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【人】と【龍】と【魔】

「つまり【霊式術】っていうのは魔法ってことですか?」

「その通り。意味合いとしては間違ってねえよ」

 三十分ほど。皐月が「学院」で得た知識を自分なりに分かりやすく優斗に伝えたが、少年の反応は決して芳しいモノではなかった。次第に言葉が尽きていき、どうしようかと思っていると隣から響也が割り込んでくる。「つまり自分の思ったことを実現する力だ」という言葉に、一つの公式を理解したような少年の顔色に皐月はやや理不尽な思いを感じたが。

「もっとも何でも出来るってほど万能じゃないけどな」

「魔法なのにですか?」

「魔法なのに、だよ」

 そこまで言って響也は視線を皐月に送る。「お膳立てをしてやったから、あとは頼むぜ」という普段滅多に見せない大人っぽい顔であった。

「あ、うん、そうなの優斗君」

 慌てて皐月が割って入る。

「地にありしは【龍脈】、器に流れしは道、それを知りしものは【龍】の人」

『学院』において【霊式術】を学ぶ子供たちが、何よりも最初に教わる言葉。

 それを口にした自分を、しかし優斗はポカンとした顔でこちらを見てくる。

 軽く咳ばらい。

「【霊式術】の力学っていうのは最初に地に流れる【龍脈】を意識することから始めるの。【龍脈】は不変で、常にあるものだから問題は私達の方。常であれば大地に流れるだけの【龍脈】を自分達の【霊核】に繋げて、力に変える。力っていうのは単純な筋力の増加、五感の鋭敏化とかね。この繋げ方を覚えて、ある程度使いこなすことができれば、普通のスポーツじゃ負けなしよ。だからこそ、この力を使うものには大きな責任がある事を意識せねばならない」

 私は教科書に書いてあることを繰り返すオウムだ。

 そんな事を皐月は想う。

「本当にそんな力があるなら何で誰も知らないんですか?」

「誰もが出来る事じゃないから、っていうのが一番近いと思う。今話した【龍脈】の認識は、【霊式術】の第一歩。その次に【龍脈】を自身の体……正確に言えば【霊核】っていう不可視の器官に繋げること。そうすることで私達は【龍人】になり、人を超えた力を使えるんだけど、そこには己の『霊核がある』ことを認識できる資質が必要不可欠で、その資質を持つ者は稀よ。【霊核】の認識には『自分には霊核がある』『あるのが当然』っていう思考が絶対条件だから。優斗君だって普段歩いている時に、足があるって意識はしないし、歩き方だって認識していないでしょ?それといっしょなの。だけど、人間って成長するに連れて常識とか知識、経験を得ていくことで、自分の限界点を決めてしまう。だから本来、【霊式術】は物心付く前の頃から教え込んでいくモノなんだけど……」

 そこまで言って皐月は言葉を切る。

 自分で話せば話すほどに、自分の状況に疑問を持ってしまう。

 己の望まぬ闘争に巻き込まれ、本来は護られるべき立場にいる目の前の少年。

 そんな少年に……例え本人が望んだのだとしても……自衛という名目で戦う術を教えている自分。

(あの馬鹿……何考えているのよ)

 事の発端。事態をややこしくした人物である慶太に頭の中で愚痴をこぼす。その慶太はと言えば今はサレナと共に外出中だった。「狩り」に行ったのである。恐らく戻るのは日が変わる頃になるだろう。その間の優斗の護衛と指導が自分と門崎に与えられた仕事である。

「僕は、出来るようになりますか?」

「え?」

 優斗は決して皐月の方を見ずに、それでもハッキリした声で口を開く。

「僕は、その【霊式術】を使えるようになりますか?」

 危うい。そんな感想を抱かせる目の色をしていた。

「……不可能ではないと思う。私は『学院』……赤ん坊の頃から【霊式術】を学ばせる施設で育ったけど、そこにいる門崎さんも慶太も【霊式術】のことを知ったのは今の君の年よりも後だったんだから」

「そうなんですか」

 問いかけは皐月でなく響也に投げられたモノだ。響也は軽い調子で「おうよ」と答えた。

「もっともその時は【霊式術】なんて名称も知らなかったけどな。案外いるらしいぜ。そうとはしらずに【霊式術】を使っている奴って。もっともそれだって、大体は普通の人間の枠内で収まるはずなんだよ。努力の結果、あるいは才能の開花って言葉で収められる程度にな」

「それで収まらないのが……」

「そうだ。本当の意味での【霊式術】だよ」

「それで僕はどうすればいいんですか?」

「言っただろう?まずは認識だ、【霊核】をな」

 言って響也は優斗の胸の辺り、ヘソの上の辺りを指差す。

「ここに『ある』と認識する……だっけ?」

 隣の皐月に響也は問いかける。

「うん、大事なのはイメージ。この辺り、お腹の中心。そこに……そうだね、光の塊とでも言えばいいのかな。誰もが、ただ生きるだけでも少しずつ消費していて、だけど一人の人生じゃ使い切れないほどの膨大な力の結晶。それがあるイメージ」

 自分の腹部に手をやり、皐月の説明は続く。

「【霊式術】……特に身体能力を強化する場合だけど、その時は大地の【龍脈】を腹部に繋げて、そこから光を行き渡らせる感じ。血のように、全身に」

 

 イメージ。感じ。みたいに。ように。皐月の説明はどこまでも抽象的であった。少なくとも学校の教師のように知識を教える、という雰囲気ではない。

 歌を教えるようだ、と優斗は思った。

 いつだったか、母親の話を思い出す。まだ小学校を上がる前、優斗は母の子守唄を必死に真似たそうだ。だけどそれは優斗自身にとって不満だったらしく、何度も歌い方を教えるように母にねだったそうだが、音楽教師でもない母はとても困ったらしく、とにかく優斗は自分が満足いくようになるまで歌っていたらしい。

 つまりは、まずはやってみなければ始まらない、ということなのだろう。

 皐月に真似て、自分の腹部に手をやる。勿論【霊核】なんてものを感じ取ることも、イメージすることも出来ない。

「優斗君、目を閉じて。そのまま深呼吸をして。大きく二回、そうしたら今度は息を止めて。一瞬で良いから。そうしたら今度はまた二回、深呼吸をして」

 指示に従う。

「ねえ優斗君」

 暗闇の中、皐月の声が聞こえる。

 耳元で囁かれる声。自然、目蓋を閉じる力が強まる。

「…………ゴメンね」

 意味を問いかける前に。

 背中、丁度優斗が手を当てている箇所の真反対。

 激痛が走る。

 熱を持った鉄の棒をねじ込まれた、優斗はそう思ったし、思った直後には痛みでその思考も吹き飛んだ。

「うああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 叫んだ。自分の生涯で、ここまで叫んだ記憶はなかった。

 必死に藻掻こうとして、しかし皐月に羽交い締めにされる。

「か、門崎さん!加減はしてあげてって!」

「したって。まあこんなもんだろうよ」

 焦燥する皐月の声と、冷静な響也の声。

「優斗君、少しだけ、我慢して!」

 我慢。こんな痛み、どう我慢すればいいのか。耐え難い苦痛。痛い、痛い、痛い。全身から血が吹き出ているんじゃないのか。それどころか致命的な傷を負って「中身」が飛び出そうとしているんだ。痛い。死ぬ。あと何秒続く。だけど。時間の進みが遅くなる。一秒が長い。その長い一秒の間も痛みが。痛い。苦しい。辛い。いっそ意識を失いたい。死にたい。なのに。まだ。一秒が、経たない。痛い。あと何秒。痛い。暗い。何も見えない。

「…………ゴメン、優斗君!」

 救いは目の前の女性によって与えられる。

 ハンマーを思わせる頭突き。

 優斗は意識を失った。


 誰かと共に行動する、それは慶太にとって三年ぶりのことだった。

 もっとも懐かしさ感じたわけでも、楽しいと感じたわけでもない。ただ「久しぶりだな」と感じただけだ。

 そして三年ぶりの同伴者が、このサレナという少女であったことは慶太にとっては幸いであった。

 必要以上に口を開かず、尚且つ狩人として優秀であったからだ。

「疲れたか?」

 住居であるマンションまであと五分程であった。そう尋ねたのは無表情ではあっても、その顔にかなりの疲労の色が見えている事を察したからである。明日那の言葉通り、その才覚は「学院」首席の名に恥じないモノだ。多分、正面から戦えば皐月や響也でさえ倒しかねないほどの力がある。それ故に、慶太は全力で「狩人」としての任を果たした。別に「戦士団」に復帰して張り切っているわけでは断じてない。後々の事を考え、このサレナという少女の上限値を見極めたかったからである。

「大丈夫」

 サレナの返答は短い。慶太もそれ以上は追求しようとは思わなかった。

 そのまま口を聞くこともなく、自室前まで辿り着く。

 そう言えば。

 誰かがいる場所に戻るなんていつ以来だろう。

 そんなことをドアに手をかける前に思った。


 意識が戻った優斗がまず思ったことは、あの激痛が体に残っていない事への安堵感であった。

 だがそれで終わりではないようだった。

 怠い。

 全身が非常に怠い。

 単なる風邪の症状とも違う。全身の水分の比重が何倍にもなり、体が非常に重くなっている。体が熱い。

 目を開くのさえ億劫で、だけど深い眠りに入るにはこの怠さが邪魔をする。

 部屋の扉が開く音がする。皐月だろうか。意識が戻ってから何度も濡れたタオルを取り替えてくれている。

 だが続いて、それまでに聞いていない雑音にはさすがに気になった。ゆっくりと目を開くとそこには慶太がいた。

「渚……さん?」

「よう」

 相変わらずの素っ気ない言葉。

「響也が『起こした』んだろ。気分はどうだ?」

「……苦しいです」

 本音を言った。こういう弱音とも言える言葉を、多分この人は嫌うんだろう。そう思っていても吐かずにいられなかったが、意外にも慶太は責めることも笑うこともしなかった。

「そうか」

 それだけだった。

「もし今、お前が苦しいんだとしたら、それだけお前の固定観念が固すぎたってことだ。俺が戦うのを見せればもう少し楽になると思ったんだがな」

 遠回しに責められているように聞こえる。まるで自分が悪いようじゃないか。

「その痛みや苦しみは、成長痛と思え。お前が【霊式術】を使えるように体そのものが変わっているんだ」

「そうなん……ですか」

 慶太の話は重要な、聞かねばならないことだっただろう。だがそれよりも優斗は全身を鉛が纏っているような怠さから、思考さえ鈍っていて問いつめることはなかった。

 いや一つだけ、知りたいことがあった。

「渚さんも、こんな痛い思いをしたんですか?」

 尋ねてみると、慶太は僅かに……本当に僅かに頬を歪めた。それが彼なりの「笑み」の形であることを優斗が知るのはもう少し先の話である。

「俺はお前みたいに無理矢理起こされたわけじゃねえが……もっと痛い目に合わされたよ、師匠にな」

「……その仕返しですか」

 勿論、そんなわけはないのだろう。だがその優斗の言葉に何を思ったのか。慶太は今度こそハッキリと分かるように、くぐもった声を出して笑った。大きな笑い方を知らない、獣の笑い方だった。

「それだけ言えりゃ充分だ」

 言って慶太は寝そべる。床に直接、ではない。あらかじめ敷かれている布団の上にである。

「俺は今日ここで寝る。何かあったら起こせ」

「……はい」

 不思議と。奇妙なまでの安心感と共に優斗の意識は再度、暗闇の中へと落ち込んでいく。

 本当に意識が途切れる瞬間、気遣わしげな「いい夢を見ろよ」という言葉を聞いた気がした。


「まったくもうあの馬鹿!初日からどこまでやる気なのよ!」

 怒り心頭。そう表現するに相応しい膨れっ面の皐月を肴に響也はグビグビとビールを煽る。別段、アルコール中毒というわけでは無い。だがこうして飲んででもいないと、愛車をお釈迦にされた悲しみから逃げられないだけである。

「まあまあ怒るなよ、お嬢ちゃん」

 宥めるのも、義務感というわけではない。とばっちりがこちらに飛んでくるのを避けるためである。

「だって!」

「まあ正直俺は安心したけどな。ちゃんと無理なもんがあって、疲れて、倒れ込んで、寝ちまう。ウン、真っ当だ。少なくとも慶太よりもな」

「何言っているんですか!」

 皐月の叫び。大げさに驚いて見せながら響也はベランダへと待避していく。

「…………まったく!」

 肩を怒らせ、痛い位に冷やしたタオルを持って一室……サレナの寝室へと宛われた部屋へと入っていく。

「サレナ、大丈夫?」

 深い眠りに入り込んでいるサレナからの返事はない。否、その呼吸には若干の乱れがあり、色白の頬は僅かに赤みがかっている。

 今日一日、優斗にそうしていたように馴れた手つきでタオルを取り替える。

 【霊式術】……人の限界を超える力。だがサレナの状況は使用の副作用というわけではない。

過剰に使いすぎた故の反作用。それを使用する際には【霊核】の器が左右される。どれだけ大量の水があろうと、器以上の水を受け止めることは出来ない。それでも無理に受け止めようとすれば……こうなる。

(きっと無理して慶太について行こうとしたんだろうけど……)

 今日一日、サレナは慶太について「狩り」へと赴いた。皐月も三年前まで彼の後ろについて同じ事をしていたのだから分かる。

 渚慶太の異常なまでの力。

 人の限界を超える術を持つ【龍人】を遙かに超える力の持ち主。

 人を越えた種としての存在を確立する【魔王】さえも駆逐する存在。

「あいつについて行くのは大変だよね……」

 サレナにと言うよりは、自分に向けた独白。

 誰も聞かれてないと思ったが故の言葉だったが。

「あの人……すごい」

 小さな、か細い言葉に皐月は驚く。寝入っていたサレナからの言葉と知り、驚きを一層高める。

「ちょ……大丈夫なの、サレナ?」

「……もう大丈夫」

「って、んなわけないでしょ」

 起き上がろうとするサレナを無理矢理に寝かせる。

「今日はもう休みなさい、慶太だってもう寝ているわ」

「……でも」

 尚も起き上がろうとするサレナだが疲労は隠せない。

 がむしゃら、というよりは何かに取り憑かれている瞳。つい最近も見た、別の誰かの瞳に宿っていた色。

「慶太さ、凄かったでしょ?」

 静かに問いかける。サレナは皐月を見返しながら僅かに首肯する。

「ついて行くのに精一杯。今日は十二体、【魔獣】を狩ったけど、私が到着する時にはもう終わっていた。私はあの人が戦う所さえ見られていない」

「あいつの【霊核】は私達よりもずっと大きくて、とても強く【龍脈】と繋がっているんだって。そしてその繋がりで得られる力を全部、肉体の強化に使っているんだってさ」

「その力で【魔王】を三体倒している」

「うん、策も何も無しに、正面から。信じられないよね。あいつは本当に……世界を救うつもりなんだよ」

 嘘を付く。慶太にそんな気はない。それは彼自身から聞いている。

 だけどそれを話す気はない。慶太が自身の言葉で話してくれた事、それは自分だけの大切な宝物なのだから。

「あの子は」

 サレナがもう一度口に開く。最初の印象、そして人伝に聞いた噂。そこから描いていたサレナという少女の印象は皐月が持っていたそれよりも大分違う。年相応に話が出来て好奇心もあるようだ。もっとも表情は殆ど変わらないが。

「あの子って優斗君のこと?優斗君がどうかした?」

 サレナと優斗。昨日出会ってから二人が口を聞いた様子はない。だが年も近い異性だ、これ位の年齢であれば意識はするだろうが。

「あの子は何でここにいるの?」

 単純な疑問。現在、サレナを含めて与えられている任務の一つは優斗の護衛である。サレナもそれは知っているだろう。だから彼女の聞き方には、そういった当然のことを知りたいという風ではない。

「……彼が決めたからだよ」

 そう言うしかなかった。優斗の本音は分からない。自分にも慶太にも、もしかしたら優斗自身にも。

 だが分かることは一つだけ。

 道を選んだ時の少年の目と。

 己の限界を超えて戦場に赴こうとする少女の目。

 双方の目は同じ色……強迫観念に追いつめられている人間特有の色に染まっているのだ。


「へえ、そうなんだ、彼が」

 百人の人間が入っても充分な余裕がある部屋、そこに並べられた装飾品は作成された時代も、場所も、デザインも全てがバラバラで唯一共通点があるとすればそのどれもが価値を理解する人間にとっては人一人が一生遊んで暮らせるだけの金銭と引き換えにする価値があることと、この部屋の主に見返り無く進呈されたことである。

 部屋の主……鳳明日那が神によって造形された美しさを持つのであれば、その少女は正に女神そのものと言える美貌を有していた。太陽の如き美しさを持つ黄金色の髪、透き通るほどの美しい肌、いかなる細工を施そうと人では実現し得ないほどに整った顔立ち。

 彼女の美しさには魅入られる、等という表現はきかない。ただ己の魂を吸い尽くされるような、暴力的な美しさがあるのみ。

「本当に強いのね」

 部屋の中心に据えられた細工椅子の上で膝を組みながら、女は囁く。

その椅子は五年前、世界的に有名なデザイナーが己の全精力を注いで作成して進呈されたモノだ。もっとも作成した当人は、文字通り精根尽き果ててこの世にはいないし、少女の方もそのデザイナーのことなど露ほども覚えていないが。

「はい、今日だけで十二体、従者が屠られています」

 そう発言する男……十条秀一の顔には苦々しげな色が含まれている。

 目の前の偉大なる存在、自身にとって神に等しい少女には、常に完璧な報告だけを告げたかった。

 同時に怒りが沸き立つ。渚慶太、完全なる存在に泥を塗りつける汚物。

 数時間前、渚慶太と交戦して命からがら逃げ延びた従者の一体から十条へと報告が来た。

彼の王が、気紛れで従者にした男達。まだ十代の若造共で、窃盗や強姦、殺人未遂まで行っていたクズ共。従者になって以降も……否、分不相応の力を得たからこそ歯止めが効かなくなり、近いうちに十条が粛正すべきと考えていた輩だった。

 最初の襲撃は彼らの溜まり場である空き家だった。そこで集まっていた四名のうち三名が渚慶太の手によって一瞬で肉塊に変えられた。続いて渚慶太は残った一人を痛めつけ、仲間の居場所を吐かせた後に始末した。それの繰り返しだった。やがてその集団の最後の一人――同じ王の傘下にいたとしても横の繋がりは酷く薄い。ましてや彼らのように新参者であれば尚更だ――からはこれ以上の情報が無いと判断すると、渚慶太は報告が出来る程度に痛めつけて解放した。

 この従者が愚かしいのは、それを命拾いしたと勘違いしたことだ。

 血まみれの体を引きずり、己が主を探し回ったのは、忠誠心からではあるまい。己の傷の――そこに連れ合いの分は含まれてはいないのだろう――報復の手段として、欲したのだ。十条が事前に用意していたルートを使い、強引に連れ出さなければ、渚慶太はここまで追いかけていたのだろう。

「あいつは化け物です、悪魔ですよ!」

 そう報告してきた。 

視線だけを動かし、十条は彼の主の前にある「それ」を見る。

 メッセンジャーとして生かされていた従者の死体である。

 もっとも十条が粛正したわけでも、傷によって力尽きたわけでもない。

 王自身が手を下したのだ。

 生きたままに四肢を千切られ、喉を食い破られ、臓器を引きずり出されて。

「私の方がもっと残酷なことが出来るよ」

 そうはしゃぎながら。

「いいね、素敵だわ」

 言いつつ少女は手にある赤き肉塊、従者の体から引きずり出した心臓を弄りながら、うっとりした顔で囁いた。正しく恋する少女のそれであり、その事実が十条を更に苛立たせる。

「ねえ、貴方もそう思わない?」

 少女に尋ねられ、十条は自身の心の内など一切見せずに首肯した。いかなる問いかけであろうと彼女の言葉であれば全て肯定するつもりだ。

「ああ、会いたいわ。彼に、それにあの子にも」

 尚も続く少女の言葉。それを叶えるために十条は今後の行動を思索する。

「畏まりました、【清姫】様」

 恭しく十条は返答する。その名、古くより彼らと敵対する組織によって名付けられた名で主を呼ぶことを十条自身は好まない。だが少女自身はその名で呼ばれることを好んでいたのだから、十条に是非は無い。

【清姫】は何を想うのか、誰を想うのか、ただうっとりとした視線を宙に彷徨わせていた。

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