魔力の枯渇?
「こっちに来て。あれを見て」
少女は思案顔の俺を木の脇に呼び、太い幹から覗くようにして空を見やる。
「あれが、その原因。私たちは魔女の使いって呼んでるわ。ここの魔力だけではなくて、遍くメリエから魔力を吸い取ろうとしている諸悪の根源よ。防衛騎士団と呼ばれる私たちはこれと戦っていて、戦線って言ったのはそういう意味。だからあなたは早くここから……って」
少女がなんか話していたが、それどころではない俺はもう一度湖のほとりに歩いていき、その場に膝をついた。
水を触ってみるが違和感はない。エリアCに位置するただの湖だ。
ありえないことだが、彼女が言うように、本当に魔力が尽きてしまっているとしよう。なら魔法は使えないはずだ。
と思うものの、俺の力はエリアCとか関係なく使えるので試しようがない。
仕方ない。あまり妙な行為をして不審がられてたくはないが、ここは、
「おーい、ユイスルさん──」
「あなた、いくら記憶を失っているからって不用心にもほどがある」
言おうとして振り向いたら、鬼気迫る表情がもう目の前にあった。声音こそ落ち着いて聞こえるが目がめっちゃ怖い。
「記憶を失っていると言ってもさっきの火の玉くらいは覚えているでしょう。魔女の使いは、騎士じゃない民にも容赦はしない。生きてここを脱出したかったら、私の側から離れないで」
「ふぇ? あっ、いや、でも」
「言い訳してる暇なんてない。早く、こっちへ」
あうあうしてしまった俺は言われるがままに引っ張られてゆく。
その時である。
背後から鈍い破裂音がして、俺とユイスルは空を振り仰いだ。
同時、ユイスルが叫ぶ。
「ブレードっ!?」
無理もないだろう。さっきのコッコという魔鳥が、直後丸焦げになって空から落ちてきたのだから。
不意をついて放たれた龍の攻撃から俺たちを庇ったようだ。ユイスルはそれを瞬時に理解したようで、もう一度鳥の名前を叫んで駆け寄っていく。
ブレードと名のついたコッコは相棒みたいなもんだったんだろう。こんがりふっくらジューシーに焼けた鳥に悲痛の表情を浮かべて寄り添い、「私を庇ってくれたの」とか「ごめんね」とか言葉をこぼす姿には切ないものがあった。切なすぎて思わず舌から涙が出てくる。くそっ、涙が止まんねぇ!
「待ってて、今、治してあげるから……っ!」
少女の手が光る。感じ取るように俺には分かるが、あれは魔法種別《-ll---ll95》の瀕死を救うハイレベルな治癒魔法だ。ハイパー・サンクチュアリとか呼ばれてる。
そのまま光が拡大し、回転する魔法陣が出現し、焼き鳥の身体を囲い込む──
寸前、魔法陣が閉じた。次いで、消光。唖然とした彼女の手はなおも光りを帯びるが、またしても消光する。それから何回か光り、消光するの繰り返した。
やがて気が付いたようだ。
「魔力が……」
図らずも、思惑通りに魔法を使おうとしてくれたのでさっきの疑問が解けた。
この湖の近くではマジで魔法が使えないようだ。
少女は上空のエリアC空域では魔法を使えていたから、彼女自身の問題ではない。むろん使えない理由もオーダーキーパーの俺には見えた。なるほど、そういうことか。
これは、俺の出番なんじゃないだろうかと思う。反応がここら辺にあったのもそういうことだろう。
ということは、後は〝鍵〟を探すだけだな……。
「逃げ遅れたみたいだな、ユイスル・ハーネット。……ここが、貴様の墓場だ」
と、俺の視界に龍にまたがった黒い騎士が一つ。そんな物騒なことを言いながら、高度を下げてきた。
乗っている黒い龍は、上空から螺旋を描くように集まってきた他の龍達と比べてもひときわ目立つ大きさだった。肉に飢えた唸りは地を震わせ、一つの羽ばたきが森をしならせる。乗っている騎士の武装も相まって、こいつがこの集団のボスだろうと容易に分かる。
ユイスルもそれを認めると、険しい表情に変わって睥睨を返した。
「……逃げ遅れた? 私たちは逃げた訳じゃない。戦略として撤退をしただけ」
「言葉遊びに付き合う気はない。ユイスル・ハーネット。貴様を魔力の枯渇した場へ追い込むまでにどれだけの同胞が死んだか、貴様には分かるまい。貴様が我が軍に及ぼした被害は計り知れず。クレベリン様から、今回の統治で貴様は必ず殺せと命令を受けている。──ここで死んでもらおう」
チャラララーン。ステータス・オープン!(脳内版)
あれの名前はボルグ。どうやら統治軍の幹部と呼ばれる一人のようだ。身体レベル85、魔法レベル70……いやいや、強すぎだろ。身体能力は帝都の平均的な格闘家のレベルの二、三倍もあるし、魔法もユイスルに匹敵するレベルじゃねぇか。
身体能力が二倍高ければ低い方をワンパンで殺せるし、魔法能力が二倍高ければ低い方の魔法は容易に打ち消される。大体こういうところに出てくる幹部って大したことないんじゃないの……。