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永遠のクオリア  作者: 三嶋 亜未
Chapter 1 彼が世界から消えた理由
4/7

4. 夢の中で出会う

気が付いた時、私は真っ白な空間に居た。


視界は霧に包まれていて、数メートル先までしか見通せない。

反射的に周辺探知の魔術式を組み上げて、けれど発動キーを口にする前に無駄だと分かって式を解いた。


新雪が積もったばかりのような柔らかい地面に、透明な足跡を残しながらゆっくりと歩く。

前後左右すら判然としない、代り映えのしない景色にふと思う。


――ああ、これは夢だろうな。


半年程前から時々見る、夢だとはっきり分かる程に現実味のない夢。

毎回こうして歩き続けているけれど、無意識に探している“どこか”に辿り着いた試しはない。


目が覚めるまでの体感時間は毎回違う。

今日はどのくらい――と、そこまで考えた時に聞こえた小さな羽搏きに、私は足を止めた。


「……小鳥?」


音の方へ眼を凝らせば(てのひら)くらいの白い小鳥が飛んでいくのが見えた。

霧の中でその姿に気づけたのは、その嘴に咥えた小さな青い花を視界に捉えたからだ。


花の種類はオキシペタルム、だろうか。

距離が遠くて正確な判別はできないけれど、なんとなくそんな気がした。


鳥が向かった方向へ足を向ければ、少し先で突然視界が開ける。


「すごい……」


まるで、雲から抜けたようだった。


頭上には、藍を流したような満天の星空。

足元は先程までの粉雪のかわりに、先程鳥が咥えていた青い花が咲き乱れていた。


目の前には一本の大樹がそびえる緩やかな丘がある。

その樹の下では、見知らぬ青年が本を読んでいるようだった。


私はぴたりと足を止める。

前を飛んでいた白い小鳥は、彼の頭上に静かに降り立った。


夢の中に、自分以外の人間がいるとは思わなかった。


突然のことに少し戸惑ってしまったけれど、私は花の合間を縫って引き寄せられるように彼に近づく。

本を読んでいた青年は、私の足音に気づいたのか驚いたように顔を上げた。


夜空のような黒髪がさらりと揺れる。

肩より少しだけ長い不揃いの髪が頬にかかり、彼は無造作にそれを払う。


私と視線が交わると、青年はふたつ瞬いた。

一拍置いて、長めの前髪から覗く藍色の瞳が、どこか優しく眇められた気がした


「……珍しいな、ここに誰かが来るなんて」


そう言いながら、彼は読んでいた本を閉じて地面に置いた。


「ええと、済みません。お邪魔してしまいましたか?」

「気にしないで。僕が君と、話してみたかっただけ」


柔らかいその表情に、不意に視界が滲む。

なぜかきゅっと胸の奥が締め付けられる気がした。


原因を探ろうとするも、理由は欠片も掴めない。

私は俯いて、きゅっと口を引き結んだ。


「……聞こえてる?」


反応がない私に心配になったのか、青年はこちらの顔を覗き込む。


フードのついた長いローブと、大樹に立てかけられた傷の入った杖。

私が育った王国の、魔術院で支給されているものと雰囲気が似ている気がした。


彼の姿には全く見覚えのないはずなのに、何故か“懐かしい”と感じる自分がいる。


「聞こえてます。でも楽しい話なんて、私持ってなくて」

「君の話なら、きっと楽しいよ」

「ええと、あの……わた、し。あれ、なんで……」


(こら)え切れずに、涙が(あふ)れた。

彼は立ち上がって、手が届く距離までこちらに歩み寄る。


「うん、いいよ。ゆっくりで」

「ちが……。わ、たし……また……」


まるで涙腺が壊れたように、流れ落ちる雫は止まらない。

呼吸が、胸が苦しくて、上手く言葉に出来そうになかった。


私も話したいこと、たくさんある。

あれから、色々なことがあった――あれ、ってなんのことだっけ。


言葉にしようと焦る程に、思考はどんどん空回りする。

彼はそんな私の様子を見守って、静かに口を開いた。


「大丈夫、時間はあるよ。いくらでも」


躊躇いながら伸ばされた彼の手が、私の頭を数度撫でる。

頭上にある手首を掴めば、彼は動きを止めた。


「ごめん、嫌だった?」


謝罪の言葉に、私は大きく首を横に振った。


目前の彼はとても優しい人なのだと思う。

年上の雰囲気を持つ彼からすれば、今の仕草も泣いている子供を気遣うようなものだろう。


だから、私のしたいようにさせてくれている。

彼の手を掴んだ私の手は、振り払わず未だにそのままだ。


頭上に掌の熱を感じながら、私は無意識に口を開いた。


「やっと……。っ、会えた……」


彼は驚いたように小さく目を見開く。


返された言葉は聞き取れない。

けれど、私の涙は何故かぴたりと止まった。


私と彼の間に沈黙が落ちる。

先に言葉を発したのは彼の方だった。


「落ち着いた?」

「ええと、はい。取り乱して済みません」

「気にしないで。でも、出来れば泣き顔より笑顔が見たいけどね」

「……なんですか、それ」


初対面の相手に不思議なことを言う。思わず私は笑みを零した。

こういう人を世間では天然たらしと呼ぶのだろう。


ふと視界にノイズが混ざり、目前の青年の輪郭が薄くなった。


もうすぐ目が覚めるのだろう。

幾度かの経験則から、私はそう思った。


「また、会えますか?」

「そうだね、君がそれを望むのであれば」


またねと彼が、名乗ってもいなはずの私の名前を呼んだ気がした。

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