第15話「波瀬成未の答え」
第15話目になります。この話がある種のターニングポイントかなって、私自身思っております。楽しんで頂ければと思っております。
第15話「波瀬成未の答え」
「梨衣先輩、一つ聞いてもいいですか?」
「ん? どうしたの? 成未くん」
「なんなんですかこの状況は⁉」
「なにって膝枕だよ」
いやいや、状況的におかしいでしょ。どうして、俺は先輩に膝枕なんてされてるんだ?
俺と先輩はあれから、屋上の端に移動していた。そこはちょうど校舎からは視覚になり、よく授業のさぼりに使われている場所でもあった。
「成未くん、怪我してるでしょ。だから、膝枕。それに聞いてほしいお話もあるみたいだし」
だからと言って、膝枕でそのうえ先輩に頭を撫でられている状況は意味が分からなかった。
「けど、ああは言いましたけどもう授業が始まりますよ」
予鈴はすでに鳴っているため、本鈴が鳴るまでもうそう時間はないだろう。
「きっと、君は授業にも行かないでここでさぼるつもりでしょ? だったら、私もさぼって君と一緒にいるよ」
「生徒会長がそんなんで良いんですか?」
「もう、今の私は生徒会長としてではなく、君の彼女としてここにいるの。だから、良いんです~」
そういう問題なのか?
「それに話してくれるんでしょ」
たしかにそうは言ったけど。俺は一度深呼吸をすると口を開いた。今更隠せるとも思えないし。
「俺は空っぽなんです」
そうだ俺は空っぽだ。それを誤魔化すかのように今までを生きてきた。
「俺の名字は実は本名じゃないんです。旧姓は立川。今の両親はうちの遠い親戚にあたる人で、咲姫も実の妹ではありません。俺は中学一年の時に今の両親の所に引き取られました」
「本当のご両親はどうしたの?」
「別に事故で死んだわけではないので安心してください。ただ、俺の実の両親はネグレクトでした。小さい頃から気に入らないことがあれば殴られて育ってきました。酒にたばこ、パチンコ。自分たちの至福を肥やすためならどんなことでもしてました。俺にも早く働いて金を稼いで来いと、いつも言ってました。俺はそんな大人に心底絶望してました。俺の人生なんて余りにもクソだって思っていました。最初は小学校中学年の頃には俺を今の両親が引き取ると言っていたそうなんです。ですが、そんなことは実の両親が認めませんでした。当たり前ですよね。自分たちの至福を肥やすために必要な道具を簡単に手放すはずがありませんでした。ですけど、今の両親が必死になってその両親から俺のことを引き取ってくれたそうです」
「そんなひどい……」
先輩の顔が悲しみで歪んでいるのが分かった。本当にこの人は優しすぎる。
「ええ、最低な大人だと子どもながら思っていましたよ。本当に。それ比べて今の両親は本当に優しかった。温かった。今までに味わったことがないぐらいの家庭の温かさだった。ですけど、俺はすぐには心を開けませんでした。大人が信用できませんでした。その時からです。俺がネット小説を書き始めたのわ。現実から逃げるために。現実逃避をするためだけに書いていました。ただ、こんなクソみたいな人生から逃げ出したかったから」
俺はそこで一度言葉を切った。
「だからこそ、俺は小説を書いていました。空っぽの自分を誤魔化すかのようにずっと今まで。ですが、そんな俺なんかでも今の両親や、妹の咲姫は本当の家族のように接してくれていたんです。次第に俺は心を開けるようになっていきました。少しだけでも現実に目を向けられるようになりました。そして、今の俺が出来ました」
話した。話してしまった。ずっと隠してきたことだった。ずっと隠したいことだった。こんな情けない話。
ああ、嫌われたかな。失望されたかな。結局、俺はこんなちっぽけな人間なんだ。先輩に好かれるような魅力なんて何一つ持っていない空っぽな人間なんだ。
「それに、俺みたいな奴が梨衣先輩と付き合ってしまったら、梨衣先輩に迷惑がかかります。きっと奴らは俺のことをまだ諦めていません。自分たちのためならばなんでもするような奴らですから。だから、俺は大好きだからこそ梨衣先輩とは付き合え……」
……ないとは言えなかった。なぜなら、先輩が俺のことを抱きしめたからだった。
「バカ……バカ……」
先輩はそう言うとともに泣いていた。えっ? 先輩が泣いている? どうして?
「どうして? 梨衣先輩が泣いているんですか?」
俺はあまりのことに驚いてそう返してしまう。
「だって……だってぇ……成未くんは空っぽじゃないもん! ちんけな人間でもないもん!」
俺は先輩の背中に手を回すと、その背中を優しくさすった。
「ありがとうございます、梨衣先輩。俺のために泣いてくれて」
「……うん」
先輩はしばらく泣いていた。俺も先輩が泣き止むまでずっと背中をさすっていた。
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「泣き止みましたか?」
しばらく泣いていた先輩は、落ち着きを取り戻していた。しかし、目は泣きはらしていたので赤いまんまだった。
「すみません。あんな話を聞かせて」
「ううん、むしろやっと君のことが知れたね。やっと君が私の告白を断った理由をちゃんと話してくれたね」
「幻滅しましたか?」
俺の言葉に先輩を首を横に振った。
「全然そんなことないよ。むしろ、もっと君のことが大好きになった」
「俺は今話した通り、なんにもないような人間ですよ。梨衣先輩には釣り合わないようなそんな人間です。だから、俺のことなんて諦めてくださいよ」
「諦めないよ、絶対に。ねぇ、成未くん。君の本心を私に聞かせてほしいな。自分の過去のこととか、私に迷惑がかかるとか、ましてや釣り合う、釣り合わないの話を抜きにした君の本心を」
俺の本心はすでに決まっていた。いや、最初から分かっていたんだ。分かっていたからこそ、先輩を遠ざけようとしたんだ。
「成未くんは私のことが嫌い?」
俺は首を横に振る。
「じゃあ、私と付き合うのは嫌?」
それも首を横に振る。
「それじゃあ、成未くんはどうしたい?」
先輩の声はとても優しく、俺の凝り固まった心に直接届いてほぐしてくれるかのようだった。俺が素直に話せるような魔法をかけてくれているみたいに、先輩の声は優しく温かかった。
「俺は……俺は……」
今までは見えない首輪が付けられ鎖で繋がれている気分だった。今でもそんな気分に陥るときはある。だけど、叶うのであればそんな鎖は引き千切って、本当の意味で自由に生きたい。奴らのことなんて関係なしに生きたい。
「俺は……そんなの関係なしに梨衣先輩とちゃんと付き合って、ちゃんと恋人として一緒に思い出を作っていきたいです」
気が付いたら俺の視界は滲んでいた。泣いているのだと、遅まきながら俺は泣いているという事実に驚いていた。
「やっと言ってくれたね」
泣き止んだはずの先輩も再び泣き出してしまう。だけど、そんな先輩は自分のこともお構いなしに、俺の涙を手で優しく拭ってくれる。
「成未くん、私はあなたのことが大好きです。私と付き合ってください」
三度目の先輩からの告白だった。そして、俺の答えはすでに決まっていた。
「俺も先輩のことが大好きです。だから、俺と付き合ってください」
ダサかったかもしれない。もっとかっこよく告白がしたかったとも思った。だけど、これが俺の本音だった。気持ちだった。
「はい、喜んで」
先輩はそう言って微笑んだ。その先輩の笑顔が、あまりにもかわいくて愛おしかったので、俺はたまらずに気が付いた時には、先輩の唇に自分のそれを重ねていた。
「んっ……」
先輩の口からは甘い吐息が零れて、俺の頭はクラクラと痺れ思考が麻痺しそうだった。
しばらくしてから離れると、俺と先輩の間には銀の橋が架かっていた。先輩はそれも名残惜しそうに舐めとると、俺の胸に頭を預けてきた。
「もう、いきなり激しすぎるよ」
「すっすみません。嫌でしたか?」
先輩は首を横に振った。
「全然嫌じゃないよ。恋人だから許してあげる」
俺と先輩は少しの間、無言でお互いの体温を感じていた。
「ねぇ、成未くん。私との勝負のこと覚えてる?」
胸の中で目を瞑っていた先輩が、そう問いかけてくる。
「もちろん、覚えていますよ。でも、この場合はどうなるんですか? まさか、もうこの時点で俺は下僕!」
「もう! そんなことは言わないよ! 成未くんは正真正銘の私の恋人で、彼氏だよ。あの時は私も必死であんなことを言っちゃっただけなの」
ああ、そうだったんだ。
「それを聞いて安心しましたよ」
「うん。だから、勝負内容は変更。成未くんさっきの子に負けじゃダメだよ。もし負けたら、本当に下僕になってもらうからね」
「分かってます。こんなかわいい彼女を誰にも渡しませんよ。だから、綾人には絶対に負けません。綾人は天才と凡人の差を見せてやるって言われましだけど、こっちだって、凡人の意地を見せてやりますよ」
「うん、私の成未くんなら勝てるよ。それに、うふふ、かわいいだって。成未くんもずいぶん積極的になったよね」
「あっ! いや、これは……」
「別に良いよ。そんなところもかわいいし」
そう言って先輩は、もう一度俺にキスをしてくる。
「成未くん。2時間目もこのままさぼっちゃおうか」
「生徒会長がそれで本当に良いんですか?」
「だから、ここにいるのは生徒会長としてじゃなくて、君の彼女としているんだよ。それに、もう少し大好きな恋人と一緒にいたいと思うのは私のわがままなのかな?」
上目使いでそんなことを言ってくるのは、本当にずるいと思うのですよ。
「そんなの俺も一緒に決まってるじゃないですか」
俺の言葉を聞いて、花が綻びるように笑った先輩に俺は見惚れてしまう。
こうして俺と先輩は晴れて恋人同士になった。この選択が正しかったのはよく分からない。だけど、今はただ目の前の幸せのことだけ考えて生きていこうと思った。
「それと成未くん。これからは先輩呼びも敬語も禁止ね」
「えっ? なんでですか?」
「だって、恋人同士だもん。彼氏にはちゃんと対等に思ってもらいたいもん」
そんなことを言われれば俺に断るという言葉はなかった。
「分かったよ、梨衣」
やっぱ、呼び捨てって緊張するな。
俺がそう思っていると、先輩はというか梨衣はもっと顔を真っ赤に染め上げて照れていた。
「りっ梨衣? やっぱりやめようかこれ?」
俺がそう言うと、梨衣はぶんぶんと首を勢いよく振っていた。
「ううん、大丈夫。ちょっとドキッてしちゃっただけだから。直に慣れると思うからこのままで」
「ならいいだけど」
でも、そんな梨衣もかわいいと思ってしまう俺は、相当梨衣に惚れ込んでいたということだろう。
「これから、改めてよろしく梨衣」
「こちらこそだよ、成未くん」
俺たちは笑い合うと、もう一度だけキスをした。
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