第7話「二人の夜」
第7話目になります。成未と梨衣の物語はまだまだ続いていきますので、これからもよろしくお願いいたします。そして、引き続き15時に8話目を、21時に9話目を更新するつもりですので、そちらの方もよろしくお願いいたします。
第7話「二人の夜」
あれから、一人で勝手に盛り上がっている先輩をどうにかなだめて帰宅した俺はどっと疲れていた。
「はぁ~、なんだかいつも以上に疲れる買い物だった」
「お兄、お水持ってきてあげようか?」
「ああ、咲姫頼むわ」
咲姫が心配するほど疲れてるってどんだけだよ。出来ればしばらくは先輩とは買い物に行きたくないと思ってしまう。
俺は咲姫から受け取った水を一気に飲み干すと、先ほど買ってきた荷物を冷蔵庫にしまった。
先輩は先輩で咲姫からエプロンと調理道具の在りかを聞いているところだった。
「梨衣先輩、やっぱり俺らも手伝いますか?」
さすがに客人にご飯を作ってもらうのは気が引けるので、俺は先輩にそう申し出たのだが……
「ううん、大丈夫、大丈夫。三人分なんだしそこまで大変ってわけでもないから助けは必要ないわ。むしろ、成未くんは小説を少しでも進めないとダメでしょう。書き直すんだから」
いや、それは先輩もじゃって俺は言いそうになってしまうが、たしかに書き直さなければいけないので悠長なことは言ってはいられなかった。
先輩は先輩で長い髪を後ろで二つに結わくと、テキパキと調理を始めていく。先輩の動きを見る限りでは、俺に手伝えることはなにもないぐらいに、先輩の動きは手慣れていたので、俺は先輩のお言葉に甘えて小説の執筆作業に専念することにした。
さて、先輩にはああ言われてしまったのだが、実際のところどうしたものか。咲姫をモデルにするのは駄目だと言われてしまい、さらには先輩をモデルにしたキャラをメインヒロインにして話を作らなければいけない。
ざっと考え直したが、これって結構難しくないか?
咲姫のことは一緒に暮らしているため、なんとなくは咲姫のことは分かるが、先輩のことは知らなすぎる部分が多すぎる。現に今日だって先輩の知られざる色んな一面を見ているのだ。その状態で、先輩モデルのメインヒロインで話を作り出すことは出来るのだろうか?
「つっても、うじうじ考えていても話なんて一向に出来ないか。分からないことは、とりあえず想像で補うしかねぇんだ。だったら、いっそのこと⒈話書いてみてから判断するしかなさそうだな」
俺はそう考え直して、⒈話の構成を練ることにする。
さっき読んでもらった「オサナスキ~僕はいつからか君に恋をしていたんだ~」は、主人公とヒロインが幼稚園からの幼馴染で、高校生になった主人公が幼馴染のヒロインに恋をしていると自覚してからストーリーが始まる。
そしたら、まずはここの関係から変えないと駄目か。さてと、幼馴染って結構なテンプレだけど良いとは思ったんだけど、先輩がモデルになると、メインヒロインはどうしても年上なイメージしか出てこないよな……ん? 年上、年上!
そういえば、俺は今まで考えないようにしていたが、もし仮に先輩と付き合うことになったら、あと数カ月しか先輩とは学園では過ごせないんじゃん。だったら、もしもこの主人公たちが付き合うことになって、残り数カ月で片方が卒業してしまうとしたら、一体、どんな風に関係を築き、残りの学園生活を過ごすのだろうか?
そうか、これだ! 今の感じを小説にまとめあげれば、きっと面白い作品が出来るかもしれない。
俺は早速、文章を書き始める。
主人公は高校1年生の男子で、メインヒロインが高校3年生の女子で。そして、その女子は生徒会長で人望もあったが、今年入学してきた1年生の男子に一目惚れをしてしまう。そして、その1年生の男子もそんな生徒会長の女子のことが気になっていた。そんな二人を主軸に、周りの恋模様や青春の様子を言葉に表していく。
「あなた~、ご飯ができたわよ~」
話がまとまりつつある中で、そんな声が響いたので俺は思わず突っ伏してしまう。
先輩、さっきの奴をまだ引っ張ってるのか。そして、気のせいじゃなければ、下の方からすごい音が聞こえたんだけど。
俺は下に行ったら、修羅場が広がっていないことを祈りながらリビングに向かった。
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感想から言うと、先輩が作ったハンバーグは、めちゃくちゃ美味しかった。先輩って本当に料理が上手いんだな。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。ふふ、すごい食べっぷりだったわね」
「梨衣先輩の料理が美味しいのが悪い」
「ふふ、それは作った甲斐があるわよ。あっ、成未くん。ちょっと動かないでね」
先輩はそう言うと、俺に顔を近づけてくる。
「ちょっ梨衣先輩?」
俺がドキマギしていると、先輩は俺の口元に限りなく近い場所にキスをしてきた。
「ソースついてたわよ。まったく、本当に子どもっぽいんだから」
先輩は困ったように微笑んでいるが、その顔はどこか嬉しそうだった。その反面、俺は恥ずかしさなどの色々な感情でそれどころではなかった。というか、横に座っている咲姫の姿が怖くて見られなかった。
「四ノ宮先輩」
俺が恐怖で固まっていると、咲姫が先輩のことを呼んだ。
「後片付けはわたしがやっておくので、お風呂が沸いていますので四ノ宮先輩は先に入ってきてください」
笑顔で言ってはいるが、咲姫の目は全然笑ってはいなかった。
「えっ! でも私が先に入るなんて悪いわよ」
「いえいえ、全然そんなことはないので、早く入ってきてください。お兄もそう思うよね?」
おい! 咲姫! そこで俺に振るなよ!
「あっああ、そうだな。梨衣先輩から入ってもらうべきだと思う」
これ以上の問題を起こしたくなくて俺はそう言ったのだが、現実はそうはうまくいかなかった。
「成未くんまでそう言うの。ああ! さては私が入っているところを覗くつもりでしょう? 成未くんのエッチ!」
「覗くか!」
「ええー、じゃあ残り湯を飲もうとしてるとか?」
「飲みませんよ! 先輩は俺にどんなイメージを持ってるんですか!」
むしろ、綾人なら喜んでやる気がするのはなぜだろう。先入観って怖い。
「それにどうして梨衣先輩は、俺がやらないと分かって残念そうなんですか?」
俺はため息交じりにそう呟いてしまう。先輩がなにを考えているのかよく分からない。
「四ノ宮先輩は、とにかくお風呂場に向かってください!」
そんな俺らを見かねたのか、咲姫が先輩の手を引っ張って風呂場に押し込んでしまう。そして、戻ってくるなり俺のことをものすごく睨んでいた。
「お兄のバカ!」
「俺かよ!」
はぁ、本当に今日はどうなるんだ。無事に明日を迎えられるのだろうか?
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あれから順番にお風呂に入った俺たちは、各々の部屋に戻り過ごしていた。俺はというと、先ほどから書き始めている新作の続きを書いていた。
ここでこのキャラとこのキャラを掛け合わせて、そしたらこのキャラがこう動いて……。
次から次へと案が浮かんできて話が構築されていく。
こうして、なぜだか生徒会長から迫られる不思議な俺の高校生活が幕を開けるのだった。
これで1話目は完成で大丈夫かな? 勢いでここまで書いてしまったが、さっきあげた新作よりもこっちの方がよりリアリティが出ているのではないだろうか?
俺は自分で読んでいてそう感じてしまう。
あとは見直しか。これは明日やればいいか。
時計を見ると既に23時を回っていた。そういえば、今日は1日中パソコンに向かって文字を書いていた気がする。
俺は疲労感を覚えながら、自身のベッドに向かうが謎のふくらみがあることに気が付く。まさか……
俺は勢いよく掛け布団をめくった。そしたら中からはパジャマ姿の先輩が出てきました。どうして?
「はぁ~」
俺は今日何度目か分からないため息を吐いた。
「梨衣先輩、一応お聞きしますけど、どうしてここにいるんですか?」
「それはもちろん、夜這いをかけるため」
俺はそれを聞いて眉間を揉んでしまう。この人、学校の時と性格変わりすぎだろ!
「寝言は寝てから言うのが世界のルールですよ。それで本当にどうしてここにいるんですか?」
「成未くんと一緒に寝ようと思っただけだよ。妹とは一緒に寝られて私とは一緒に寝られないなんてことはないよね?」
「ぶっ!」
俺は先輩の言葉に思わず吹き出してしまう。どうして先輩が咲姫と寝たことを知っているんだ⁉
「あれ? 事実だったの! 成未くんを丸め込もうと言った理由だったのに、まさかの事実だったの?」
どうやら鎌をかけられていたようだった。マジか!
「ふ~ん、そっか。妹と一緒に寝てたんだ。そうか、だから小説のモデルも妹さんだったのね。そっか、そっか」
「せっ先輩?」
俺は恐る恐る先輩にそう声をかけた。先輩は笑っていた。それはもうとても綺麗な笑顔で。
ヤバイ、オレハシヌノカナ?
全力で逃げ出そうとしたが、先輩に腕を掴まれてそうはいかなかった。
「成未くん、どこに行こうとしているのかな?」
そう笑顔で問われ俺はとっさに嘘を吐いた。
「えっと、トイレですよ。トイレ」
「嘘よね。早くこっちに来なさい」
速攻でバレました。逃れられないと直感した俺は、渋々ベッドに横になった。そうしたら、先輩は先輩で嬉しそうに、俺の腕に抱き着き横になってくる。
「これでよし! 最初から素直にこうすればいいのよ」
いやいや、素直に出来るか! こんなこと!
俺は心の中でそうツッコミを入れてしまう。
「小説の進み具合はどう?」
俺が緊張で死にそうになっていると、先輩がそう聞いてきた。
「とりあえず、⒈話目は完成しました」
「もう書きあがったの! さすがに早すぎない?」
「ええ、まあ。見直しはまだしてないですけど、あとは見直して修正さえすれば完成しますよ」
先輩の言う通り、本当ならもっと時間がかかるはずなんだろうけど、俺は凡人作家ではあるが、一つだけ小説を書く上での特技があった。それがこの速筆だった。昔から物語を頭の中で描き、そこから書くというスピードだけは以上に早かったのだ。
「そっか。それじゃあ明日には読めるんだね」
「ええ、そのはずですよ」
「楽しみにしてるよ。Naruの本当の新作を」
そう言って笑った先輩の笑顔は、しばらくの間、俺の脳裏から焼き付いて離れなかった。
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