第122話 なんででしょうね?
中島かすみの家に行った翌日、一真さんがすばるの部屋に尋ねて来た。
「しずく嬢は今度すばるさん達と改めて話がしたいようで、今度食事会をしたいそうですよ」
俺から麦茶を受け取りながら一真さんが言う。
「えぇ、一体何を話せって言うんですか……」
「今後の付き合いについてじゃないですか? ところで、彼とはあの後会ったんですか?」
俺が困惑すれば、事も無げに一真さんは答える。
ついでに稲葉の事を尋ねられ、俺は小さくため息をついた。
「一応……なんかあの後しずくちゃんの家に連れて行かれて、お父さんと面会して、私かしずくちゃんとしか結婚は認めない、みたいな事言われたみたいです」
「あの方は、中々に我の強いお人ですから」
「しずくちゃんのお父さんですしね……」
フォローになってるのかわからないフォローをする一真さんだったが、稲葉の話を聞く限り、しずくちゃんに関してはこの親にしてこの子ありという気がする。
「そういえば、すばるさんは彼といつ頃からの付き合いなんですか?」
「えっと……中学は同じ学校だったんですけど、高校は別の学校に進学して、大学生になってから付き合いだした感じですね」
一真さんの質問に、俺は一瞬詰まったが、しずくちゃんは稲葉の高校時代を知っているので、高校だけ別の学校に進学した事にした。
方々でこの手の嘘をつきすぎているせいで、息をするようにこの手の設定をすらすら答えられる自分に、ちょっとした薄ら寒さを感じる。
「ああ、だからですか」
俺が答えると、一真さんは納得したように頷いた。
「だから?」
「いえ、しずく嬢からは高校時代からの要注意人物を一通り写真付きで説明されたのですが、すばるさんは突然現れて全くのノーマークだったとこぼしていたので」
首を傾げる俺に、一真さんは理由を説明する。
前にしずくちゃんから要注意人物に関しては顔写真つきで説明されていると聞いた辺りからそんな事だろうなとは思っていた。
「中学時代は結構平和だったんですけど、なんというか、大変だったみたいですね。高校時代……」
「一度は落ち着いたらしいですけど、また別の形で彼女達が彼の周りに集まってきている辺り、業が深いですね」
「全くです」
ため息をつきながら一真さんの言葉に同意する。
最も、一宮雨莉、霧華さん、中島かすみ、しずくちゃん、その全員が初めて稲葉と出会ったのは稲葉が高校に入学する前だったので、表面上は平和だったが、既に片鱗はあったのかもしれない。
「ふと思ったんですが、すばるさんは最近仲良くしているアイドルが、実は彼と高校時代浅からぬ関係にあった事は知っているのですか?」
思い出したように一真さんが言う。
やはりそれなりに交友関係も探られているのだろう。
「鰍のことですか? 知ってますよ。二人から話は聞きました。今は稲葉に対して未練もないようなので、普通に仲良くしてます」
「しずく嬢の時もそうでしたが、すばるさんは随分と懐が深いというか、寛容過ぎませんか?」
「そうでしょうか……」
呆れたように一真さんが言う。
確かに関係性だけで見ると、昼ドラもびっくりな泥沼加減だ。
しかし実際の所、外はともかく俺と中島かすみの関係はいたって平和である。
それどころか最近付き合い始めた。とはさすがに言えないが。
「だから疲れてしまうのでは?」
「自分でも、馬鹿だとはわかってるんですけどね……でも、鰍は良い子ですよ?」
不思議そうに尋ねてくる一真さんに、俺は小さく首を横に振って答える。
「僕は、彼女には特に気をつけた方がいいと思いますけどね」
「一真さんは、鰍と会った事あるんですか?」
妙に知ったような口ぶりの一真さんに少しムッと俺は尋ねた。
一真さんと中島かすみに、接点は無かったはずである。
「彼女は学生の頃から熱狂的なファンがついていましたし、アイドルになっていたのは驚きでしたが、妙に納得してしまいましたね」
「えっ」
いつものようにニッコリと笑った一真さんは、しみじみと思い出すように言った。
なぜ、一真さんが中島かすみの学生時代を知っているのか。
「きっと人の心を掴むのがとても上手いのだと思います」
「待ってください、なんで一真さんがそんな事知ってるんですか!?」
「……さて、なんででしょうね?」
その後俺がいくら尋ねても、一真さんはニコニコ笑って適当にごまかすばかりでそれ以上の事は教えてくれなかった。




