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永遠のクオリア  作者: 三嶋 亜未
Chapter 1 彼が世界から消えた理由
3/7

3. 物足りない日常

どれほど心が“足りない”と訴えようと、あっという間に日々は過ぎていく。

自国の勇者とその仲間達が魔王を倒した日から、既に半年近くが経過した。


王都にある魔術学校の最高学年に在籍していた私は、今日でこの学校を離れることになる。


感慨も実感も、現時点ではあまりない。

私は寮の自室にある机に頬杖をついて、先程受け取ったばかりの卒業証書をぼんやり眺めた。


学校を卒業したのだから、明日には引っ越すことになる。

が、部屋にある荷物の片付けは既にほとんど終わっていた。


同室の彼女が早く整理しろと、数日前から口煩く言っていたので。


「なんだかなぁ……」


卒業って、こんなに呆気ないものだっただろうか。

以前はもっと待ち望んでいた気がする。


最近は、自分でもなんとなく感動が薄いという自覚はあった。

空が青に戻ったあの日から、まるで心にぽっかり穴が開いてしまったようだ。


美味しいものを食べても、好きな作者の新刊を読んでも。

どこか満たされない。本当にこれでいいのかという思いが、なぜか頭から消えてくれない。


私は溜息を零して卒業証書を丸めると、椅子の横にあった箱に適当に放り込んだ。

机の引出しから白紙を一枚取り出しながら、机上に置かれたままだったペンをおもむろに手に取る。


お久しぶりです、元気にしていますか?

先頭を一行分あけて、いつも通りの書き出しを綴った。


当たり障りのない近況を記し終えたところで、ペン先が止まる。

私は少し悩んで、先頭と末尾に“親愛なるあなたへ”“愛を込めて”と書き足した。


文字を書いていたペンを置き、別のペンとインクで手紙の裏に魔術式を書く。

魔術式は書いた端から紙に溶けて消えていくが、手慣れたそれを私が今更間違えることはない。


全ての文字が紙に溶け込んだことを確認して、私は机にペンを置く。

その紙で紙飛行機を折り、私は部屋の窓を開け放った。


「……鳥よ(オルニス)、届けて」


空を滑る紙飛行機を見ながら、私は先程の魔術式の発動キーとなる言葉を呟く。

紙飛行機は小さな白い小鳥に姿を変えて、大空の遥か高くへ羽搏いた。


一粒の涙が頬をつたう。

それを片手で乱雑に拭い去って、私はここ数ヶ月を振り返った。


最近の私は、どこか情緒不安定だ。

切欠も分からないまま、衝動的に涙が流れることが度々ある。


例えば、長期休暇で家に帰った時だったり。

例えば、図書室で本を探している時だったり。

例えば、街中でおつかいをする幼い兄妹を見かけた時だったり。


脈絡がなさ過ぎて、自分でも対処の仕方がない。

共通点が掴めれば一応なんとかなる気はするのだけれど。


不意に背後で部屋のドアが開く。

驚いて振り返れば、そこには呆れた顔の同室の彼女がいた。


「まだ片付けてなかったの? 待ってるんだけど」

「……、あ」

「呼びに来て、正解だったわね」


そういえば、卒業式の後に友人達と食事の約束があった。

すっかり忘れていた事は、彼女はお見通しのようだ。


慌てて机上のペンとインクを片付ける。

私の手元を覗き込みながら、彼女は小さく首を傾いだ。


「また、手紙? いつも、どこに出してるのよ」

「うーん、内緒?」


彼女の指摘に、私は曖昧な言葉しか返せなかった。

習慣のように続けてはいるけれど、届け先は実は自分でもよく分からない。


先日家に帰った時、無意識に手紙の続きを話したのだが誰にも通じることはなかった。


というか、もっと便利な通信手段は他にいくらでもあるのだ。

こんな古風な魔術は、今どき学校でも習わない。


私の片付けが終わるのを見計らって、同室者(ルームメイト)は寮の部屋を出る。

数歩遅れでその背を追って、私は廊下で彼女の隣に並んだ。


「というか、意外だったわ」

「え、なにが?」

「あんたの就職先の話」

「……ああ、うん。そうかも」


唐突な言葉に、私は少し悩んで同意する。

卒業の一年前から始める就職活動で、私は魔術院の古代魔術研究室に所属することが決まった。


魔術院というのは、王都の中央にある王国直属の魔術研究施設のことだ。

正式名称は国立魔法技術研究院という。所属する魔術師は一応国内では最高峰とされている。

数度見学に行った限り、性格的には変わり者が非常に多いようだけれど。


本当は自分でも、将来薬草学の道に進むのだと思っていた。

切欠は思い出せないけれど、昔から植物が好きで、授業でも常に最優秀の評価を貰っていた。


治療院でも民間の医薬品研究施設でも、将来の選択肢は色々あるはずだった。

だから最初に希望を伝えた時、担任の先生がとても困惑していたのを覚えている。


「また寮生活することになるとは、思わなかったかな」

「いいんじゃない? その方が気楽で」

「どうだろう。きっと……静かなんだろうな、一人部屋だから」

「それは、私が煩かったってこと!?」


頬を膨らませた彼女に、私は首を横に振る。


「違うって。寂しくなるなぁと」


入学時は賑やかな同室者のお陰でホームシックにはならなかった。

けれど、次はどうなるか分からない。


そんな私の心配を笑い飛ばして、彼女は気楽に言う。


「でも、家にも時々顔出すんでしょ? ローラ叔母さん心配するわよ。一人娘なんだから」

「……うん、そうだね」


ローラ叔母さんは、両親を亡くした私を引き取ってくれた、父方の遠縁にあたる女性だ。

夫婦で喫茶店を経営していて、その店舗兼住宅は王都の南側にある。


旦那さんのフレッド叔父さんとの間に子供は居ない。

それが理由かは分からないけれど、私はまるで娘のように可愛がって貰っていた。


「ルルカは、実家の魔道具屋だっけ」


数週間前の会話を思い返しながら、私は隣を歩く彼女に尋ねた。


彼女の両親は、確か王都で魔道具屋を営んでいたはずだ。

クラスメートに誘われて一緒に訪ねたことはあるけれど、他の店とは少し毛色が違う商品を扱っているようだった。


「そうよ。今後はご贔屓お願いしますね、魔術師様」

「ちゃっかりしてるなぁ」


調子のいい友人に、私は小さく苦笑した。

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