プロローグⅠ
この世界に大事なコトなんて何一つない、それが彼の中にある真実だった。
物心付いた頃から、周囲の全てから敵意と悪意を向けられる日々。
それに対抗する、彼が知る術は、その両の拳以外に持ち得なかった。
圧倒的な力で敵を傷つけ、屈服させる。
そうすることで何かが満たされる事も、気分が晴れる事も無かったが、少なくともそうしている間だけ自身の内にある苛立ちを忘れることだけは出来た。
その「力」の原点、高める手段、使うべき戦場。
それを教えられても尚、彼の内にある苛立ちが消えることは決してなかった。
自分は一生、そうなのだろうと思っていた。
思っていたのだ。
初めて人と獣の違いを知った。
自分が獣でなく人であり、人であるが故に感動出来ることを知った。
その視界に映る光景に、彼は打ち震えるほどの感動を与えられた。
何故、そう感じられたのか未だに分からない。
中心にいる少女は決して美しいとは言えなかった。顔立ちは整ってはいたが、白いと言うよりは青白いという表現が合う肌は病人のそれに近く、幽鬼を思わせた。口ずさむ歌はどこか調子が外れていて、時折聞き取れないほどに声が小さくなる。スポットライト代わりの月光は、幾つもの雲によって遮られている。
だけれど、その不完全さが一体となった風景があまりにも神々しく見えた。
人を賛美する光景だった。
この世のあらゆる命を肯定する姿だった。
頬を辿る熱い感触。
気が付けば涙を流していた。
自分に気付いた少女が驚き、歩み寄り、声をかけてくるまで泣き続けた。
彼は知ったのだ、この世界には美しいモノがあるのだと。
自分の力と生涯を尽くして護る価値があるのだと。