イタチネットワーク
初めて投稿します。
楽しんで読んでいただけると幸いです。
その愛くるしい小さな姿とは裏腹に、獰猛な動物イタチ。しかも古来から妖怪視され、さまざまな怪異を起こすとも言われているイタチではあるが、身体の小さな彼らは、彼らなりに一生懸命だったりするものだ。
「はい、イタチネットワークです。」
「Cゲレンデに人間が入り込んでいる。一人は滑り去ったけれど、もうひとり女性の方は、転んで動かない模様。救助を要請する。」
「了解。・・・Cゲレンデの人間救助に、イタチへ組、おこじょイ組出動!」
イタチへ組とおこじょイ組のメンバーがCゲレンデにただちに向かった。Cゲレンデと言えば、この時間は閉鎖されているはずである。夜間はナイター設備のあるAとBゲレンデしか営業していない。Cゲレンデは真っ暗なはずだ。
案の定、Cゲレンデは音楽もなくひっそりと真っ暗なゲレンデが静かにヒンヤリと横たわっていた。イタチたちはするすると雪の上を走りながら、人間の姿を探した。女性が転んで動かないというのだ。スキー場は昼間でも勿論寒いが、夜の寒さは昼間のそれとは比べ物にならない。空中に霧を噴射するだけで雪になって落ちてくるくらいは寒いのだ。そんなところに、人間が転がっていたら凍死してしまう。
「いないな。」
「いないな。」
「あっちか?」
「行ってみるか。」
イタチとおこじょはDゲレンデへ続く細い林道へ入って行った。そこも昼間はスキーヤーが滑って行く道である。道幅は狭く片側は斜面が落ち込んでいる。木々が生えているのもあってとても暗かった。
「いたぞ!」
林道の左側は、斜面に人が落ちないようにロープが張ってはあるものの、足首くらいの高さしかない。人間はどうやらそこから落ちたらしい。
そのロープにスキー板の先端をひっかけた状態で、頭を斜面の下側に向けて転がっていた。まあ、どうやったらそんな転び方ができるのか。
おこじょが人間の言葉で声をかけた。
「おーい。」
人間はちょっと動いたようだった。よかった、死んでない。死んでたらここで頂いてしまうところだ。うそうそ、食べないよ?人間はその図体のわりに食べるところがあんまりないんだから。いや、そういうことじゃなくて、イタチネットワークは人間を守るために、ひいては森を守るためにあるのだ。人間を食べたりなんてしないって。本当に。
「おーい。」
おこじょがもう一度声をかけると、その人間は弱々しい声で応えた。
「ひろしくん・・・」
ひろし。
ひろし?お前、ひろし?
「俺ひろしじゃない。」
「俺もひろしじゃない。」
イタチもおこじょも困った。ひろしに助けを求められても、イタチとおこじょにはひろしはいないのだ。
「しょうがない、ひろしを探すか。」
イタチは大急ぎでDゲレンデまで走って行った。
「ひろしさーん!彼女が大変だよー!ひろしさーん!」
探しに行ったイタチは何も持たずに帰ってきた。ひろしはなかったらしい。
「おい、ひろしはいないから、お前なんとか自力で起きるんだ。」
「ひろしくん・・・」
人間はひろしが戻ってくると思っていたのだろう。でも、ひろしは来なかった。
「良いから起きろ。手伝ってやるから。」
「うん。」
人間は泣いていた。ひろしが来なくて悲しくなったのだろう。
それにしたって、ひろしはひどいやつだ。わざわざ寒い夜に、営業していないゲレンデに人間を連れてきて、置き去りにするなんて。
「よしよし、頑張れ。押すぞ、せーの!」
身体の大きなテンが人間の頭を持ち上げ、他のイタチで肩と背中を支えた。仰向けになっていては起きられないので、一度横向きにゴロンと転がした。
「はぁ、はぁ、大丈夫か!」
イタチたちには大作業だ。でも、おかげで人間は無事立ち上がり、林道に戻ることができた。
「あの、ありがとうございました。」
人間は立ち上がると足元を見た。でも、彼女にはイタチたちの姿は見えなかった。小さな生き物がたくさんいるのは分かったが、それが何だか分からなかった。でも、人間は怯えはしなかった。自分を助けてくれた存在が分かったのだろう。
「良かったな、お前。いいか、よく耳をすませ。」イタチのリーダーが人間に言った。「あっちから音楽が聞こえるだろ。あっちに行くんだぞ。きた方に戻るんだ。ちょっと登りになるけど、ハの字でもカニ歩きでもなんでも歩いて登って行くんだぞ。」
「はい、わかりました。ありがとうございました。」
人間は足元の小さな動物たちに礼を言うと、言われた通りゆるやかな坂道を登って戻って行った。
あっちに行けば、すぐにCゲレンデに着く。そのまま横切ればナイター営業をしている明るいBゲレンデにたどり着くはずだ。これで安心だ。
そうは思っても、おこじょたちは彼女がちゃんとBゲレンデに出られるまで、足音をさせずについて行った。
「もう、ひろしにかかわっちゃダメだぞー!」
最後にイタチのリーダーが叫ぶと、人間は小さく頷いた。
もうこれで大丈夫だろう。イタチリーダーはみんなを持ち場に戻した。
さまざまな怪異を起こすとは言われたものだが、イタチたちは懸命に森を守っているのは確かだ。こうして今日も森の平和は守られたのだった。