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第117話  ……は?

「えっ」

 稲葉の発言にしずくちゃんは面食らったようだったが、俺も驚いた。

 まさかここでそれらしい言い訳をしつつ、しずくちゃんに自分の要求を伝える程の気力がまだ稲葉に残っていたとは。


「オープンに楽しむかどうかは人それぞれだけど、少なくとも、俺は公の場でそういった格好をしたいとは思わないし、この趣味の市民権を得たいとも思ってはいない」

「そ、そうなの……?」


 沈痛な面持ちで語る稲葉に、しずくちゃんも困惑している様子だった。

 しかし、お構い無しに稲葉は言葉を続ける。


「大切なのは、世間体を悪くしない程度のつつしみだ。特殊な趣味だからこそ、その趣味を持つ人間のイメージを悪くするような事はしたくないんだ」


「私は気にしないよっ」

 稲葉が言った直後、しずくちゃんは焦ったように主張するが、稲葉はそれに対して静かに首を横に振った。


「でも、俺は気にするんだ。人の目なんて気にするなって人もいるけど、俺は気にする」

 真っ直ぐしずくちゃんの目を見て稲葉が話す。


 いったい急にどうしたのかとも思ったが、考えてみれば稲葉は拉致られたホテルでコスプレして迫ってきたしずくちゃんを十時間近くかけて説得した経験もある。

 昔からトラブルに見舞われ続けていた事もあり、今のようなここ一番という場面ではそれなりの精神力を発揮するようだ。


「俺はさ、しずくちゃんとはもっと違う話をしたいよ。無理にすばると張り合う必要は無いんだ」

「だけど、お兄ちゃんはそんなすばるさんが好きなんじゃない……!」

 稲葉が諭すように言えば、しずくちゃんは泣きそうな声で食って掛かった。


「でも、しずくちゃんはしずくちゃんじゃないか。しずくちゃんはどうやってもすばるにはなれないし、すばるだってしずくちゃんにはなれないんだ」

 しかし稲葉はひるまず、優しくしずくちゃんに言い聞かせる。


 ……今思ったのだが、俺、この場にいらなくないか?

 先程から黙って二人のやりとりを見ていたが、なんか勝手にいい話風に収まりそうな気配がする。


 今日一日俺もそれなりに気を張っていたが、正直俺がいなくても稲葉は勝手に乗り越えていたような気がする。

 むしろ、この場に俺と一真さんがいない方が色々といい雰囲気になるんじゃないかと思う。


「しずくちゃんは俺に無理してるって言うけど、無理してるのはしずくちゃんだと俺は思う」

「だって、そうでもしないと、お兄ちゃん、いつまでも私を見てくれないもん……」

「しずくちゃん、俺……」


 恐らく何かとても感動的な事を言おうとした稲葉に、テーブルの上にあったお冷をかける。

 その場が静まり返った。


 というか、客もまばらだった店全体の空気が凍ったような気がするが、もうその辺は気にしたら負けだ。

 俺は静かに席から立ち上がる。


「んー、そういうことは私のいない所でやって欲しいかな~。しずくちゃんも今後、稲葉とデートしたい時は、無理に私を誘わなくてもいいから」

 空気が重くならないよう、できるだけ明るく言い放つ。


「……一真さん、どうせ帰る方向も一緒ですし、送ってもらえます?」

「わかりました」


 振り返って隣の席に座っていた一真さんに言えば、俺の荷物も持って一真さんも席から立ち上がった。

 こうなると無茶苦茶店内に居辛いので、さっさと俺は邪魔者一号の俺は、邪魔者二号の一真さんを連れて店を出ることにする。


「それじゃあ稲葉、あんまり女の子を泣かせちゃダメよ」

 にっこりと笑って捨て台詞と支払伝票を残しつつ、颯爽と俺達は喫茶店を後にした。


「それにしても、あの三文芝居はなんです?」

 帰りは車ではないので駅に向かって歩いている途中、一真さんが呆れたように聞いてきた。

 やはり少々わざとらし過ぎたようだ。


「なんか、あの場にあれ以上居るのも馬鹿らしく思えたので、適当に席を立つ口実を作ってみました。一真さんも、あの場から連れ出してあげた私に感謝してくれてもいいんですよ?」


 茶化してやりたくて、おどけたように俺が言えば、一真さんは隠しもせず大きなため息をついた。


「まあ、二人になる機会をもらえたのには感謝してるかもしれません。どうしてすばるさんはしずく嬢に彼を取られるような形で彼と別れようとするんですか?」

「あー、やっぱりバレてましたか」


 駅に向かって歩きながら、さてどう言い訳したものかと考える。

「流石にここまで露骨だと、嫌でも気付きますよ」

 やれやれといった様子で一真さんが肩をすくめる。


 既にバレてしまっているのなら、下手に取り繕うよりは開き直ってしまった方がいい。

 特に一真さん相手にはそう思う。


 しかしそう思った直後、俺は一真さんの言葉に足を止めた。

「別に、彼も受け入れているようですし、性別くらい気にしなくても良いじゃないですか」


「………………は?」

 俺の表情が凍りついたのは言うまでもない。

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