プロローグ(下)
『職業鑑定』
それは、15歳……つまり、成人年齢に達した者が受ける行事となる。
『職業鑑定』を受けられるのは、教会または聖堂と呼ばれる場所で、聖職者ーー『司祭』や『神官』、『僧侶』や『司教』の持つスキルの一つである、『鑑定』で対象者の才能に最も優れ適した職業を見出す。
もともとこの行事は、民が適した職に就くことで、国の効率の良い繁栄をするために大昔のとある国で行われてきたことだが、今ではポピュラー化し、人間であれば誰でも無償で受けるようになったのだ。
過去では、とある貧民街の子が『聖騎士』と鑑定され戦線に出向き魔族を相手に無双したり、体が不自由な少女が『音楽家』と鑑定され歴史に残る名歌を残したりと、『職業鑑定』で人生が変わるということもあり得る。
でも、何も『職業鑑定』の結果の職に必ず着かなくてはならないというわけでもなく、『農家』と鑑定されたが『商人』となり大成功を収めた者もいる。
「よし、それじゃあ、行ってくるよ」
今日は、僕、ヴィル・カールフィンデンの15歳の誕生日。
これから、『職業鑑定』に向かうところだ。
「むう……お兄ちゃんについて行っても別に構わないとは思うのですが……」
「ダメですよ、アイナ様。ヴィル様は私達とは一足先に大人の階段を登られたのです。私達はまだ行ってはダメですよ」
「まぁ、とは言っても一年と少ししたらアイナも15歳なんだけどね」
頰を膨らませたアイナ、王女だけに大人びた雰囲気のモーナ、キラキラした笑顔を見せるフィナ。
この子達は、僕のフィアンセ。
これを考えると、とても幸せな気持ちになれるし、誰かに自慢したくなる。
「それに、もし僕が地味でダサい職業になったら、君達に恥ずかしくて顔を向けられないしね」
先述のように、鑑定された職業に必ず着かなくてはいけないという決まりはない。
ましてや、僕は父上の跡を継いでカールフィンデン領に更なる発展をもたらさなくてはならない。
そんな人の適正職業が『掃除人』とかだったら笑えた話じゃないしね。
「そんな!ヴィル様は日頃より努力もされ、知識ならばかの『賢者』にすら負けておりません!」「座学はね……でも剣術と魔法が……」
「そっそんなの私たちが凄すぎるだけですよ!」
「ヴィルの魔法と剣は極めて一般的だからっ!」
自分で言うのもアレだが、モーナが褒めた通り知恵と知識ならば誰にも勝るだろう。
これはカールフィンデン領の更なる発展のため、僕自ら農耕の知識、算術、歴史学、医学を学び、それを実用化する努力を怠ってこなかったからだ。
だが、その代わりに剣と魔法は壊滅的。
大人用の剣は重くて持ち上げることもできず、訓練の時は片手剣を両手で持っている始末。
魔法に関しては誰もが成人までには習得できると言われている、初級魔法すら満足に使えない。
その上、一度魔法を撃つと、体に物凄い負担がかかる。
ヴィル・カールフィンデンは、次期領主としての能力は十全に備わっていながら、戦闘能力は皆無なのだ。
それに比べ、僕の婚約者達は次々と才能の頭角を現している。
妹であるアイナは、回復魔法を中心に、強化魔法、守護魔法といったサポート系の魔法が得意で、なんと最近では神聖魔法まで扱えるようになっている。
幼馴染のフィナは、剣術に長けていて、大人の兵士数十人がかりでも抑えきれない程。
国の王女であるモーナは、アイナとは逆に、攻撃魔法に長けており、近頃は宮廷魔導師クラスでやっと使える上級魔法を特訓中なのだとか。
男性としてみっともないが、彼女たちには手も足も出ないだろう。
「はっはっは、気にすることはないさ。実を言うと、私だって適正職業は、『傀儡師』だったんだよ」
父上が笑いながらそう言う。
『傀儡師』は、死体を魔力で操りゾンビの兵団を築き上げることができる戦闘職(後衛)で、とても今ここで国で最も優れた辺境領主の適正職業だとは思えない。
「それで?願わくばどんな職業になりたい?」
「そうですね……」
みんなの視線が僕に集まる。
僕は、恒久の幸せを願う。
「『幸せを紡ぐ者』とか、どうでしょうか?」
「お兄ちゃん……」
「クスッ、やっぱりヴィル様はヴィル様ですね」
「ヴィルは、平和ボケしてるわね」
彼女たちの顔に笑顔が灯される。
「『幸せを紡ぐ者』か。良いではないか。周囲を幸せにしてくれる。ヴィルにピッタリな職業だ」
そうだ。
俺は幸せを紡ぐ者だったと言えるだろう。
だが、幸せを紡ぐ者は周りを幸せにするだけで、ソイツは決して幸せにはならない。
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〜カールフィンデン領・大聖堂前〜
来る道の途中、領民達が色々と励ましてくれたおかげでギクギクしてた僕の心も穏やかになった。
父上は大聖堂の扉を二回叩き、中の返事を待つ。
しばらくーーといっても十数秒だが、待っていると中から扉が開かれた。
中から出てきた人は、女の人だった。
優艶な漆黒の髪、深い海を思い浮かばせるネイビーの瞳。
全身を真っ白な修道服で身を包み、笑顔を振りまく彼女の姿は、まさに『聖職者』に相応しかった。
「………?」
父上の顔が歪む。
「浮気ですか?父上」
「なっ……違うわ!………はて、どこかで会ったような……」
父上が瞑想に入られて、次は聖職者の方が口を開く。
「『職業鑑定』かな?ヴィル・カールフィンデン君」
「えっ⁉︎あ、は、はいっ!」
「ふふっ、良い返事ね」
聖職者の人は、僕に対して語りかけてきた。
僕の名前を知っていたことに驚いたが、よく考えれば、僕はカールフィンデン領の長男。
その上、今日僕が『職業鑑定』を受けることは領民達の反応からもわかるように、結構知られている。
そして決定づけられる事項として、僕の後ろにはカールフィンデン領印の入った馬車がある。
この条件さえ整っていれば、ヴィル・カールフィンデンの名前を知らない限り、僕だってことがわかるだろう。
「さあ、中にいらっしゃい。お父様は、どうか外で待っててくださいね」
「ん?あ、あぁ……」
「では、行って参ります!父上!」
「おう」
何やら腑に落ちない父上のご様子。
これは、母上に報告ですねぇ……
と、黒い笑顔を浮かべる僕の後ろで、扉が閉まる音が聞こえた。
この大聖堂ではもう僕とこの人以外の人間は見当たらない。
ステンドグラスから差し込む光が、大聖堂という空間の神々しさを更に引き立てている。
「さて、ヴィル君?早速だけど、始めちゃおうか」
「あ!はい!」
気づくともう奥まで行っていた聖職者の人が僕の意識を戻させる。
僕は走って奥まで行く。
そして、御神体である女神『アトナ』像の前まで来る。
「ヴィル君、ボクの方を向いててね?」
「は、はいっ!」
へぇ……一人称が『ボク』の女の人ってあんまり見たことなかったから、驚いた。
それにしてもこの女の人、よく見たら結構な美人じゃないか。
年齢は多分二十代前半、身長は僕と同じくらいだけれど、どことなく発される大人のオーラがある。
すると、彼女は僕の方に両手を合わせててきて……
「ーーーーーッーーー、ーーーー、ーーーー!」
言葉では表せないような詠唱をかました。
そこで僕は疑問に思ったことがある。
『鑑定』のスキルは、別に詠唱なんていらなかったとどこかの本で読んだことが……
いや、記憶間違いか?
実際、今彼女は詠唱をしたわけだし……
すると、彼女の両手が淡く光り、その光が僕の意識の半分を奪っていき…………
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「……………君!………ル君!」
う……ん?
なんだい?もう朝なのかい?
それにしても、アイナが僕のことを君付けだなんて………
いや!違う!
僕は意識を覚醒させた。
目の前にいたのは、聖職者の女の人だった。
「ヴィルく……あぁ!やっと起きてくれた!」
彼女は、ホッとしたかのように胸をなで下ろす。
「えっと…あの……僕は……?」
「ヴィル君は、少し緊張して貧血で倒れちゃったみたいだね。ボクが回復魔法をかけておいてあげたから、もう大丈夫だと思うよ?」
「貧……血?」
貧血?
僕は至って健康体なはず……
いや、でも実際回復魔法をかけてくれたからか体が少し楽だし、何より聖職者が言っているのだ。
疑うだけ野暮だろう。
「あ、ちなみにこれが『職業鑑定』の結果を書いた紙だから」
そう言われ、彼女が僕に一枚の羊皮紙を手渡してきた。
僕はその中身を見る。
そこには、大きく『博士』と書かれていた。
世間一般的にはアタリであろう『博士』
この時の俺は、もうすでに満足していた。
作者「早くも日間ランキングハイファンタジー部門で100位以内にランキング入りしていた……ありがとうございます!」
ヴィル「ふんっ!僕の実力だね!」ドヤッ
アイナ「これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします」
フィナ「ちなみにこの作品について、これからしばらく毎日更新していこうかと思っているから、よろしくね」
モーナ「さて長かったプロローグもようやく終わり次回からやっと物語が進み始めます」
カールフィンデン侯爵「それでは本日はここまで。ブックマーク、高評価、コメント等よろしければお願いする」