第125話 謝らないで下さい……
「すばるさん、気丈に振舞ってるけど、実は精神的にとても参ってて、少し自棄になってるって……」
「え」
震える声でしずくちゃんが言う。
ものは言いようというか、あながち嘘とも言えないし、実際そう見えたかもしれない。
「ごめんなさい、私のせいですよね。普通に考えて私に懐かれること事態ストレスですよね。すばるさんが優しいのに甘えてばかりで、迷惑でしたよね」
目に涙を溜めながらしずくちゃんが俺に謝る。
「しずくちゃんはなにも悪くないよ!? これは私が勝手にやっている事だし、しずくちゃんに好きにしていいって言ったのも私の意志だもの。しずくちゃんは稲葉が好きなだけなのに、どうしてそれで謝るの?」
俺は焦った。
しずくちゃんの涙にもだが、下手するとそのまま大人しく身を引くとか言い出しそうな雰囲気にゾッとした。
「うわああああああああん!! ごめんなさい! すばるさんごめんなさい!!!」
「しずくちゃん!?」
「わっ、私がすばるさんの立場だったら絶対そんな事言えないですぅぅぅ……」
「お、落ち着こう!? 一旦落ち着こう! 稲葉も言ってたけど、しずくちゃんが私になる必要なんて無いんだよ!」
とうとう本格的に泣き出したしずくちゃんを、俺は席を立って慌てて慰める。
以前自分の部屋に引き篭もっていた時とは比べ物にならない深刻さだ。
「でも、それで私、すばるさんの事追い詰めて……!」
「大丈夫だから、謝らなくて良いんだよ。少なくともしずくちゃんのその気持ちは何も悪いものなんかじゃないんだから」
俺は何とかしずくちゃんを落ち着かせようと背中をさする。
「うぅぅぅ……」
直後、しずくちゃんは俺に抱きついてきて、ちょうど胸に顔を埋める形になった。
「っ!? …………よしよし、大丈夫だからね」
俺は突然の事に動揺しつつも、必死で平静を装ってしずくちゃんの背を撫で続けた。
稲葉の方をみれば、中腰になったままオロオロしていた。
これはお前の仕事じゃないのか? とも思ったが、ここで稲葉がしずくちゃんを慰めると、余計にすばるに負い目を感じてしまいそうな気もするので、今回は見逃してやる事にする。
そしてだんだんと冷静になってくるにつれて俺は思った。
あれ、これ堂々と稲葉と別れるチャンスじゃね? と。
しずくちゃんがやっと落ち着いてきた所で、俺は席に戻り、そして口を開いた。
「ねえ、しずくちゃん、試しに稲葉と一ヶ月付き合ってみない?」
「え?」
「は!?」
俺の言葉に、しずくちゃんは理解が追いつかないのかポカンと口を開け、稲葉は驚いたように声を上げた。
「確かに私、疲れていたのかもしれない。なんだか自分でも本当に稲葉が好きなのかわからなくなってきているし……だから、稲葉とは少しの間距離を置きたいの。それで、自分の気持ちをはっきりさせたいの」
一真さんの言葉を引用して、もっともらしい理由を並べ立てる。
「すばる!?」
「あのっ! すばるさんは本当にそれで良いんですか……?」
稲葉の抗議の声を遮って、しずくちゃんが信じられないものを見るような目で俺を見てくる。
「ええ。それでその間に稲葉の気持ちがしずくちゃんに行ってしまったのならそれはそれで仕方のない事だと思うし」
「待ってくれすばる! そんなの……!」
「稲葉、私、もう疲れちゃったの」
なおも食い下がろうとする稲葉の言葉を、今度は俺が遮る。
「…………」
さすがにこの言い分には反論できないらしく、稲葉は黙り込んだ。
「ごめんなさいね、しずくちゃん。今日はありがとう。そういう訳だから、今から一ヶ月は私、稲葉と連絡も取らないし、会わないから」
俺はしずくちゃんにそう告げて席を立つ。
ツバメの巣のスープがなごり惜しかったが、とてもそんな雰囲気ではないので仕方が無い。
「ま、待ってください! 車で送らせますから!」
「うーん、さすがにこの空気で家まで送られるのは遠慮したいかな」
しずくちゃんは慌てたように俺に言うが、今このメンバーで家まで送られるとか、勘弁して欲しい。
「じゃあ今外で待ってる車を使ってください、私から連絡しときますから」
「ありがとう。本当に何から何までごめんね」
「謝らないでください……」
俯きながらか細い声でそう呟くしずくちゃんに、俺は静かに微笑み、その場を後にする。
帰りの車の中で、俺は一人ため息をついた。
可能なら、しずくちゃんに一真さんの事とか聞いてみたかったのだが、それどころではくなってしまったのが悔やまれる。
この際、本人に直接聞いてみたほうが早いかもしれない。




