第115話 オススメの映画
一真さんから話を聞いた翌週、デートの日はやってきた。
しずくちゃんも俺達も夏休み中で、あまり曜日は関係ない。
結局、俺と稲葉が都合のいい日に行く事になった。
ちなみに、中島かすみにこの事を電話で話したら、
「超楽しそうにゃん! 鰍もついていって様子を観察したいけど、その日は仕事があるから、そのデートが終ったら詳しく教えて欲しいにゃん!」
と、かなり興味津々に食いついてきた。
彼女と会う口実を得た事を喜ぶべきか、稲葉の言った通り、中島かすみは俺がトラブルに巻き込まれる事に対して、むしろ積極的な気さえする所に不安を感じれば良いのか。
デート当日、俺は例の如くすばるの住むマンションに迎えに来たしずくちゃんの家のリムジンに乗り込んだ。
既に車内には稲葉としずくちゃんがいたが、前回と違うのは須田さんの代わりに一真さんが俺の隣にいる事だろう。
車内では前回同様、しずくちゃんと稲葉が隣同士で座り、稲葉の向かいに俺が座った。
席に座って気付いたのだが、稲葉としずくちゃんの会話が随分と弾んでいるようだ。
デートの日程が決まった直後、須田さんに最近しずくちゃんがはまっているらしい漫画やアニメなどを聞いて、それを稲葉に教え、今日までにしっかりと予習させた事が功をそうしたらしい。
よしよし、まずはしずくちゃん個人の趣味に合わせた話題で盛り上がる事には成功したようだ。
俺が思わず満足して頷くと、隣から一真さんが不思議そうに尋ねてきた。
「随分と嬉しそうですね」
「えっ、そう見えますか?」
「ええ、とっても」
俺はどうごまかしたものかと焦ったが、一真さんはそれ以上は何も聞いてこなかった。
「今日の服は可愛らしいですね」
代わりに今日の服装を褒められたが、一真さんは普段の俺の服装も知っているので、コレは褒めてるのか遠まわしに普段の格好を揶揄されているのか、判断に困る所ではある。
今日の俺の格好は、白いノースリーブのフリルのついたブラウスに、膝丈のふんわりしたスカートを合わせている。
夏場で涼しげな格好だが、頭はウィッグなので、外に出ると非常に蒸れる。
いっそのこと地毛で女装したいと、ちょっと本気で思い出している自分がいる事が恐ろしい。
「今日はどこに行く予定なんですか?」
「まず映画を観に行って、その後食事をして、ショッピングだと聞いてます」
「そうですか……あの、一真さん、ちょっと」
今日の予定を一真さんに尋ねた後、俺は少し考えて、一真さんを呼び寄せ、声を潜めた。
「稲葉の株を下げようとする嫌がらせって、具体的に何をする予定なんですか?」
俺と稲葉は今日まで色々と頭をひねってはみたが、結局今日のデートで稲葉の株を下げたい人達が何をしてくるのかはわからずにいた。
気をつけるといっても、何が起こるかわからない以上、どうしようもない部分はある。
「さあ、僕もそこまではわかりませんが、今日の予定は全てあちら側にも伝えられていますし、僕らは車で送迎される訳ですから、行動は全て握られていると考えて良いでしょう」
一真さんは俺の真似をしてこそっと俺に耳打ちをしてきたが、どうやら一真さんも何が起こるのかはわからないらしい。
しかし、どこに行って何をするかも筒抜けという状態は、確かに恐い。
恐らく、今日のデートは常に周囲から見張られていると考えた方が良いだろう。
周りに人の気配が無くても、この前のように盗撮されている可能性もある。
行動には十分気をつけた方が良さそうだ。
考えながら、ちらりと正面に座っている稲葉を見れば、しずくちゃんとは結構良さげな雰囲気だった。
二人には、このままうまく行ってほしい所である。
切実に。
映画を観に行くというので、俺は普通の映画館を想像していたのだが、俺達が連れて行かれたのは、とあるビルの中にある小さな劇場だった。
部屋は普通の劇場よりかなり狭く、席数もかなり少ない。
俺は小さくため息をついて、何とか今日を円満に乗り切れるよう祈った。
ただ、シートは随分とゆったりしていて、内装もシンプルだが明らかに上質な物だとわかる。
ここは、いわゆる貸切専用のプライベートシアターらしい。
上映する物もこちらで好きに選べるらしく、しずくちゃんが上映する映画を選べるタブレット端末を取り出した。
しずくちゃんが持つそのタブレット端末を横から覗いた時、俺は戦慄した。
トップページに表示される映画が、ことごとくハードな内容の百合アニメだったからだ。
多分、この作品全部にR-18指定が入っているはずだ。
なのに、どれも年齢指定の表示が消されている上に、サムネイルの画像も一件健全そうなものばかりだ。
以前、中島かすみと一緒に稲葉に百合物のアニメを勉強させようと調べたから俺はわかったが、当の稲葉は早々に音を上げてしまったので、それに気付いているかはわからない。
シアター内に俺達以外に人気はないが、多分今の俺達の様子も絶対監視されているので、それらの作品を選んでしまうと確実にアウトだ。
「稲葉お兄ちゃんのオススメの映画、観たいな」
ニコニコとしずくちゃんが稲葉にタブレット端末を渡しながら言うが、このラインナップでその発言とか、確実に誰かから入れ知恵されている気がする。
稲葉に何とかこの事を伝えたいが、席順が一真さん、俺、しずくちゃん、稲葉となっているため、こっそり耳打ちする事もできない。
「うーん……すばると一真さんは何か見たいのあります?」
当の稲葉はしばらく端末をいじりながらこちらに声をかけてくる。
どうせなら端末ごとこっちへよこせよこの野郎と心の中で悪態をついていると、一真さんは特に見たいものは無いので好きに選んでくれていいと俺の後ろで言う。
「何が観られるの?」
稲葉の方に手を伸ばして端末を寄こせと催促すれば、稲葉の方に伸ばした腕をしずくちゃんに掴まれた。
「何でも観られますよ! それこそ過去の名作から最新の映画まで!」
力強い笑顔でしずくちゃんが言う。
どうやらしずくちゃんは稲葉に映画を選ばせたいらしい。




