表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/16

プロローグⅦ



 後になって思えば、二人の逃避行は意図的に見逃されていたのだろう。

 彼女が死んで、ほんの一時間後にホテルの部屋に追手がやってきた。彼女の亡骸が運ばれて行くのを茫然と眺め、複数人の男達に警戒されながら組織に連れ戻されることにも抵抗はしなかった。数日、私室として宛がわれた部屋で水以外は口にせず、ただボンヤリと日々を過ごしていた。

「よう」

 何日かして、初めての来客が来た。

 色艶のある肌と人を食ったような笑顔以外は「彼女」と瓜二つの女。当然だ、目の前にいるのは彼女の双子の姉なのだから。だが似ていれば似ているほど、その仕草一つ一つに「彼女」との差異が目立ち、彼を苛立たせる。

「食事、とっていないそうだな。先生が気にしている」

 先生。あの日、二人の逃避行を見送ってくれた男のことだ。

「俺に死なれちゃ困るだろうからな。何せ俺は、人類の希望になりえるかもしれないんだろう?」

 初めて会った時、目の前の女と、それにつき従う二人の男に叩きのめされた。それはこれまでの人生で無い経験だった。「対怪物」のためにその力を研ぎ澄ました三人に、人間としか戦ったことの無い彼が勝てる道理は無かった。

 打ちのめされ、失神したところを誘拐同然にこの組織に連れ込まれ、人類種の敵についての話を聞いた。その時に出た話が、彼が今後の戦いを左右する可能性を持ち得るということだった。「人類の希望になりえるかもな」とは、やはり目の前の女が言った言葉だ。

 どうでもいい話だ、話を聞いた時はそう思ったし、今もそうだったが、それでも一つ確認をしたかった。

「その話は、あいつにしていたのか?」

 知らないほうがいいことかもしれない。彼女に二心があったことを疑いたくない。だが彼の中にある、人との接点を持ったからこそ手にした狭量な思いがそんな言葉を口にさせた。

「最低なことを言うな、お前は」

「……ああ、そうだな」

 愛した妹のことを想い、彼女は軽蔑の言葉を口にし。

 愛した女のことを想い、彼は自身の言葉を恥じた。

「お前は俺を責めないのか?俺のせいで、俺があいつを連れだしたせいで、お前は妹を見送ることが出来なかった。あいつは毎日お前の話をしていた。大好きなお姉ちゃんだって、自分の体のせいで重荷を背負わせてしまったって」

「私はあの子に姉として何一つしてあげられなかった。私に重荷を背負わせた、だって?全くあの子は、どこまで無垢なんだ。確かに色々な面倒事の矢面に立ってはいるが、私は好きなものを食べて、好きなものを見て、好きなことをして、人生を謳歌している。この肩に乗っかった重荷なんて感じないくらいに。生まれた時から、その人生の年数を制限され、その質さえも限られたあの子よりも、私はよほど恵まれている……そう思っていた」

 一言区切る。

「お前、あの子の死に顔を見たか?」

 問いかけに彼は首を横に振る。

「私はあの子のことを不幸だと思っていた。二十になるまでは生きられないあの子を。この世の闇も光も実感として得る事の出来ないあの子のことを。だけど、違った。あの子の死に顔はな……とても幸せそうだったよ。全く腹立たしい。母の胎の中から一緒だった私より、恩師といえる先生より、ほんの数日一緒に過ごしただけのお前との生活に、あの子の人生、その幸せの全てがあった。千年に勝る年数分愛したんだろうし、愛してもくれたんだろう?」

 彼女の言葉を聞きながら、彼は唇を震わせた。

 ああ、そうか、と実感する。

 自分が彼女を世界のすべてと引き換えにしてもいいと思うくらい愛していたように。

 彼女は、彼女が愛していた世界と同じくらいに自分を愛してくれていたのだと。

 それまで伏せていた顔を上げた。

 目を見開いた。

 初めて会った時から人をからかい、こちらを不愉快にさせるような態度ばかりを示していた彼女が、頭を下げていた。連れ添っていた男の一人が咎める言葉を口にする。そんな男に頭を下げてはいけない、と。だが彼女はその頭を上げることをしなかった。

「ありがとう、妹を笑顔にしてくれて」

 上ずった言葉に、彼は瞬間的に動いていた。「図が高い」ことを恥じる想いから行動させていた。転がるようにして床に手をつき頭を付いた。土下座にすらなっていない、無様な姿は傍から見れば滑稽であっただろう。それでも、そうせずにはいられなかった。

「俺は……あいつと、約束したんだ」

それは決して彼の望むことではない。関心すら持っていない。だが、彼女が望むことであるならば、自分の人生を、力を、才覚を、全てを費やすべきだと思った。

「俺は……戦う。あいつが好きだった世界を、このくだらない世界を守る、それが俺の命の使い道だ。あいつの代わりにそれくらいしてやらなきゃ、俺の人生全部位、費やさなきゃ、不公平じゃないか」

 彼は誓った。

 それが後に人類の守護者と称される、渚慶太が誓いを立てた、決意の日。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ