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永遠のクオリア  作者: 三嶋 亜未
Chapter 2 聖女様誘拐事件と私の神様
7/7

7. 聖女様との出会い

目が覚めて、真っ先に視界に飛び込んできたのは灰色の天井。

ほんのり薄暗い周囲に、まだ夜明け前なのかと錯覚する。


違う、と気づいたのは数秒後。


「あ、れ……?」


焦点を結んだ視界に、見知らぬ少女が入り込む。

五歳前後に見える彼女は、私と目が合うと大きく数度瞬いた。


刺繍の入った長袖の白いワンピースには、あちこちに茶色い砂汚れがついている。

むき出しの膝には、いくつかの擦り傷が見えた。


彼女の姿は記憶にないが、服装には見覚えがある。

――聖教会の見習い、だろうか。


同じ魔術を扱うもの同士である宿命か、聖教会と魔術院はあまり相性が良くはない。

特に半年前の魔王討伐に、魔術院側が研究を理由に参加拒否した(・・・・・・)ため、余計に溝は深まっているらしい。

婉曲表現なのは、個人的に組織間の関係など気にする状況に遭遇した事はないからだ。


起き上がろうと腕に力を込めれば、肩から背にかけてが(ひど)く痛む。

覚えのない状況に疑問を(いだ)きながら、私は上体を起こした。


私に掛けられていた焦げ茶色のマントが、ふわりと膝の上に落ちる。


「こんにちは。ええと、これはあなたの?」


マントを軽く持ち上げて挨拶すれば、少女は数度口を開閉して首を傾ぐ。

もしかして、声が出ないのだろうか。


私は唇を読む技術など取得していない。

残念ながら、彼女の伝えたい言葉は分からなかった。


少女はくるりと私に背を向け、奥に積み上げられた木箱の方へ駆けていく。

そこで私は改めて周囲を見渡した。


端的に述べるのであれば、ここは“倉庫のような場所”だった。


外部からの音はなく、周囲に窓は見当たらない。

空気はひんやりと冷たい気がする。地下なのかもしれない。


壁沿いには木箱が乱雑に積み上げられている。

私の近くに置かれたいくつかは開封されており、中身は全て空のようだった。


出入口は鉄の扉がひとつきり。

こんな場所に寝ていたのだから、おそらく外側から施錠されているのだろう。


「間違っても、魔術院の寮じゃないよね……」


思わず呟いたのは否定の言葉。


引っ越しを済ませたばかりの部屋は、確かにまだ片付いていない。

けれど、こんな殺風景で陰湿な空間ではなかったはずだ。


「これ、どういう状況なんだろう」


心当たりなど、あるはずがない。

というか、数日前まで私はただの魔術学校の生徒だった。


学内では比較的優等生ではあったはずだが、それも過去の話。

けれど両親は早くに亡くしており、育ての親も一般市民。

特別なものなど持っているはずもなく、この状況はメリットなど無いに等しい。


つまり、なにかの事件に巻き込まれたとしか思えない訳だけれど。


周辺探知の魔術式は“この状況を作り出した相手”の目的が読めるまでは一時保留にする。

相手が術師だった場合、杖なしの不完全な魔術は下手を打つことに繋がりかねない。


「……それにしても」


随分と不思議な夢を見ていた気がする。


最初はいつもの霧の景色。

気づけば星空の花畑で、どこか懐かしい青年と会話をした。


勘違いでなければ、彼は最後に私の名前を呼んだはず。


――私は、あの人を知っている?

記憶を辿ろうとしても、彼に似た人物に心当たりはない。


ふと耳に届いた静かな足音が思考を遮る。


「良かった。目が覚めたのですね」

「……え? あ、はい」


先程の少女に袖を引かれて現れたのは、私と同年代の女性だった。


空のように澄んだ青い瞳に、淡い金色の髪。

おそらく十人中九人が見惚れるであろう、はっと目を引く美人だった。


私は振り返った拍子に床に落ちた、茶色のマントに手を伸ばす。

おぼろげな記憶の中で、それが目前の女性の姿と重なった。


「もしかして、これ……」

「気にしないでください。どうか、そのままで」

「ありがとうございます」


彼女は私の隣で床に膝を折ると、柔らかい笑みを浮かべた。

埃っぽい周囲に、その存在は全く似合わない。


「あの、ここは?」

「ごめんなさい。それは私にも分からないのです」


どこか憂いを帯びた表情は、どこかで見覚えがあった。

直接面識がある、とかでは当然ない。


もっと、こう。私が一方的に知っているというか。

不意にその表情が、ここ数年で何度か目にした絵姿と重なる。


「……聖女様、ですか?」

「そう呼んで頂くことも、ありますね」


澄んだ声が返した答えは、肯定。


「聖教会でお世話になっている、シェリアと申します」


よろしくお願いします、エルフィアさん。

続いた言葉に、私は大きく瞬いた。


「ええと、なんで私の名前を?」

「もしかして、記憶が混乱しているのでしょうか」


聖女様は床に膝を折り、その白い両手で私の手を握った。


束の間、長い睫毛で彩られた青い瞳を伏せる。

けれどはっとしたように顔を上げて、彼女は自身の腕を見た。


そこにあるはずの装飾具はない。


構築した術式を自身の魔力で具現化する魔術師と違い、聖教会は物体に封じ込めた術を発動する。

私も伝え聞いた話でしかないので、詳細は知らない。


彼女の場合、絵姿で描かれていたのは数本の細身のブレスレット。

おそらくそれが術の鍵だったのだろう。


「申し訳ありません。私が巻き込んでしまったのです」


聖女様はそう言うと悲しげに眉を下げた。

隣に立つ白いワンピースの少女は、困ったように数度口を開閉する。


「巻き込んだ、ですか?」

「ええ、半日ほど前のお話でしょうか。時計はないので、正確ではありませんが」


頷いた彼女は、鉄の扉に視線を送った。

私が目覚める前に、時間を判別できる出来事があったのかもしれない。


「もしかして私、結構寝てました?」

「はい。こちらに連れて来られてからは、ずっと」

「だから、ですね……」


道理で体が痛いわけだ。

原因は硬い床で寝ていただけではないのかもしれない。


眠る前の記憶は、どこか曖昧なままだ。

切欠さえあれば思い出せるような気もするのだけれど。


違和感という程ではないが、なにか引っ掛かる。


私は自分の体を見下ろした。(わず)かに魔術を掛けられた痕跡が残っている。

それは、私が真っ先に相手が術師であると疑った理由だ。ただ、忘却術というよりも……。


私は夢を見る前の、最後の記憶を辿った。

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