始まりの朝
小鳥が可愛らしくさえずり、爽やかな風が広間を吹き抜ける。
「なんていい朝なんだ」
高い天井に大きな窓。今はそれを全て開け放してあり、そこから風が入ってくるのだろう。
広間の真ん中には大きな卓が置かれ、その上に次々と料理が運ばれてくる。焼きたてのパン。食欲をそそる生姜のスープの匂い。今朝の朝餉は西国風であるようだ。
「うん、今日という素晴らしい日にふさわしい朝だ!そう思うだろう?」
にこにこと微笑みながら周りで給仕している侍女に話しかけるのは、なんとも華やかな風貌の男。
上座に堂々と座っていることから察するに、この男が主なのだろう。
他にこの広間にいるのは、細々と世話をする侍女たち数人と、男の後ろに控えるガタイの良い男のみである。
「さて、私の可愛い姫はまだ起きてこないのかな?」
男がそわそわと広間の扉を見ると、ちょうどよく扉がスッと開いて、背の高い青年がひとりノロノロと入ってきた。
「遅ればせながら、可愛い息子なら現れましたよ。おはようございます、父上。…ふぁ〜あ」
「おはよう、リューク。そんな大きな欠伸をして…シャキッとしないか」
リュークと呼ばれた青年は眠そうに目をこすりながら、卓についた。侍女がすかさず朝餉の準備をしていく。
今にもその場で眠ってしまいそうな様子の息子を見て眉をひそめながらも、そんな息子を見る眼差しは優しかった。
「だがお前が姫より早く起きてくるなんて珍しいな」
「……昨晩ほとんど眠れなくて」
「これはまたさらに珍しい。いつもはあんなに寝つきがいいじゃないか。なんだ、柄にもなく緊張したか?」
今日の正午から行われる式典は、男にとっても息子や娘にとっても、大切な規模の大きいものである。緊張して眠れなくてもおかしくない。
おかしくないのだが、まさか何事に対しても感情を動かさないこの息子が。
意外と可愛いところもあるのだな、と男は口元を手で隠しながらニマニマとした。
リュークはそんな父の心の声を感じたのか、ため息をついた。
「違いますよ。緊張したんじゃなくて、何だか…胸騒ぎがしたんです。なにか悪いことが起こるような…そんな嫌な胸騒ぎです」
それで一睡も出来なくて、とリュークはスープへ手を伸ばしながら話した。
そして次にパンを口に運びながら、あ!と思い出したように父を見た。
「そういえば寝る前、アリアも何か調子が悪そうでーーーー」
「な、なんだとおおおお!!」
男は息子の言葉に目の色を変えて叫ぶと、椅子を蹴倒して立ち上がった。そして慌てて扉へ向かおうとする。
その様子を朝餉を食べながら横目に見ていたリュークが、父の背中に声をかけた。
「父上、どこへ?」
「どこって!アリアの部屋へーーー」
「年頃の娘の部屋へ?押しかけるんですか?寝起きで支度も済んでないかもしれないのに?」
その言葉にハッとしたように男は立ち止まり、切なそうな視線を息子に向けた。その可能性に今気づいたようだ。リュークはぱくぱくと食べ続けながら、さらに言葉を連ねる。
「父上からしたらまだ十六の子供なのかもしれませんが、世間では結婚して子供を産んでいてもおかしくない年齢ですよ。あんまりベタベタ世話ばかりやいていては逆効果です」
娘大好きの男にとって耳を塞ぎたくなるような酷いことを、躊躇いなく言いながらリュークは満足したように箸を置いた。
「娘離れ始めないと嫌がられますよ」
そしてトドメの一言。リュークは涼しい顔をして、食後の茶をすすっている。反対に、男は見るからに泣きそうな顔をして、すっかりうなだれてしまった。
周りで見ていた侍女たちは、お可哀想に…と思いながらもリュークの意見に心の中で賛成した。
「ほら、父上。座ってください。倒した椅子を起こして。ここで待っていればそのうちアリアも来ますよ」
「あ、ああ……そうだな…」
ゆっくりと席に戻り、自分で椅子を戻して、男は頭を抱えながら腰を下ろした。娘が心配でたまらなくてすぐにでも駆けつけたいけど、でも嫌われたくはないという葛藤だろうか。
そんな父の様子にリュークは珍しくふっと笑った。落ち込み中の父は気づかなかったが、たまたまその微笑みを目にしてしまった侍女たちは皆、思わず頬を染めた。
(美しいですわ……)
「そういえば父上、兄上が戻られる時間なんですがーーーううっ!!」
突然の激しい頭痛を感じるとともに、響き渡ったすさまじい悲鳴。リュークは思わず耳を塞ぐ。
だが悲鳴は変わらず聞こえ続ける。
(これは………僕の頭に、直接、響いているのか……アリア!!)
リュークは転げるように走り出し、広間を出て行く。
「お、おい!リューク!どうしたんだ!?」
ただならぬ息子の様子に男も慌てて後を追った。