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第113話 マジかよ!

 既に嫌な予感しかしない一真さんの言葉に、俺は内心げんなりしつつ、さっさと話を聞いてしまう事にした。

 こちらは大丈夫なので、すぐ来てくれと伝えれば、一分もしないうちに玄関の呼び鈴が鳴った。


 すぐ隣に住んでいると、こういう所は便利かもしれない。

 早速一真さんを迎え入れ、キッチンで麦茶の用意をしていると、なにやら背後から視線を感じた。


 リビングの椅子に腰掛けている一真さんの方を振り向けば、ちょうど目が合ってニッコリと微笑まれた。

「どうかしましたか?」

 麦茶とグラスをテーブルまで持って行き、グラスに麦茶を注ぎながら一真さんに尋ねる。


「いえ、相変わらず、仕事やデート等に出かける時とは随分雰囲気が違うな、と思いまして」

 一真さんが俺からお茶を受け取りながら答える。


 今の俺の格好は、実家に行って帰ってきてからそのままなので、男物のTシャツにジーパン、日焼け止めを塗ってはいるけれど顔はすっぴん、髪も最近伸びてきて邪魔になってきたのを後ろで一つに結んでいる。


 一応肌には気を使っているので、ぱっと見性別には迷うかもしれない。

 まあ、冴えないチビな男か、地味で目つきの悪い女かの二択なのだが。


「だって、普段はこの方が楽なんですもん」

 俺はため息交じりに答える。


 実生活が朝倉すばるに侵食されて久しいが、あくまで俺は俺なので、完全に朝倉すばるとして生きようとは思わない。

 たまに趣味で着替える位でちょうどいいのだ。


「その割には、誰かと出かける時は随分と気合入ってますよね」

「それは、ハレの日とケの日、というやつです」


 正直、女装して可愛い服を着て出かけるのは楽しい。

 だが、流石に普段からそんな格好をする気は無い。

 単純にめんどくさい。


 俺は可愛い女の子が好きで、それを自分で再現してはニヤニヤするアレな趣味の持ち主ではあるが、常にそうしたいとは思わない。


 《《たまに》》だからいいのだ。

 そうでないと、本当に元の自分を忘れてしまいそうで怖い。


「……疲れませんか?」

 対して一真さんは、何か哀れむような目で俺に尋ねてくるが、そうは言っても、もはや俺の意思だけでは女装をやめられない所まできてしまっているので、どうしようもない。


「疲れないためのメリハリですよ。それより、そろそろ本題に入ってください」

 話をさっさと切り上げると、俺は一真さんに早く今日来た目的の話をするよう催促した。


「そうですね。まず、近々しずく嬢が彼と出かけたいようなので、すばるさんの予定を聞いてくると思います」

「どうして、しずくちゃんが稲葉と出かけるのに、私の予定を聞いてくるんですか?」


 俺は首を傾げた。

 なぜ、しずくちゃんと稲葉のデートに俺が同伴する事になっているのだろうか。


「しずく嬢なりに筋を通したいのでしょう。すばるさんと友好的な関係を望むのであれば、無断ですばるさんの彼氏を誘うのは、はばかられますからね」

 一真さんは困ったように笑う。


「そんなの、事前に言ってくれれば別に構わないのに」

 というか、そんな事気にせず、さっさと稲葉を落として欲しい。


「……すばるさんならそう言うとは思いましたよ。ただ、これはしずく嬢の矜持きょうじの問題でもありますから、ここは一つ彼女を立ててあげてください」

 肩をすくめて一真さんが言う。


 しかし、デートに俺も同伴するとなると、中々いい雰囲気にもなり辛いのではないかと思われる。

 当日、何とか適当に理由をつけて途中で席を外したり、できないものだろうか。


「それは良いですけど、話はそれで終わりですか?」

「いえ、ここからが本題です。実は、今度のデートで、彼の噂を聞いて心配したしずく嬢の父親の部下が、秘密裏に彼がどんな人物なのか様子を見に来るそうです」


 さらっと一真さんがとんでもない情報を投下してきた。

「なんで秘密裏なのに、一真さんが知っているんですか」

「秘密なのは、しずく嬢に対してなので、他の人間は皆知っています」


 つまり、娘が夢中になっている男の事を探りに来るという訳だ。

 多分、今までは子供の頃に会った稲葉の情報だけだったので特に問題は感じていなかった。

 ところが、俺達がしずくちゃんをあざむくために付いた嘘の特殊性癖のせいで、急に心配になった、という所だろう。


 俺が父親でも心配する。


 しかし、ここで父親から反対されると、本当に稲葉に相手がいなくなってしまうので、それはなんとしても避けたい。


 特に最近、美咲さんが結婚するということになってから、事務所では次はすばると稲葉かという空気になっているので、なんとしても早急に稲葉にはしずくちゃんとくっついてもらわなくてはならない。


「つまり、今度のデートにはしずくちゃんのお父さんの監視が付いている、ということですか」

「はい。それと、これは言おうが迷ったのですが、現在、彼の評判は一部の使用人の間でとても悪いんですよ」

 どうしたものかと思いながら話を聞いていると、更に不穏な話を一真さんがしだした。


「……どういうことですか?」

「主に今年のバレンタインデーの一件から始まり、彼の特殊な趣味について、思う所ある人間も少なくないようで。今度のデートで彼の株を下げて、父親に交際を反対させようと考えているみたいなんです」


 マジかよ!

 クラクラとめまいを覚えた。


 確かに、バレンタインのディナーでいきなりハードでコアな内容の18禁百合アニメを上映したり、しずくちゃんにその手の作品のコスプレをさせたりという事を考えると、妥当な判断だとは思う。


 しかし待ってくれ。

 アレは不可抗力であり、悲しい事故だったのだと、俺は声を大にして彼等に言いたい。

 言える訳がないけれど。


「すばるさんとしては彼がしずく嬢の父親に嫌われた方が都合が良いでしょうが……」

「良くありません!」

 思わず俺は席から立ち上がった。


 実際、全く良くない。

 コレでしずくちゃんに引き下がられたりしたら、俺は一体いつ、あのとんでもないトラブル体質である稲葉の彼女をやめられるというのか。


「…………良くないんですか?」

 一真さんは目を丸くした後、不思議そうに小首を傾げた。


「ど、どんな理由であれ、目の前で彼氏がおとしめられて、いい気分になんてなれません」

 とにかく、ここはなんとか理由をつけてその計画をやめさせる方向に持っていかなくては。


「でも、逆に彼がしずく嬢の父親から気に入られてしまうと、すばるさんは困るのでは?」

「だとしても、周りから寄ってたかって稲葉の人格を否定されるよりはマシです」


 一真さんがなおも不思議そうに聞いてくるが、知ったことではない。

 こっちはもうズルズルと一年近く彼女のフリをさせられているのだ。


 せっかく俺にも彼女ができたというのに、これ以上延長されたらたまったものではない。


「……そうですか」

「と、とにかく! 私は、その稲葉の株を下げようとかいう作戦には反対ですからね!」


 俺が一真さんに詰め寄るように言えば、一真さんはわかったと小さく頷いて、俺に再び椅子に座るよう促した。


「まあ、僕としてもそっちの方が嬉しいので、とりあえず、その作戦の立案者には、すばるさんは反対していると伝えておきますね」


  一真さんとしても、ここで稲葉としずくちゃんの関係が完全に切れて職を失うよりは、稲葉がしずくちゃんの父親に気に入られた方が都合が良いのだろう。

 しかし、そこで俺は首を傾げた。


「なんで、私の意見を伝える必要があるんですか?」

「彼と違って、すばるさんは使用人の間でもやたらと評判が良いので、すばるさんがそう言っているのなら何人かは降りるかと思いまして」


 肩をすくめて、やれやれといった様子で一真さんは言う。

 しずくちゃんサイドでの予想外なすばるの人気には少し驚いたが、まあ、すばるは俺の理想を詰め込んだ存在なので、その理想に合わせた振る舞いを常にしていた結果かもしれない。


「……まあ、それで計画が頓挫してくれるのであれば、私から特に言う事は無いです」

「そこまでできるかはわかりませんが」


 希望を込めて言ってみれば、一真さんに苦笑された。

 とりあえず、当日はそれなりに稲葉のフォローに回る事になるだろう。


「それにしても、すばるさんは本当に彼の事が好きなんですね」

「まあ、そうなんでしょうね」


 どこか感心したような様子で言う一真さんに、俺はため息交じりで答えた。

 早く彼女のフリを終らせるためにも、稲葉としずくちゃんには早くくっついてもらいたいものである。

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