世界変革能力で暴れると時間が巻き戻るんです
俺が最初に立ったのは人気のない夜の森だった。
視野が人間と同じだったので身体を見下ろす。どうやら人型のようだ。
少し行くと湖があることを何故か知っていたので行き、水面に映る自分の姿を確認する。
人間の青年だった。若返っており、前の容姿とも違っているが、黒髪でイケメンなのは同じだ。
ちょっとボディビルダーのポーズを取ってみて、やがて落ち着いてから、月光を反射する湖のほとりに腰を下ろすとふと冷静になる。
なんか……とんでもないことになってね?
いや、確かに創造神の存在を証明したかったのだけど、それは人並みの好奇心から来る人並みのものであって、例えば天才科学者が一つの学問を幼い時から極めるのと同じ類であって、目指す先は単純に人々に世界の事実を明かすことだった。
それがこんなふうに訳の分からない世界に飛ばされて……つかどこだよここ。座標(-33---332-1lllalla,211----2-lllallllll,333-22-3lllll,-22-llllaaalalalll)のメリエという国の帝都ヴァルメットファークレイの北の外れの森。この湖はマーマ湖と帝都に名付けられており近くの村の人々からは若返りの湖と呼ばれている。俺が元居た世界の単位で湖面積4.41km^2、貯水量0.0215km^3、最大水深6.6m。めっちゃ知ってるじゃねぇか。
まぁ、当然か。
何しろ俺は今、この世界のオーダーキーパーなのだ。
俺が湖のほとりに手をかざすと、輝く幾何学めいた模様が出現し、薄暗い周囲を照らした。
模様はこの国の地図を示していた。地図上に俺の居る場所が目印みたいになって、ひときわ輝いている。
経験の記憶と知識と力だけドバッとくれて、何も言わずに俺を飛ばした創造神の代わりに説明してやると、オーダーキーパーとはようは世界の審判だ。
自然的な世界の流れから明らかに逸脱した、特に世界の流れを止めるような現象が起こった際に、出来る限り自然的に問題を解決する、よく言えば守護神、悪く言えば雑用係、普通に言って審判。
そんな身分に俺はなっていた。
奇妙なのが、これはついさっきの出来事だというのに、長い間俺はオーダーキーパーだったような感覚を覚えていることだ。
だから割とすんなりと現状を受け入れられた。むしろ不自然な使命感すら感じているくらいだ。きっと創造神の仕業だろう。仕事が雑過ぎない?
……あ、出来る限り自然的に、という文言に引っかかった? オーケーオーケー。
説明しよう。その訳は、俺の持つ世界変革能力という力にある。
世界変革能力とは何でもありの能力である。マジで何でも出来る。え? じゃあこれも? なんて頭に浮かべたものは全て出来ると思ってくれていい。
だが、この力を用いて世界に大きく干渉することは許されない。不自然な力は世界に大きなひずみを生んでしまうのだ。ひずみが大きくなると世界がヤバい。世界がヤバいと、具体的にどうヤバいのかというと。
……ちょうどいい(?)ところに。例えば、現在進行形で俺に向かって飛んできているあのでっかい火の玉。あれを不自然に消滅させ、ついでにその奥遠方に飛翔するいかにも邪悪そうな龍を手すら触れず木っ端みじんにしてみたらどうなるだろう。
やってみよう。
ほよぉおおおおお!! ふんぬっ!!! 別に力を入れる必要はない。
ぬっ! のタイミングと同時、火の玉と龍が弾けた。赤い花火と深紅の花火が夜空に散って、ちり芥となった残骸が枯れ落ちる。
そして、次の瞬間には、俺視界が黒く……あれ、何も起こらない。この程度なら大丈夫なのか。一応、正当防衛だったからかな。
仕切りなおし。度の超えた力の方が良さそうだ。では、邪悪そうな龍がさらに二十匹くらい付近を飛んで居たので、これらを全部〝世界樹〟に変えてみる。
あちょぉおおおおお!! はいやっ!!! 別に力を入れる必要はないが、掛け声って重要だと思う。技に名前とか付けてぇな……。
とかどうでもいいことを考えている間に、二十もの巨龍が不自然に林立するとんでもない大きさの大樹に変わった。おのおのの龍の上には人が乗っていたみたいなのでついでにそいつらは子豚に変えておく。
天まで届きそうな樹が突然二十も出現したおかげで、森中が慌てふためくのが風に乗って聞こえてくる。
これが世界変革能力だ。突然ここを砂漠にすることも、溶岩の海にすることも出来る。隕石だって降らせるし、むしろ俺が隕石になれる。全世界の生物をこの瞬間に消すことだって朝飯前だ。
……と、俺のことを無慈悲な殺戮兵器だと思うのはまだ待って欲しい。これはほんのデモンストレーションである。もう少し、あっ……ほら来た。数秒経って、俺の身体が光り出すと……。
直後、世界が闇に飲まれた。俺の視界がおかしいのではない。実際に世界が黒色に塗りつぶされたのだ。
そして、はい。元通り。
元通り──すなわち、火の玉が俺目掛けて突っ込んできたその場面が、再び俺の目の前に現れた。
熱平衡に然り、低エネルギー準位における電子に然り、万物は安定した状態を好む。元の世界でリョウシリキガクを学んでいた者ならよく知っているだろう。知らない人のために教えておくと、漁師が魚を引っ張る力を研究する学問のことだ。
魚は、漁師に引っ張りあげられようとするとき、安定した暮らしを守ろうとして全力で抵抗する。それと同じようなことが実は世界自身においても起こるのだ。強大で不合理な力が世界のひずみを大きくすると、世界は安定を守ろうとして抵抗する。
つまり、努めて力の影響をなかったことにしようとする。
とはいえ、起きてしまったことをただやみくもになかったことにするのは、ひずみを大きくするに違わないから、力が行使される前に時間を戻そうとする。
これが元通りの仕組みだ。これは俺より上位の存在が作った仕組みなので、俺は抗えない。
だから出来る限り自然的に、だ。要するに、何かが起こったからと言って、俺が正義のヒーローになって直接手を下すことは出来ないってこと。変革能力で全て解決出来るなら簡単だったんだけどね。非自然的な世界は非自然性を嫌うから仕方ない。
となると。
オーダーキーパーと言う奴はなかなかに大変そうな仕事だなと、俺は空を見上げて小首をひねった。