扉の向こう
前後編にしようかと思いましたが、区切りが出来ず6000字を越える短編となっております。
楽しく読んでいただけると嬉しいです。
子供の頃から現れる不思議な扉。
自分の部屋に見慣れない扉を見つけたら?
好奇心が旺盛な子供の頃は何度も開けた、そして何度も怒られた。
扉を開けるとそこは海底だった。
当然、海水が流れ出た、自分の部屋に。あわてて扉を閉めたけど、流れ込んだ海水は戻らない。
親が物音で駆け込んで来た時には扉は消えている。
部屋で水遊びしちゃダメ、と烈火のごとく怒られた。
空気のない宇宙空間に繋がった時は、買ったばかりの絵の具セットが吸い込まれた。
当然、私が失くした、と怒られた。
どこかの森に繋がった時は、何かわけのわからない物が駆け抜けた、何処に行ったかはわからない。
部屋に泥だらけの足跡を残してどこかに行った。この世界のどこに行ったかはわからないが、泥遊びと怒られた。
もう2度と開けるもんか、と硬く心に誓ったのに、また扉が現れる。
しかも、向こうから開けてくる!!
やめてーーーー!!
大学生になって始めた独り暮らしの部屋にまで扉が現れるなんて!
扉の中から現れのは、ペールブルーに輝く鱗で体が被われた二足歩行の生物。
目があっちゃった。
「あなたは?」
「言葉しゃべったーーーー!!」
予想外の会話に体が固まる、だってこの人、目が爬虫類なんだよ!!
手は4本。
口は、裂けていて、蛇みたいな舌が覗いてる。
宇宙人!?異世界人!?
何かわからないけど、違う人類だ!!
「変な顔たな。」
「なんですって!!」
怪人に言われたくないわ!
手が届いたクッションを投げつける。
軽々と受け止めて、
「女性に失礼した。」
きーーー、腹立つ!
「まったくよ!あなたの世界ではどうなってるの!?」
「やはりここは異世界か?」
「見てわからないの!!?」
「何分初めてなので、戸惑っている。」
充分落ち着いてるように見えます、興奮してるこっちが情けなくなってくる。
「ここは私の部屋です。」
「急に扉が現れたので、開けてみたんだ。この扉はなんだ?」
「私もわかりません、時々現れるのよね。しかも今まで同じトコに繋がったことありません。」
「同じ所に繋がらないとなると、俺は戻れないのか?」
言うが早いか、後ろにある扉を開けて覗いてた。
「大丈夫だ、俺の世界だ。」
「どうなってるか聞かないで、私にもわからないんだから。」
「あれ、そうすると私もあなたの世界に行けるの?」
「あっちは俺の部屋に繋がっている。」
急に慌てたように怪人が言う。
「あなただって私の部屋に来たじゃん。」
知らないって恐ろしい、この怪人が慌てた訳を後で知っても遅かった。
怪人が後ろ手に扉を隠したのに、無理やり扉の隙間から体を入れた。
止めに来る怪人ごと扉の中に転がり込んだ。
パタン、扉が閉まったと思うとスーと消えた。
後悔先立たず、この言葉が頭によぎった。
「俺はアズフェリオ。」
怪人が手を差し出してきた、扉が消えた今、この人に頼るしかない。
「私は藍那。」
彼の手を握る。
「これで契約成立だな。」
何、意味わかんないだけど?
「俺達の世界で女性は貴重だ、大事にするよ奥さん。」
「はぁぁぁ!!?」
「男の部屋で名前を名乗れば、了解ってことだ。」
何の?って怖くって聞けない、握手を離してくれないし、悪い予感が当たる気がする。
「異世界人の情報がないしな、上手くできるかな。」
だから、何の?聞きたいけど聞けない。
「その予感は当たってるよ。」
クスッと怪人アズフェリオが笑う。
ぞーーーー!
手は握られてるけど、足があるわ。
がーーん!
思い切り蹴ってやった。
「女性だろ、違うのか?」
アズフェリオが蹴られた足を抑えながら言う。
「どこから見ても女性でしょ!正当防衛よ。」
「スゲー面白いな、異世界人って想像もつかないことするな。部屋に入ったら、女は男のものになる了解だろ。」
「あんたの世界ではそうでも、私の世界は違うわ。勝手に決めないで。男女平等です。」
「アイナは夫が何人いるんだ?」
「はぁ?一人もいないわよ。ついでに言うと一夫一婦制です。」
「なんだって、俺が初めての夫になるのか!しかも一人だけ!?」
お互い顔を見合わせる、異世界だ。
お互いの情報を交換した方がいい。
「情報をまとめて、魔法で交換しよう。」
「まずそこからね、私の世界には魔法がありません。」
アズフェリオが目を見開いている。爬虫類の目が丸くなるって面白い。
「つまり、その気になればアイナは私だけのものだってことか。魔法を飲ませればいいんだ。」
ごめん、意味わかんない。
「ああ、つまりな。言葉より手っ取り早く教えるよ、手を出して。」
アズフェリオは私の手を取ると魔法を流してきたと思う、変な気分がしたから。
こっちの世界の情報が入ってきた、男女比20:1、えええ!
女性は10人夫が持てるが、それでも男性が余る。
だから、性には寛容、女性は夫ができるまで、たくさんの男性の部屋に行って遊ぶ。
男性は女性を共有し、大事に扱うので女性は大人しい。
アズフェリオは21歳、2歳上じゃん、魔法騎士で准将をしてる、偉いの?
突然、抱きしめられた。対応が追い付かない。
「アイナ、まだ経験がないんだ、俺が初めてとは嬉しいよ。まかせて俺は上手いから。」
もう他はしる必要ないよ、ってささやかれた、やめてーーー!私の情報を読まれたんだ。
「俺の魔法をさっき流し込んだだろう、こっちの女性は魔法があるから跳ね返せるんだ。」
何を?
「俺だけのものだと防御を付けた、他の男と性的接触はできない。」
どこからが性的接触ですか?私の世界では関係ないよね、結婚できなくなるじゃん。
すでに見慣れた爬虫類顔が覗き込んでくる、なんてことするんだ!
さっき情報交換でこっちの世界の事わかったけど、この男のただれた性生活もわかった。
逃げようにも扉は消えている、顔がひきつるのがわかる。
「アイナの世界は面白いね、科学とか電気とかこちらとも似ているね。だが若干違う、上手く融合させたら面白そうだ。
その前に愛を確かめ合おうね。」
「やだ!」
蛇のような舌がチロチロしてる、私を抱きしめた手とは別の2本の手が服の下に潜り込んでくる。
「やだ!!!」
アズフェリオの爬虫類の目が細められた、こわい。
「大丈夫だよ、情報では愛の行為は同じようだ。アイナ、俺のものだ、俺だけのもの。」
こわい、こわい、こわい、涙があふれる。
蛇の舌が舐めてきた、ザラザラしている。
「気持ちよくしてあげる。」
無駄な抵抗でした、相手は魔法騎士、思う存分食べられました。
もう声もでないし、指一本動かせない。
「アイナに夢中だよ、結婚式はアイナの世界のウェディングドレスを着たらいいよ。取り寄せるから。」
え?扉は消えたよね。
「扉を魔法で記憶してあるから、だから消すことができたんだよ。」
なんですって、自然に消えたんじゃなかったの。
だからもう一回ね、って何がだからなのーーー、無理、無理。
「早くみんなにお披露目しないとね、俺だけのだって。」
この4本の手が働き者すぎる、狂ってしまう。
知識を交換した結果、衣食住問題ないとわかると、やることはいっぱい。貨幣価値もわかった、しかも収入までわかった、プライバシーなんてあったもんじゃない。アズフェリオも同じように、アイナの情報を知っている。
お互い様だ、気にしても仕方ない。
ともかくこの殺風景な部屋の改装から始めよう。
料理は好きな方だから調理器具も揃えたい、この男そういうのに興味なさすぎ。
初めて市場に行った時は大騒ぎだった、周りが!
アイナは前もって情報もあったし、覚悟もしていたが、周りは初めて見る人種、しかも異世界人の女の子ということで大騒動でした。
こちらの人種に比べ、表情のわかりやすい人類。
見慣れてくると、体が小さい、笑顔がわかる、可愛いということになる。
アズフェリオが魔法壁張ったのもわかる、とんでもなくもてる。
アズフェリオは有名人らしく、彼の姿を見るとちょっかいを出そうとはしないが、一人だと恐ろしい事になるとこだった。
すぐに部屋に誘われる、見ていると女の子達は軽く受けている。
ついていけない、アズフェリオに魔法をかけられなくとも私には無理。
好きな人だけとと夢見るけど、今は爬虫類男のアズフェリオしかいない。
アイナの料理が気に入ったらしいアズフェリオは手伝うようになり、会話も増えた。
部屋もカーテンを整え、食器を揃え、絵を飾り、殺風景な部屋はどこかにいっていた。
毎日、アズフェリオが仕事に出かけ、アイナが彼が帰って来るまで家事をしているという新婚家庭ができあがっていた。
アズフェリオの職場や友人にも紹介され、異世界人ということでずいぶん驚かれたが、もうすぐ結婚式という頃。
誰かが訪ねてきた音がする。
「アズ?」
玄関に行ったアズフェリオを追いかけて行くと、そこには見知らぬ女の子の爬虫類。
ピーンときました、過去の女だ。
「扉をだして!!」
「アイナ違うんだ、勝手に来たんだ。」
「異世界人の恋人がいるってホントだったのね。」
女がアズフェリオにしなだれかかって言う。
手に届くとこにあった花瓶をアズフェリオに投げ付けた。
ガッチャーン!!
アズフェリオと女にぶつかって割れた。
「キャーーー!!!」
「リリリン大丈夫か?」
アズフェリオが女を庇うのを見たらもうダメだった。
「もう2度と顔見たくない。」
魔法なんてわからないけど、あの扉は子供の頃からしっている。
手を伸ばせば、扉が現れ出た。
まさか扉が現れると思ってなかったアズフェリオは慌てふためいた。
アイナが逃げることはできない、自分だけのものと安心してしまい、昔の女に手を出してしまったのだ。
「アイナ!!!!!!」
振り返りもせず扉を開けるアイナ、捨てられてしまう、その思いしかアズフェリオにはない。
「待って!違うんだ!違うんだ!」
すがりついていた女を振りほどき、アイナを追うがアイナがくぐった扉は消えて行く。
魔法で扉を出そうとするが出てこない。
アイナが吸い込まれて扉のなくなった壁に手を這わせ、魔法をねじ込むが扉は現れない。
「アズフェリオ。」
状況のわからない女がアズフェリオの手をとろうとするのを、魔法で投げ飛ばした。
「お前のせいで!殺すぞ!出て行け!!」
この世界で女性は貴重だ、そんな言葉言われたことない、転げるように逃げ去った。
アズフェリオの後悔は深い、ちょっと遊ぶつもりだった。結婚の前に出来心だったんだ。
アイナはこの世界で自分しか頼れないし、逃げれないと思っていた。油断してたんだ。
アズフェリオはこの女性が貴重な世界でも引く手あまたの優良物件である。
この若さで准将になるほどの魔力と戦闘力を持ち英雄と呼ばれる歴戦者だ。魔力は最高位であり、比類なき魔術者である。経済力も高く次の将軍が確定している、女にとっては逃したくない男だ。自分の結婚相手10人のうちの1人にしたい。
つい誘いに乗ってしまった、アイナがいるのに。
扉の向こうで藍那は泣いた、ちゃんと好きになっていた。もう会わない異世界人。
あちらで過ごした1カ月はこちらの1週間だった。
泣くだけ泣いたら全てに諦めがついた。
何食わぬ顔で大学生活に戻り、半年経つ頃には初めての彼氏もできた。
異世界人を除いてであるが。
今日は初めて彼氏が部屋に遊びに来る、掃除も念入りにしたし、お料理の準備もバッチリ!
彼氏とゲームしながらキスしていると突然扉が現れてアズフェリオが飛び込んできた。
アズフェリオはアイナが他の男とキスしているのを見てしまった。
「うわぁぁぁ!!」
彼氏はアズフェリオの容貌を見ると引き攣ったような叫び声をあげ、後ろに逃げた、アイナを前に突き出して。
私を盾に逃げようとしてるのね、冷静に状況を把握する藍那。
冷静じゃないのはアズフェリオ、気も狂わんばかりだ。
手にはすでに魔術が膨張している。
「やめて!部屋がこわれる!」
藍那がアズフェリオに対峙する間に彼氏は叫びながら逃げて行った。
「アイナ!!アイナ!!!」
アズフェリオが藍那に縋りついてきた、うっとうしい。
「あら、リリリンさんでしたっけ?お元気?」
「誰だそれは。」
「アズが庇った女。」
あの時の女かと一瞬思い出したが、それどころではない、やっと扉を見つけたのだ。
「俺にはアイナだけだ。」
「嘘ばっかり!!」
「本当だ!アイナしかいらない。悪かった、許してくれ、あの女は何でもないんだ!何でもするから。」
「もう新しい彼氏がいるから無理。」
「そんなの殺してやる。」
目の前でキスを見せられて、目は血走っている、狂人にしか見えない。
アズフェリオの風貌が変わっている、頬はこけてるし、傷もできている、手が3本しかない。
「手が?」どうしたの?と聞くつもりだった。
「この扉を作るのに使った。」
怖ろしい答えだった、どうやって?とか続く言葉がだせない。
「アイナ以外いらないんだ、アイナのいない世界なんていらない。」
待ってーー!私がいなくなったアッチの世界は??
「アイナがいなくなって、戻ってこないとわかった時、世界を無くそうと思ったんだ。
でも、どうしてももう一度会いたかったんだ。」
アズフェリオが藍那を抱きしめてくる、恐くって身動きできません。
「将軍とか王が止めに来るから。」
世界はあるのね、とホッとしたら。
「殺してやった。」
瞬きもせずアズフェリオを見上げる。
「アイナ、また見てくれてうれしいよ。あいつら、アイナの事は忘れろとか言うんだ。」
あの女も殺したよ、と事もなげに言う。
「お願いだアイナ、俺を許してくれ。アイナのウェディングドレスはずっと3年間飾ったままだ。」
そっか、あっちでは3年経っているのね。
「アイナがどこに逃げても追いかけていくから、もうね魔力がすごくって何でもできそうなんだ。
潰した腕の魔力をつかって、異空間をこじ開けた。扉を探すためにね。扉以外にもいろんな物見つけたよ。」
潰した!!?
怖ろしい言葉をサラッと言う、異空間って、扉以外って・・・
それは何?って聞かない方がいいに決まっている。
「ねぇ、男とキスしていたね、許さないよ。」
さっきまでアズが許して、って言う立場だったのに、いつの間に、という思いは口に出せない。
アズフェリオの目が恐い。
「アズ。」
「何だい、アイナ。」
この世界を壊しにきたの?って聞けない・・・・
アズは新しい彼女作らなかったの?って聞いたら人生最後になる気がする。
「3年間アズは何してたの?」
「世界を作り直してたよ。」
無尽蔵の力を手に入れたのさ、アイナを探してたとアズフェリオが言う。
聞いちゃいけないヤツだったーーーー!
「アズ、唇、消毒して。」
アズの表情がゆるんだ、正解だ!これ!!
アズフェリオのキスが落ちてくる、何度も何度も。
避けた口がニヤリと笑う、怖い、怖い、怖い。
ウェディングドレスを着てくれるよね、と拒否のできない問いがかけられる。
アズは会わない間に青い瞳が金色になって、まるで別人のようだった。
姿じゃない、雰囲気が、漂う気配が異質だ、とても禍々しい。
「アイナがいなくなって、戻ってきてくれるのを待った。ずっと待った。そして諦めたよ、世界を。」
じゃなんで浮気なんてしたのよ、そんなに私が大事だったんでしょ。
私が消えて、この人にどれだけのことが起こったんだろう。
涙がポロポロ流れてアズフェリオに伝わり落ちる。
アズフェリオが私を抱き上げ扉を開けた。
振り返って、もう戻ってこないだろう部屋に別れを告げる。
「さよなら。」
「アイナだけを愛してる。」
アズフェリオは向こうの世界に体を入れると扉を閉めた。
ほんとはね、私も会いたかったの。
藍那に長らく連絡のつかない両親が訪ねて来て見たものは、乱れたままの部屋と充電の切れたスマホ、マンションロビーの防犯カメラに逃げ去る若い男の映像だった。




