エピローグⅠ
都心から30分離れた場所、そこに「戦士団」が所有する墓地がある。その中の一角、父と母の遺骨が納められた墓石の前で、優斗は手を合わせる。
あの戦いから二週間が過ぎていた。
それは病院に搬送された優斗とサレナが完治するまでの時間であり、優斗がここに来ることを決意するまでにかかった時間でもあった。
だがいざ、両親の墓石の前に立っても、何か神妙な気持ちにはなるのだが、それだけだ。ね
ここに両親がいるという実感は湧かない。
「ここに、父さんも母さんもいないのに」
そんな言葉を口に出す。
「優斗君?」
護衛目的、ということでついてきた皐月が首をかしげる。一緒に来た響也も、何も言わずに無言でついてきたサレナも、優斗の言葉を吟味しているような顔になる。
「あ、いや、どうして、お墓参りってするのかなって。お墓に来たって、いなくなった人には……会えないのに」
もう二度と、言葉を伝えることさえ出来ない。
一言、言葉を聞きたかった。
一言、言葉を伝えたかった。
「そういうもんだよ。結局、墓参りなんて、故人じゃなくて自分のためのものさ」
響也が呟く。どこか神妙な彼の顔は珍しい。
「まあ、それをどう自分にとってプラスに持っていくかはそいつ次第だろうな」
「……だから師匠は来ないんですね」
ここに慶太はいない。声はかけたのだが「俺はいい」と一言だけだった(ちなみに一番の重傷を負っていたのだが、翌々日には退院していた)。あの強靭な人には、多分、必要がないのだ。冷たい人間、というわけではない。過去を思い返すことはあっても、そこに停滞することは決してないというだけで。
「私は少し違うかな」
皐月が呟く。
「確かに、亡くなった人はここにいない。でも、いるよ。私達、生きている人を見守ってくれている。だから私は、亡くなった人たちに、胸を張れるように、そう生きていきたいって思うよ」
「張るほどの胸ないと思うけど」
響也の言葉に皐月が「真面目な話をしているのに!!」と叫ぶ。
そんな喧騒をBGMに、優斗は花束を添える。
亡くなった人たちに胸を張れるように、という皐月の言葉は妙に胸に響いた。
「…………?」
頭に触れる小さな手の感触。まるで小動物に触れるような優しく、小さな動き。
「何?」
自分の頭を無表情に撫でるサレナに、優斗は問いかけると。
「泣きそうな顔をしていたから」
「…………してないよ」
「あの時、渚慶太に頭を撫でられた時、嬉しそうな顔をしていたから。こうされるの、嬉しいと思って」
「別に嬉しいわけじゃ」
そこまで言いかけると
「ほう、優斗はこうされるのが好きなのか」
グシグシと、響也の手が、優斗の頭に載せられ
「え、そうなの?じゃああたしも~」
嬉しそうに皐月まで手を乗っけてくる。
「……」
二人の手に挟まれながら、それでもサレナは無言で撫で続けてくる。
一分ほど、三人がかりで頭を撫でられるがままにしていた優斗だったが、
「もう!いい加減にしてくださいよ!僕は犬か何かですか!?」
声を上げる。無論本気で怒ったわけではないし、向こうも分かっている。「いやいや、なかなかご利益がありそうな頭の形をしていたぜ?」「あはは、優斗君が怒った」
そんな勝手なことを言いながら。
「じゃあ、私達は住職さんとお話ししてくるから、優斗君はもう少しここにいていいよ」
「え?」
「お父さんとお母さんに、色々報告することあるでしょ?」
「でも」
今話したばかりなのに。ここには、両親はいない。ここだけじゃない、何処にもいない。なのに誰に話せというのか。何に向けて話せというのか。
だけど、皐月の顔は本気だ。勿論、彼女も死者とは話せないことを知っているはずだ。
だから、多分、皐月の言う対話というのは。
「……分かりました」
「ほら、サレナも行こう」
手を引っ張られるサレナは不満そうではあったが、それでも皐月に従う。後ろ手に手を振った響也の背中も見えなくなり、優斗だけが残される。
「でも、やっぱりここには誰もいませんよ、皐月さん」
そう言いつつも生来の生真面目さが、優斗を墓前に向かわせる。
「……父さん、母さん。僕、戦士団にもう少しだけ残ることにしたよ」
皐月と雅人からは反対されたし、響也も眉をひそめていた。慶太は何も言わなかった。
だが、優斗は決めた。
「父さんと母さんのこと、知りたいから。そのためにはこの道を進んでいくのが良いと思えたから」
この気持ちは決して嘘ではない。それでもこの道を進んでいくことで、擦り切れ、折れてしまうのだろう。自分はそこまで強靭な心を持っているわけではないのだから。
だけども。
「それに、あの背中を追いかけたい。あの人のようになりたい、そう思うんだ」
世界を背負える背中。本当の英雄。凡人以下の自分とは正反対の位置に立つ存在。
だからって、その背中を追う権利が無いわけじゃない。
自身の胸の中にいる父母に伝えることはこれで終わりだった。
「じゃあ行ってくるね」
これは対話ではない。
きっと、世界中の誰もが太古の昔から、時期や形は違えども行われる、当たり前の行為。
親離れの儀式だ。
墓石に背を向けて、優斗は歩き出す。
不意に、背中に気配を感じて。
優斗は振り返る。
ああ、本当に僕ってやつは。
父と母が、そこにいた気がした。
父も母も、少しだけ寂しそうな、それでも笑顔を浮かべていた……気がした。
多分、今の自分も、泣きそうな笑みを浮かべているのだろう。
「僕は行くよ」
父が歩んだ道を、母が望まなかった道を。
自分の意思で。
この命か、あるいはこの胸に灯された信念が失われるまで。
「いってきます」
両親の幻影に背を向けて、優斗はもう振り返らなかった。
その背中は小さい。
僅かな重みにつぶされそうな、強さとは対極にある背中。
それでも、自身が目指すものは確かとしている、そんな背中だった。




