろうけ
ど、盗みきれるのかしら? 私としては、いちいち再教育し
なくても済むのだから、どんどん持ち出して欲しい位だけど。
なんせ、アイデアなんていくらでも出て来るし』
などと思いつつ、この研究チームとの合流を待っておりま
した。彼女にしてみれば、既に当たり前になってしまった陳
腐な知識や技術について、入れ替わり立ち替わりやってくる
研修生毎に、何度も同じ事を教えるのは甚だ退屈で迷惑な事
でしかなく、助手としてやってきて勝手に持ち出してくれる
ならむしろ大助かり、という程度の認識でした。
その無頓着さにはむしろ周囲の方が危機感を感じていて、
不用意に情報が流出する事がない様に細かい所で対策が講じ
られていました。即ち、サラのあの性格をいたずらに刺激し
て仕事が進まなくなるよりも、彼女は自由に行動させ、彼女
に接触した者全般に対して厳しいチェックをほどこす方が簡
単で、効率的という判断が下されたのです。このため彼女の
セクションに出入りする者には、それは厳しいセキュリティ
上のチェックがなされ、ちょっとした不正でもとことん追求
され、重いペナルティが課せられました。もちろんサラ自身
はそんな事はつゆ知らず、知ったとしてさして関心を呼ぶ話
でもありませんでした。ルールが明らかにされている以上、
気をつけてさえいればそもそも問題など起きるはずがないと
いうのが彼女の見解だからです。
さて、少し時間を戻します。サラの研究室に、彼女が到着
する数時間ほど前に異次元の壁を通って潜入した者がありま
した。言わずと知れた「魔」の工作員、フェルム・ラプトル
というカルラムという小国出身の魔族でありました。そこに
は惑星全体を統べる王家があり、種族の別なく誰もが平穏に
暮らしておりました。そこに突然地球艦隊が押しかけ、その
強大な軍事力を背景に、王家を潰し、人類第一主義を蔓延さ
せて異種族を隷属化させた新体制を作ったのがほんの数ヶ月
前のこと。情報部で諜報員として活躍していた彼は、亡国の
際にからくも母星から脱出し、魔に身を寄せて報復の機会を
伺っていたのでした。彼にとっては地球人類の要人襲撃とい
う、またとないチャンスが巡ってきたといえます。
フェルムは部下2名を連れて、ターゲットの確認と、どん
な成果を上げ得る人物なのか見極めるためにラボ施設に潜入
し、次元に穴をあけて、そこに潜んでおりますと、丁度良い
具合にサラが研究室に入ってきたのに目をとめました。
シルバーグレーの長くストレートな髪。少し緑がかった淡
いブルーの眼。研究室用の作業衣に身を包み、体つきを隠し
ながらも整った顔立ちとスラリと伸びた手脚もあいまって十
分に存在感を主張していました。
とはいえ、魔族の彼から見たら異種族の彼女を別段どうとも
思う事はありません。彼にしてみれば、
潜む間隙、伺う機会
狙う人物すぐそこに
という状況なのにまだ手を出す事が許されていない。こんな
理不尽な事はなかったことでしょう。
『あんな奴、何故さっさと抹殺してしまわないのか、上も
何を考えているのやら。。。』
と、彼は思うだけでした。結果的にはそれが彼の寿命を延ば
していたのですが、神ならぬ身の本人には知る由もない事で
す。彼はその後もしばらくサラと彼女のチームの活動を観察
し続けました。種族のるつぼであったカルラムにいたお陰で
人類の個体ごとの見分けがつく彼ではありました。もし地元
出身者であれば、もともと人類がいなかった星なだけに、個々
の見分けがつかず、ターゲットに絞った細かな観察は出来な
かったでしょう。私たちが虫や魚などの生き物を見て、全部
同じに見えるようなもの。ただ、人類であっても、サラのよ
うに他人の識別がほぼ出来ない者もいます。彼女にとって、
人類とは、自分に関わりがあるか、ないかの二種類しかいな
いのですから。
それはさておき、早くターゲットを殺してしまいたいフェ
ルムと、何も知らないサラ。次元の壁を挟んで、監視する者
とされる者の時間の共有はそれから数ヶ月続きました。サラ
が何か形になる物を作り、益々その存在価値を上げなければ
奪う効果も上がらないのです。それを待つのはなかなかの忍
耐強さが要求されるのです。
この先どのような結末に向かっていきますか。それは次回の
語りにてお聞かせするといたしましょう。
迷いびと第二回。これにて読み切りといたします。