村人Aとして騎士の少女救われる
ひとまず、飛んでくる火の玉は消しても大丈夫そうなので消す。あちち。
だが、二十もの龍が首をたわめ、砲身のごとき口部を俺に向けているのはどうしたらいいのだろう。これは火を消したところでって話だ。
うーん。まぁ、瞬間移動して逃げればいいんだけども。
でも、ここに“反応”があるんだよなぁ……。
「──やっ!!」
直後、俺の身体が宙を踊った。
なんとなれば、俺のたくましくかっこいい片腕が華奢な両手に掴まれ、そのまま引っ張り上げられたのだ。
顔を上げると、飛翔する何かに乗った──少女の、重い物を持ったようなけわしい表情が見える。数瞬後、轟音をともなった熱球がいくつも俺の傍らを焦がしていった。湖に水柱が上がり、激しい水しぶきが俺の頬を叩く。
どうやら助けられたようだ。
「村人を保護。すぐに撤退します」
少女の、けれど落ち着いた声が、俺ではない誰かに向けて放たれる。
これを合図とするみたいに、数秒前まで森閑としていた森が一瞬にして表情を変えた。
空間を圧するほどの龍の雄たけびが汚い重奏を響かせると、遠方からいくつもの火の玉が襲った。少女を乗せた何かは水面間際をアクロバティックに飛行して、神殿の柱みたいにいくつも打ちあがる水柱を縫うようにして飛び抜ける。ここで気が付くが、少女を乗せているのはコッコという種の魔鳥だ。水色の羽毛、赤色の冠羽、小さな羽が特徴の尾なし鳥で、最大で前の世界の自動車くらいに成長するひよこと言えば想像しやすい。これもかなり大型なほうだ。
その図体に似合わず、手羽先の唐揚げみたいな羽をバタバタと激しく動かして流星群のごとく襲う炎を全て交わしてのける。
そのまま勢いよく空高くに舞い上がると、背にまたがった少女が片手を天にかざした。
光子が宙から浮かび上がり、ゆらぐように集まり、まるで背景の月の光を宿すように夜を仄光らせる。そして、
「ジェネシス!」
次の瞬間、少女の声に呼応するみたいに周囲が眩く照らされ、そして遠方に無数の光の矢が降り注いだ。
閃光が弾幕みたいに広域一帯を輝かせた。深緑の夜の森が黄に染め上げられる。
あ、そうそう、この世界には魔法というものが存在する。
魔法は、簡単に言えば世界変革能力の機能制限版だ。つまり、均衡を保つための非自然的な自治の力である。前の世界では厳しく制限されていてそもそも魔法を使うことすら叶わなかったが、この世界では生物によるある程度の自治が許されていて、使用することが出来る。
まぁ、もちろんそんな裏事情は俺以外の誰も知らないのだが。人々にとって魔法は、せいぜい不思議で神秘的な力という認識だろう。
感じ取るように俺には分かるが、この少女の魔法はかなり強力だ。魔法は誰にでも簡単に使えないよう、使用には才能と修練が必要になっているのだが、それが研ぎ澄まされている。今の一撃で龍の集団は壊滅的な被害を受けたはずだ。
なので俺は思わず、ひゅぅ~う、と口笛を吹いた。
その時、初めて少女がこちらを横目で見た。
柔らかい曲線を描く小顔はやや幼いが、子供らしくない冷ややかさを帯びて精緻に整っている。
何よりその目だ。自身の行く末を悟ったような光の薄い瞳は、見たものに何か得も言えぬ不安を覚えさせる。
そんな、可愛く言えばジトっとした目は、何故か次いでまん丸く……というか、くわっと見開いた。
視線は俺の下半身に釘刺し。うっすらと少女の顔が紅潮していき。
……あ、そういえば俺は全裸だった。こりゃ失敬失敬……。
「あふんっ!?」
無慈悲にも振り落とされた。酷い。
助けられた少女に見捨てられてドボーンと湖に落下し、そのまま湖底に沈んでゆく可哀想な俺。
仰向けになってしばらく湖底に寝そべっていると、ゆらぐ水面上を龍の影が横切っていくのが見えた。まだ生きている個体も居たか。まぁ、あの少女なら何とかするだろう。
とりあえず服を着るか。俺は適当にこの国の下流家庭で主流な小汚い洋服を出現させると、身にまとう。
地味だが、まぁいい。俺は目立つわけにはいかないからな。
その後湖岸に泳ぎ着き、ちゃちゃっと全身の水気を飛ばすと、節くれだった木の根に腰を下ろした。軽く息を吐く。
怒涛の展開だった。あれらは一体……と茫然としたいところだが、面白くないことに俺は全て知っている。
あのアイボリー・ナチュラルヘアの少女は、帝都ヴァルメットファークレイの防衛騎士団の先鋭部隊。その小隊の一人だ。