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帝都の宿屋にて

 ヴァルメット・ファークレイは、帝国メリエの中央に位置する栄えた都である。


 中央にどでかい城が荘厳たる佇まいを見せ、そこから標高を下るようにしてレンガ色の街並みが広がっている。前の世界でファンタジーの世界を旅してみたいなーという思考を必死に抑えていた記憶があるが、まさにその世界を具現化させたような景観だった。


 街を流れる小川は陽の光を反射して輝き、そこに架かる半円状の石橋を人間の子供と猫耳を生やした亜人種が駆けてゆく。その先、街のメインストリートには商店が軒を連ね、喧騒と時々怒号を交えて賑わいを見せていた。時折龍が空を横切ってゆき、大きな影が軒上で眠るキャビッツという猫っぽい動物を飛び上がらせる。


 俺はキャビッツと一緒に龍を見上げ、見送ると、手に持っていた林檎に似た果実を一つ、軒下に立つ店主に突き付けた。


「これ、1個もらってもいいか?」


「あぁん? 何言ってんだおめぇ。俺ぁここで試食会を開いてんじゃねぇんだよ。隣を見てみろ。欲しかったらな、ああやって金よこせ金──はいどうぞ!」 


「サンキュー、おっさん」


 あぁ良い街だな、ここは。


 ◇◇◇◇


 宿屋に戻るとベッドに寝ていたユイスルが身体を起こしていた。


 ケガ一つない自分の身体を確かめるように両手を見たり、町娘のそれに変わった着衣を摘まんで伸ばしたりしている。


「あぁ、目が覚めたか」


 俺に気が付くと、とうとう現実と思えなくなったのか頬を摘まみだした。おお、すげーほっぺた伸びるやん。


「……ハトブロウ……どうして」


「俺もよく覚えてないんだが、俺たちはどこぞの大賢者に助けられたみたいだな。ほら、そこ」


 俺は適当にごまかしてどっこらしょと椅子に腰を掛け、買ったプラリネという果物をユイスルに渡すと、部屋の隅を指差す。


 そこには丸々と太った鳥がボールみたいになって寝ていた。ユイスルは目を見開く。


「ブーちゃ……ブレードッ!」


 ユイスルがベッドから飛び降りて羽毛にダイブ! 鳥は驚いたみたいで、寝起きのアホ面でキョロキョロとした。


「良かった……死んじゃったかと思った」


 ここまで歳の割にやたら大人びた少女だなぁという印象だったが、安堵の声には歳相応の子供らしさが垣間見える。


 俺が記憶を消したのは、俺がバリアを張った後からだ。つまりユイスルの記憶は、ボルグの魔法を食らって、気が付いたらここで目が覚めたという具合になっている。だから彼女はブレードが焼き鳥になったことも覚えている。


 感動の再開を果たせたようでなにより。ちなみに俺の名前はハトブロウじゃなくてハトサブロウな。なんかハトのパンチ技みたいになってるから。


 ユイスルはそのままブレードとじゃれると、やがて気が済んだようで俺に視線を向けた。


「その、大賢者様はどこ? お礼を言わないと」


「あー、何か礼はいいとか言って旅立ったぞ。安心しろ、お前のぶんも土下座して感謝しておいたから」


 ユイスルは表情を沈めて「そう」と言うと、プラリネを挟んだまま祈るように手を組んで「いつかこの恩をお返しします。汝の旅路に幸あらんことを」とか何とか誰も居ない空間に向かって話し出す。


 俺はそれをニコニコしながら見守っていると、今度は俺に祈りを向けた。ちょっとギョッとする。


「ハトブロウもありがとう。私が目覚めるまで待っててくれたんでしょう。この果物も買ってきてくれたのね」


「いや、別に感謝されるようなことはしてねぇよ。この宿とか、お前の身の回りとか、全部賢者様がやってくれたからな」


 俺の言葉を聞くや、ユイスルが何かに気が付いたように動きを止めた。俺の正しい名前を思い出してくれた……訳ではなかった。


 自分の着ている服を見る。ふとしたように襟元を摘み、中を確認する。


 ……あ、ブラジャーとか必要だった? 


 三秒前くらいは俺に感謝していたユイスルの目つきが、ガバッ、と両手で胸を隠すと同時に鋭くなった。 


「……」


「……賢者様が勝手にやっただけで俺は何も見てないです。マジで」


 嘘じゃないです。変革能力でパッとプレートメイルとすり替えただけなので。


 そのまま見つめあうこと三十秒ほど。


「……防衛騎士団のアーマーはどこ」


 ジトーっとした目つきは戻らないまま、俺の指さしたクローゼットへと向かった。


 戸を開けて、中のプレートメイルとインナーウェアを取り出す。一応綺麗にはしておいたが、ユイスルは何故か手で掃う。賢者様、ばい菌扱いされる。


 そのままクローゼット内を少し物色。防衛騎士団の靴を発見。プレートメイル以外は防御力の低そうな素材に見える。履き心地は良さそうだけど。


 おっと、次に下着を発見したようである。チラッと見えたのは水色。デザインは割と普通の女の子のものだ。クローゼットから引き出そうとして、何故か寸前でピタリと止まり。


「……着替えるから、早く出てって」


「あっ、はい」


 くっ。残念だが実況はここまでのようだ。可愛い恥じらいとかじゃなくてガチ嫌悪っぽい顔してたので大人しく部屋から出ることにしよう。


 パタン。


「……汝の旅路に幸と、ほんの些細な失敗がありますように」



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