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永遠のクオリア  作者: 三嶋 亜未
Chapter 1 彼が世界から消えた理由
1/7

1. 最後に想うこと

「終わった、のか?」


そう言って勇者は、構えていた剣をおろした。

他の仲間達も、場に満ちた静寂に警戒を徐々に解いていく。


世界を脅かしていた魔王は、たった今塵となって消えた。


漆黒の宮殿、玉座の間に佇むのは五人。

全員満身創痍だが、味方に死者が出なかったのは幸いだった。


これで全て終わりであれば、どれほど良かっただろうか。


勇者は仲間である僕達を振り返って、その背後の状況に気付き大きく目を見張った。

剣を床に取り落としたことすら気に留めず、彼はその先にあるバルコニーへと駆けていく。


その姿を僕は視線で追いかける。

浮かんだのは、やはり、という感情だった。


魔王が染め上げた空は未だに紅く、今にも地上に落ちようとしている黒い月は依然王都の上空に。

今更魔王が消滅したところで、発動した古代の究極魔術は止まることはない。


「嘘だろ……」


勇者リツカ――本当の名は立花翔(たちばなかける)と言うらしい――は呆然と呟いた。


不思議な響きの名を持つ彼は、昨晩実は異世界から来たのだと仲間に告げた。

一様に驚きを浮かべる他の仲間達を横目に、僕はどちらかというと納得した気がする。


能力は一級品で、人とは違う発想をする。誰からも慕われ、警戒心が少しばかり足りない。理路整然と会話するのに、時々常識を知らない。

リツカが生きてきたのは平和な世界だったと言うから、そのアンバランスさも当然だったのかもしれない。


「どうして……」

「世知辛いもんだねえ」


聖女シェリアは目を見開いて、床に伸びた灰黒色の絨毯に座り込む。

長槍を担ぐ騎士ヴァルドは肩を竦め、もう一人の騎士ベルナートは勇者と同じくその光景を呆然と見上げた。


魔術を生業とする僕には、ある程度予想出来ていた結末だ。


不意に脳裏を過ぎったのは、今は王都にいる彼女の姿。

最後に直接言葉を交わしたのは、もう半年以上前のことだ。


勇者に秘密があったように、僕も人には告げていないことがある。

幾度か転生を経験している――と、言うのだろうか。

今回で人生何度目かの僕は、幼い頃から周囲に持て余されることが多かった。


他人との会話が不得手だったのは、取り繕うことが面倒だったからか。それとも繰り返す世界に興味を持てなかったからか。

前回の生で他人に手酷い目に遭わされたことも一因だったかもしれない。


部屋に引きこもる僕の前に、彼女は唐突に現れた。


両親を亡くして遠縁の僕の家へ引き取られた幼い少女は、明るい笑顔で周囲を振り回した。

彼女は今生の僕よりは三歳ほど下だったから、当時は家族の死を理解するには幼過ぎたのかもしれない。


小さな白い手で僕の上着の裾を掴んでは、絵本を読んでとせがむ。

不器用に編まれた庭の花の冠を僕の頭に乗せて、外に行こうと手を引いた。


それを迷惑だと思っていたのは、最初の数週間。

小さな天使はあっという間に成長して、気付けば誰よりも愛しい女性(ひと)になっていた。


だから、今更迷う必要はないのだ。


「守るために戦っていたのに、こんなのって……あるかよ」


悔しそうに吐き捨てたリツカの横を、僕は静かに通り過ぎる。


魔王が発動したのは、既に滅びた古代魔術の類。

現代において解析不可能なそれを止める手段は基本的にはない。


いや古代においても、この手の魔術はそう簡単には打ち消せなかったか。


最近は全く意識しなくなった前世の記憶を遡る。

こういう時に役立つのであれば、ただ無為に過ごした前の生も意味があったのだと思う。


あれ(・・)を止める方法は、実はひとつだけある。


「ユリウス?」


リツカが不思議そうに僕の名を呼んだ。


僕は髪を結わえるのに使っていた、彼女から貰った藍色の紐を外す。

杖腕にそれを巻いて、僕は大地に向かう災厄の月を見た。


『絶対、帰ってきて。ユーリ』


少女というには大人びていて、女性というには幼さが残る。

そんな、最後に見た彼女を脳裏に浮かべた。


――ごめん。約束は、守れそうにはない。


発動後に止められないのであれば、この魔術を発動しなかった(・・・・・・・)ことにするしかない。


時空間を操作する力は、今より魔術が発達していた古代においても禁術の類だ。その代償は、人の身には重すぎる。

術の発動者はおそらく、歪ませた時空間に呑まれて消滅するだろう。


それは文字通り“消滅”なので、もう僕が転生することもなくなる。

生まれた事自体がなかったことになるのだから、僕という存在は周囲の記憶にすら残らない。


けれど、それでも構わない。


災厄の月を見据えて、僕は長杖を構える。

最後に彼女を守れるのならば、意外と悪くない人生だった。


「どうか――」


きっとこの選択を後悔はしないだろう。

ただ君との幸せな思い出を、勝手に持ってゆくことだけ許してほしい。


知識としてしか知らないその魔術を発動しながら、僕は静かに目を閉じた。

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