第18話「四ノ宮梨衣の激怒」
第18話目になります。今作も楽しんで頂ければと思っております。また、第15話「波瀬成未の答え」なのですが、一部加筆修正を行いましたので、気になる方はもう一度ご覧頂ければと思います。では、引き続きこのシリーズをよろしくお願いいたします。
第18話「四ノ宮梨衣の激怒」
立川未世。成未の実母で、ネグレクトだった人物。昔から酒やタバコ、パチンコに男遊びに目がなく、成未をないがしろにしていた人物だった。
「決まっているでしょう。あなたを連れ戻しに来たのよ。愛しの成未」
「あんなことをしておいて、よくそんなことが言えるよな。恥ずかしくないのかよ?」
俺は思わず強く当たってしまうが、なにもおかしなことはないと考え直す。
「言えるわよ。あなたは私が産んだのよ。だから、愛しいに決まっている。それにあなたももう17歳になる。働くには十分な年ごろよ」
「まだ、そんなことを言ってんのかよ」
「当たり前でしょ。私があなたを産んだのは、道具として使うためよ。それ以外になにがあると思う? 道具は道具らしく、親の言うことを聞いていればいいのよ」
「あなたはまったく変わっていない。その歪んだ考え、俺には到底理解できない」
「別に理解しなくて結構よ。私のために働いてくれさえすれば。私が望むのはそれだけ。もう十分夢は見たでじょ? だったら、早くこんなところは辞めて1円でも多く稼いで来なさい!」
「ふざけんな! 俺はあんたの道具じゃない!」
「ふざけんなは、成未の方でしょ! 道具がそんな口を聞いても良いって思ってるの? 道具は道具らしく、主の命令に従っていればいいのよ」
俺は思わず歯噛みしてしまう。昔からそうだった。昔から子どものことなんてどうでもよくて、自分のことしか頭がないそんな人だった。そして、親父もそんなようなもんで、この人たちは似たもん同士の夫婦だった。どうして、一緒にいるのかと聞かればよく分からない。
「さあ、成未。一緒に行くわよ。私のためにあなたの人生を寄越しなさい」
「成未くんの人生はあなたなんかの物なんかじゃありません!」
俺がなにも言えずにいると、横から凛とした声が響いた。
「梨衣……」
「ごめんね、遅くなって。だけど、もう大丈夫だよ」
梨衣は一度、俺に微笑みかけると母さんに向き直った。
「さっきからあなたなんなんですか? 成未くんのことを道具だなんだって、成未くんは道具なんかじゃない! まして、あなたなんかの人に、人生を奪われるなんて到底許せる話じゃないわ!」
梨衣は激怒していた。俺は梨衣が激怒するところを初めて見たかもしれない。しかし、目の前の母さんはそんな梨衣を冷たく見ているだけだった。
「言いたいことはそれだけかしら。小娘がなんだって思ったけど、これは私達家族の話よ。部外者は引っ込んでてくれるかしら」
「部外者じゃありません! だって、私は成未くんと将来を誓い合った仲ですから!」
はっ? はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 俺そんなこと初耳なんですけど!
「ふ~ん、将来を誓い合った仲ね。なるほど。それじゃあ、あなたは成未の人生を私に寄越さない代わりに、あなたが私に人生を捧げてくれるとでも言うのかしら」
母さんの目が怪しく光ったのを、俺は見逃さなかった。
まずい、あの目をしている時はなにか良くない考えを思い付いた時だということを俺は知っていた。だから、俺は梨衣の手を掴むと、母さんから逃げるようにして走り出した。
「待ちなさい! 成未! 話はまだ終わってないわよ!」
後ろから母さんの声が聞こえてくるが、構わずに走り続けた。まずい、まずい。梨衣の存在を知られたにはさすがにまずかった。
「成未くん⁉」
「いいから、今は走れ!」
俺は梨衣にそう返すことしか出来なかった。
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どれぐらい、走っていただろうか。気が付いたら、俺たちは隣町まで来ていた。
「はぁ……はぁ……ここまで来れば多分大丈夫」
「成未くん……説明……してくれるよね?」
俺は頷くと、近くにあったベンチに梨衣を座らせて自販機で買ったジュースを手渡すと、俺もその隣に腰を下ろした。
「立川未世。それがさっきの女の名前だ」
「立川って……」
俺は黙って頷く。
「ああ、俺の母親に当たる人物だ。
「さっきの人が。でもどうして、あんなことばっかり?」
「昔からそうだったんだ。自分の至福のことしか考えていなくて、人の人生のことは心底どうでもよくて、自分の思い通りにならないと癇癪を起す」
「警察には相談しなかったの?」
「証拠がない。外では完璧な親を演じ切る。それが理由で俺が中学一年まで引き取れなかったと今の母さんと父さんは言っていた。あいつらの本性を見抜いたのは、今の母さんと父さんだけだって聞いてるよ」
「ひどい」
「ああ、まさか、こんなに早く接触してくるとは思わなかった。くそ、よりにもよって梨衣の姿を見られた!」
「どうして私の姿を見られたのが、そんなに不都合そうなの?」
「梨衣分からないのか? あの人は俺の人生を取らない代わりに、君の人生を寄越せと言ったんだ。それはつまり、援助交際でもなんでもさせて金を稼がせるつもりなんだよ。あの人は平気でそれぐらいやらせる奴だからな」
俺の言葉で、梨衣の顔から血の気が失せるのを感じる。それはそうだろう。いきなり、こんな話を聞かせられたのだ。正気でいられる方が不思議なのだ。
「いや……いや……」
梨衣の瞳からは涙があふれ出てきている。俺はそんな梨衣のことを優しく抱きしめた。
「ごめん、こんな話を聞かせて。君に怖い思いをさせてしまって。俺は彼氏として、恋人として最低だな。大切な人を自分の母親のせいでこんな思いにさせてるんだから。本当にごめん」
俺は梨衣の頭を優しく撫でていた。どうか、気持ちが落ち着いてくれますように願いながら。
「泣き止んだか?」
「うん、ごめんね。いきなり泣いたりして」
「いいや、梨衣が謝ることじゃないさ。むしろ、俺が謝んなきゃいけない立場だよ。本当にごめん。それと、梨衣。一つ話がある」
「俺たち別れようって言うのはなしだよ」
「ぐっ……なぜ分かった?」
「だから、成未くんのことなら分かるよ。それに、君がいくら別れようって言っても私は絶対に君と別れないからね。だって、君の心こんなに傷付いてる。この心の傷は誰が癒してくれるの?」
梨衣はそう話しながら、俺の胸をそっと撫でる。その手は優しくて温かくて、手放したくないと俺は思ってしまう。でも……
「……でも、今のままだと梨衣まで迷惑がかかっちまう! そんなの俺は嫌なんだよ! それで梨衣が傷付くのだけは絶対に嫌なんだ!」
「成未くんの気持ちは痛いほど分かるよ」
「えっ?」
「だって、私も同じ気持ちだもん。成未くんが身勝手な大人のせいで自分の人生を犠牲にして、傷付いている姿を見たくない。それをどこか遠くで見ているぐらいなら、傍にいて君を支えたい」
「だから、別れようだなんて言わないでよ。考えないでよ」
「梨衣……」
俺はそんな梨衣にキスをしていた。どうしても、抑えきれなかったのだ。こんなにも俺のことを想い涙してくれる少女が、かわいくて、愛おしくて堪らなかった。
「ごめん、梨衣。もうそんなこと言わないよ」
「うん、そうしてくれるととっても嬉しいな。それに、成未くんは私のことを守ってくれるんでしょ? だったら、大丈夫だよ。それに、私も君のことを守りたいもん」
そう言って、梨衣は微笑んでくれる。本当に梨衣は俺にはもったいないぐらいに彼女だと思った。
「なあ、梨衣。一つ良いか?」
「ん? なにかな成未くん。今度は聞いてあげる」
俺たちはお互いに寄り添いあって座っていた。梨衣の体温がとても心地よくて、先ほどまでの疲れを忘れさせてくれる。
「きっと、奴らは君を狙ってくる。そうなったら、なにをしでかすかが分からない。だから、君には梨衣にはあまり一人でいてほしくはないんだ。だから、その……俺と一緒に……その……暮らさないか?」
そうだ。奴らは絶対に梨衣を狙ってくる。俺は絶対に梨衣を守り切らないといけないんだ。だったら、なるべく近くにいてくれた方が俺としても、奴らの行動を制限出来て良い。
恐る恐る梨衣の顔を見ると、梨衣は顔を真っ赤に染めて瞳に涙をためていたが、やがてゆっくりと頷いた。
「はい、私も成未くんと一緒に暮らしたいです」
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それから、梨衣の家に向かって荷物を取ってくると、俺たちは俺の家に向かって歩いていた。
「梨衣って一人暮らしだったんだな
「うん、実はそうだったんだ。私って両親が転勤族だったから。でも、高校は今のところがいいって言ったら、一人暮らしで過ごすことになったんだ。でも、友達のところでしばらくお世話になるからって言ったら、喜んで送り出してくれたよ」
「ならよかったけど、梨衣のご両親には今度ちゃんと挨拶しないといけないよな。こんなに迷惑かけてるんだし」
「もう、気にしなくていいよ。それに、成未くんは小説に集中しないと。きっと、また追い上げられてると思うよ」
「分かってるけよ」
だけど、こんな状態で集中できるのかな?
はぁ~、綾人の問題や、実親の登場で問題が山積み過ぎるだろう。でも、梨衣と一緒ならなんとかなる。そんな気がしたんだ。
俺は梨衣のためにも綾人にも実親である未世にも負けるわけにはいかなかった。
負けてたまるか! 俺を絶望の淵から救ってくれた梨衣のためにも。
俺の家が見えてきた。さてと、咲姫にはなんて説明しようか。咲姫の奴最初はものすごく起こると思う。だけど、最後は笑って許してくれるだろう。
「あっ!」
「どうしたの? 成未くん」
「咲姫に頼まれていた買い物忘れた」
咲姫の奴、許してくれるよな?
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