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short stories

雪がつなぐ夏と秋

作者: 灰色

窓の内側にいつもいる女の子を見るために、俺はまた定位置に飛び移る。

彼女はまた、ベッドで半身を起こし本を読んでいた。

ずっと外に出ていない彼女の肌は白く、細い身体に沿うように流れる髪は苦いほうのチョコレートのような色をしている。


俺はいつもここにいるのに、彼女がこちらに気づいたことは無かった。

俺はいつもここにいるのに、彼女が誰かに笑顔を見せたことは無かった。


この家に出入りする人々の話を盗み聞くと、彼女は元々病弱ででもいつもベッドにいたわけではなかったらしい。

彼女が最も信頼を置いていた兄が亡くなってから、ずっとああしているのだそうだ。

今日も相変わらずか、そう溜息をついたときだった。彼女の兄を名乗る男に出会ったのは。


「君は、いつもアキを見てるんだね」


突然かけられた声に驚いてバランスを崩した俺に、慌てて支えようとしたのか伸ばされた手は、俺の身体をすり抜けていた。

ハッとしたように男は手を引っ込める。


「ごめんごめん、聞こえちゃうと思わなかったから。

 君は僕が見えるんだね」


姿勢を起こして見上げた彼の身体は、向こう側が透けて見えていて。

“ああ、この人は幽霊なんだな”そういう存在をよく目にしてきた俺は、すぐにそうと分かった。


「僕はあの子、アキって言うんだけどね、その兄のナツ。

 探し物が見つかったから、アキに渡したくてついこの間この町に戻ってきたところなんだけど…

 …アキ、ずっとああしてるのかい?」


うなずく。


「この窓の鍵が開いてれば、君にちょっと開けてもらって入れられるんだけどな、しっかり閉まってるみたいだ。

 物に触るの、コツがいるんだよ」


なんとなく寂しいような表情のナツの手のひらには、小さな木の箱が載っていた。

それが、探し物だったのだろう。それをアキに渡したい、と。

さて、どうするか。まあいい、この男なら知られたところで損はないかな。


「…一つ提案があるんだが、聞くか?」


予想通り、ナツはぽかんとしている。放っておいて続きを話そう。


「その箱に何とかして紐をつけてくれ。そうしたら、渡してきてやる。

 手紙でも入れておけばいいんじゃないか?」


「そ、それなら、お願いしようかな。ちょっと待ってて」


ナツの作業を待つ間に、アキと言う名らしい彼女は三回ほどページをめくっていた。

しばらくしてナツが差し出した小箱の紐を咥え、窓を軽く叩く。


アキが顔を上げた。


訝るような表情で窓を見上げる彼女。もう一度窓を叩いた。

そっとベッドを降りた彼女が窓を開けると同時に、中へ滑り込む。


「わっ…猫?」


窓の下にあった棚に乗った俺は、箱を置いてアキにそっと押し出し、一声鳴いた。


「くれるの?」


おそるおそる、といった風で、彼女が箱を取り上げてそっと開く。

中から、優しいメロディが流れ出した。


「お兄ちゃんがよく歌ってくれた曲だ…

 …何か入ってる」


こちらからは中身は読めないが、きっとそれはナツからアキに宛てた手紙。

読み進めるうち、アキの表情が和らいでいく。


「…ありがと、黒猫さん」


用事は終わったとひょいと尻尾を揺らして、俺は開かれたままの窓から再び外へ出る。

一度振り返ると、アキは微笑(わら)っていた。

俺が初めて見たアキの笑顔は、秋の空のように澄んで綺麗だった。




屋根の上に行くと、少し嬉しげな顔をしたナツがいて。

座って空を眺めながら彼は言った。


「ありがとう、僕の代わりに渡してくれて。

 …まさか、猫からいい提案がもらえるとは思わなかったよ。話せるんだね」


「ああ。ついでにな…」


ナツが一つ瞬きをする間に、猫は人に姿を変えていた。

青銀の、先ほどまでそこにいた猫と同じ瞳を持った黒髪の青年に。


「ついでに、人にもなれる」

「…」


あきれたような溜息をついて、ナツは軽く笑った。


「…君は、名前はなんていうの?」


「俺は…えぇっと。

 ずっと昔はあったんだが、忘れちまったよ」


「そう…

 じゃあ、ちょうど降ってきたし“六花(りっか)”からとって“|六リク”。どうかな?」


「六花って何だ?」


「雪の別名だよ」


思わず彼に向き直って問い返すと、ナツは空を見上げたまま即答する。

確かに、雪が降ってきていた。


「…リク、か。

 …そういえば、ナツは手紙にはなんて書いたんだ?」


ちょっと照れくさそうにナツは答える。


「…“僕はここにいるから、見てるからな。

 いい子にしてるんだぞ、アキ”って」


「さすが兄ちゃん」


「いやいや、なんか照れるなぁ…」



深々と降る雪はきっと、まだ開けたままだろうアキの部屋の窓からも見えるだろう。

聞こえてくるオルゴールの音に耳を傾けながら、俺はそう思った。



いつかアキにも、ナツの姿が見えるようになればいいな。

降り落ちる雪に、人知れず猫の青年は願いを込めた。

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