第146話 最悪のタイミング
「あのっ、いきなりこんな事を言われても困ると思うんですけど、稲葉は良い奴なんです!」
十月半ば、天気の良い昼下がりの新宿御苑。
唐突に稲葉の擁護を始めたこいつは永澤厚、大学の同期生で、稲葉とも仲の良い、騒がしい男だ。
「おい、落ち着けって、急に知らない奴からそんな事言われても困るだろ?」
そして、興奮した様子の永澤を隣で宥めている男が武村賢斗、永澤とよくつるんでいるのを見かける、いかにも大学生活を楽しんでいそうな奴だ。
俺自身、一応二人とは大学で交流がない訳でもないが、なぜこうも他人行儀なのかといえば、俺は今女装していて、この姿を稲葉の彼女である朝倉すばるだと認識されてしまっているせいだ。
永澤と武村は話しぶりからして、どうやら現在すばると稲葉がケンカ中とでも思っているようで、どうやらそれを仲裁したいらしい。
ケンカというよりは、しずくちゃんと最近良い感じになってきたにも関わらず、稲葉が恋人のフリをする期間の延長を求めてきたので、俺がごねて距離を取っている状態だ。
とはいっても、女装しない状態では今も普通に話したり一緒に出かけたりしているので、実際は別段稲葉との仲が険悪になっている訳でもない。
正直、話を聞いていると稲葉もしずくちゃんの事はまんざらでもないようなので、さっさとくっついて欲しい。
そして更にまずいのは、現在優奈が俺の横で永澤と俺を交互に見ながら目を白黒させている事だ。
今日は友達とここに来ていたらしいのだが、最悪のタイミングで出くわしてしまった。
優奈は朝倉すばるとのキャンパスライフを夢見て、わざわざランクを落としてまで俺の通う大学を第一志望にしている事もあり、永澤と武村の素性がバレると非常にまずい。
朝倉すばるは俺と稲葉と同じ大学に通っている事になっている。
しかし実際には朝倉すばるなんて生徒はうちの大学には在籍していない。
その事が永澤や武村からバレると、非常に厄介だ。
どっちにしろ優奈の成績だと俺の通う大学には確実に受かるだろうから、その事がバレるのは時間の問題でもあるのだが、だとしても、今こんな形でそれが優奈に伝わるのは一番よろしくないだろう。
永澤達と優奈、どちらか一方だけならまだごまかしもきくだろうが、両方いっぺんにとなると、どうしたものか。
ちなみに今日、デートのつもりでこの公園に一緒に来た中島かすみは、現在この修羅場を前に、目をキラキラ輝かせている。
完全に面白がっている。
どうしろっていうんだコレ……。
今朝までは中島かすみとのデートに胸を躍らされていたというのに、どうしてこうなった。




