1.心を射抜いた貴方
頬をなでる風は外の陽気を伝えてくる。道端には名も知らない黄色の花が咲き、すぐそばの桜がめいっぱいに桃色の己を広げている。
春。麗らかな日和の下、多くの生徒たちが校舎を行き来していた。その生徒の多くは、まだ着慣れない制服に身を包み、目を輝かせながら近くの者と話している。そう、彼らは新しくこの学校に入ってきた一年生である。この日、授業の終わった放課後の校舎はいつになく騒がしかった。それもそのはず、今日は部活動見学に充てられているからだ。新入生がこれからの生活の一部となる部活動を決める手助けになればと、生徒会と部活動主将連合がとも企画、運営しているイベントである。実のところはただの勧誘なのだが、新入生としてはいろいろ見て回るいい機会であり、在校生としてはまだ決めていない浮遊層をかき集めるチャンスであり、winwinなのでこれと言って揶揄する者はいない。新入生の話し声や、勧誘しようと必死に声を張り上げる生徒の声で溢れかえっている校舎から少し離れたところ。そこでは、校舎での喧噪が嘘のように静かな空間があった。
張る。静謐とは異なる、静かでありながら張りつめた空気がそこには漂っていた。距離を空けるようにして二つの建物がある。一つは盛り上げられた1mほどの砂山を覆うようにして作られているもの。砂山の両脇には数字と○×を表示する掲示板があり、すぐ後ろで人が操作するだけの空間があるが、今は誰もいない。もう一つは横に長い一階建ての家屋といった感じの建物。家屋と違うのは、もう一つの建物に対する面がすべて引き戸になっており、今は完全に開かれているということ。そして一人の生徒が立っているということ。
背丈は160~170cmほど、明るい赤色の髪が短めにまとめられていて、楕円形をした水色のフレームの眼鏡をかけている。上は袖の短い白色の服の上に、黒色の革のようなものを着け、下は真っ黒な袴、足は白足袋をはいている。右手には何らかの動物のものと思われる革でできた手袋のようなもの。指は親指、人差し指、中指の分しかなく、平はさらされていて、覆われているのは甲のみ。長めの革は手首に巻かれており、その上から帯のようなもので巻かれ、結んで固定されているようである。そのような格好の生徒は、体を見学している生徒たちのほうに向け、顔は砂山のほうに向けている。左手は弓を持ち、右手は矢と弦を持ち引き絞っている。そう、彼女は弓をひいているのである。
ここは弓道場、弓道部の活動場所である。部活動見学期間の今はすぐ横の道に新入生と部員が立って見学をしている。新入生は皆息をのんで弓をひく様子を見ている。
矢が頬の横に来てから7秒ほど経った頃、矢が放たれた。矢はほぼまっすぐにとんで据えられている的へと向かった。パァン、と気持ちのいい音が鳴り、部員が声をかけた。的の中心よりやや左上に逸れていたが、気にする者はいなかった。あの生徒の見事な立ち姿に心を奪われていたのである。生徒は弓を下ろし、顔を前へ戻して足を閉じると、そのまま奥の方へ下がっていった。
「今のが射の一連の流れになります。普段の練習では立ったままで数人が並んで行いますが、今回は見学初日ということで特別に座った状態から始める座射を見てもらいました。的を付け直した後、普段通りの練習を始めるので、興味が湧いたという人はこの後の練習も見学してください。」
道場の方へ行く生徒と校舎の方へ戻る生徒に分かれ、道に残っているのは部員だけとなった。わけではなく、一人の生徒が部員に紛れて立っていた。少し呆けたようにして立ち尽くしていた生徒はうわごとのように一言だけ呟いた。
「素敵・・・」