表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

『ダークライト』:2


 寝れなかったな。

 慶一の胃がグルルと鳴った。

 なんか、色々と考えることが多過ぎたし、一つも上手くまとまらなかった。


 恐怖感は半端なく、昨日から睡眠機能が壊れかけ。

 今日一緒に行く予定だったライブも、本当はキャンセルしたい。

 身体の関節部分がいつもより軋んでる気がする。

 α波が出てるとリラックスするらしいが、多分0に近いんじゃないか。

(しんどいなー……)

 頭がぼぉっとしてる。

 静かに揺れる空気は、夜になりそうでなっていない時間帯によって冷たくなっている。

 慎吾はまだ来ていない。

 よく分からないが、『単独』じゃなくて『対バン』だから、お目当てのlazy antの出番が曖昧らしい。そのことが、集合場所に遅れる理由になるってことを慶一は判断出来ない。

 現在、コンビニ前。

 大学からそんなに離れてなくて、ラーメン屋は目の前。

 なんか慎吾は、

「ちょっと用意しなくちゃいけないから、門の近くで待ってて」

 と言って、にこやかに自分の家に帰っていった。

 原付きで大学に来てたし、歩いてもちょっとの距離だから早く来るだろう、って思ってたけど、もう三十分くらい待ってる。

 遅いなぁ、と思いながらも、待っていること自体はそんなに嫌いでもない。

 パックの紅茶と、冷えたメロンパンを食べながら、遠くを見たり、近くを見つめたりする。

 煙草は吸えないから、お金はそんなに使ってない。

 地味に暇を潰していると、……ん?ギターケースを担いだ慎吾が現れた。

「あーすまん、慶一。家の鍵がどこにあるのか探しててな。まさかテレビの後ろにあるとは思わなんだ」

「いや、それは良いけど……。何、そのギター?」

 黒いパサパサはためくギターケースは、慎吾の肩でガッチリと固められている。まるで高性能なランドセルみたいに、動いても揺れとかは無さそうな感じだった。

「あぁ、今日はちょっとライブ後にスタジオに行く予定なんだよ。」

「ライブって、lazy antの?」

「そうそう。だから、終わったあとに、ちょっと時間掛かっけど良いか?」

 良いか?、って言われても、わざわざギター持ってきてるんだから、ダメって言えないだろ。

 ……なんて言わない。もう慣れた。

「ありがとな。じゃあそろそろ行くか」

 慎吾はニッ、と笑って、ガサガサと歩きだす。

 歩きだす?

「え?歩きなのか?」

「あぁ。近いからバスで行くと勿体ないだろ?」




 確かに近かった。

 近いから良いってわけじゃないけど、こんな場所が近くにあるなんて思わなかった。

 繁華街通りの裏の裏。

 一人で通ったら、カツアゲされそうなぐらいのアングラ度。

 有刺鉄線に、蛇口の握り部分が転がっている。

 設定温度が二、三度ぐらい下がってる気がするのは、光が入らないせいなのか、単なる気のせいなのか。

 明らかに危ない。

 人が何故か居ない。カラスが似合いそうだったが、カラスも居なかった。

 水漏れしてそうなプラスチックなパイプと、何かが焦げ付いた臭いも、変な緊張感を漂わせている。

 慎吾はいつものニヤニヤの笑顔で、慶一はさっきから辺りを警戒していた。

 さりげなく慎吾の後ろについていく。風が裾の先を抜けて、ヒュッと音がして、慶一の身体が震えた。

「こ、ここは大丈夫なのか?」

 暗さと、汚さの作用で声が上ずってしまった。

「大丈夫って何が?」

「いや……、明らかに人とか死んでそうな雰囲気だぞ」

 慶一がそう言うと、慎吾はハハッと笑う。

「そんなビビんなって。日本は不景気だけど、平和なんだから」

「……フォローになってない」

 空気が悪すぎる。ヘルズキッチンの中心なんて行ったことないけど、良い予行練習が出来そう。

「ビビり過ぎだって。たしかにここらへんは治安悪そうだけど、見せ掛けだけだから。誰も無意味に絡んできたりしねぇよ」

「……」

 今度はフォローになってたので、慶一は何も言えなかった。

 確かにビビり過ぎだったのかもしれない。想像での凜の兄貴が、さっきから頭の中でちらついているからかもしれないが。

 段々と暗闇へ。

 明かりが薄くなり、空気も更に引き締まっていく。

 この通りに入って十分。

 さすがに目は闇に慣れてきた。

 だから、曲がり角の先にあった明かりに眩んでしまったのかもしれない。普段なら気にも留めないぐらいの明るさなのに、暗闇の中心にあるそれは、不自然で、不気味だった。

 それはドアから漏れる光だった。

 デパートの非常口ドア。

 学校の屋上ドア。

 そんなイメージの白いパイプドアから、光の筋が地面に伸びていた。

 その入口頭上三メートルに、『ホタル』って看板が飾ってある。

 名前の由来は何となく分かる気がするが。

「ここか?」

「おぅ」

 慎吾の足と持っていたギターケースが止まる。慎吾の身体から出ている雰囲気が少し変わった。

「ここは三年前くらいからあってな。一見さんはお断りで、友達の誘いとか、オーナーの人に気に入られないと来れないんだよ。だから取材とか、事務所のスカウト的な人は入れないから、ここでどう頑張っても、メジャーデビューなんて出来ねぇのよ」

 慎吾はしみじみと言う。慶一がふと、慎吾のその横顔を見ると、何故か笑顔が消えていた。

 なんか哀しそうな、興味がなさそうな感じ。

「だから、プロ並の実力があっても、CDとか出してない奴とかいるから、結構凄い奴がゴロゴロと居るんだってこと」

「へぇ……」

 看板のペンキの欠け具合なんかが少し気になったが、ドアから漏れる眩しい光と、横のコンクリート壁にスプレーで書かれた数々のバンドの名前が、“穴場”って雰囲気を造っている。

 その名前の中には、誰もが知っていそうなバンドの名前もあった。

「あぁ、なるほど。ここで力をつけて、オーディションを受けたりするんだな。登竜門的な場所なんだな、ここは」

 慶一がそう言うと、慎吾は怠惰っぽい微苦笑を浮かべた。

 その顔に慶一は違和感を感じたが、慎吾はドアを開けて、さっさと中に入っていく。

 ……まぁいいか。

 慶一は後に続く。中を見てみると、チラシが落ちている床と、団地住宅の廊下のような造りの空間。その奥にはまたパイプドア。

 しかし今度は、その前に中年の男が立っている。どうやらもぎりらしい。

 慶一は久しぶりに人に会った、という錯覚を覚える。あの暗闇に慣れすぎたか、人見知りが激しくなったように心が揺れた。

 慎吾はギターケースのポケットの中から、黄色いチケットを二枚取り出す。手づくりなのか、非常にシンプルだ。

 それを男に渡すと、男の皺枯れた指がそれを確認して、折り目をちぎる。猫背で、ちょっと不健康な男は、テレビに出てくる、ホラー映画の墓守りみたいだ。

「おっさん、まだレイジー終わってないよね」

「……あぁ。多分、次だろうね」

 返事も乏しく、慎吾は鼻を鳴らして、チケットの半分を受け取る。

 パイプドアが振動している。

 シャウトと残響音。

 どこかのバンドがライブをしているらしい。

 慎吾は面白くなさそうに、慶一はドキドキしながら、二人はドアを開けた。




 そんなに人は多くなかった。

 百人いるかいないかぐらいで、少なくとも、四人はステージにいる。

 その境目に、バリケードとか何にもなかったのが気になったが、今はいらないってのが分かる。

 爆音と静寂。

 両極端の世界がそこにあった。

 まぁ、何てことない。

 バンドは物凄い音を出して跳び回ってるのに対し、観客はつまらなさそうにメールを打ったり、欠伸をしたりしている。

「……何これ?」

 バンドに対する回りの視線が冷た過ぎる。あまりにも興味のない装いは、どこか滑稽でもあった。

「ま、こういうこと」

 そう言って、慎吾は珍しく、肩をすくめる仕種をした。

「実力が全て、って言い方はおかしいけどな。中途半端に実力があっても、感覚麻痺して、大して盛り上がれなくなってんのよ」

 それは……、バンドにとっては良いことかもしれないが、今の状況は演奏している奴らにとって可哀相過ぎるんじゃないか?

 慶一が聞くと、また珍しく、慎吾が肩をすくめた。

「まぁ仕方ねぇよ。『銀牙』だっけな、今やってるやつ」

 そう言って、今度は嘲るように鼻で笑った。

「175R気取りで、青春謳歌した感じの歌ばっか歌ってる。明日に向かって進めとか、未来があるから頑張れるとか、アイドルじゃねぇのにそんなんで感動すると思ってんのかね。尊敬する歌手はブルーハーツってか?格が違うってことに全然気付いてねぇよ、こいつら」

 暴言と例えを津々浦々出してきて、吐き捨てるように言った慎吾は、後ろ髪をボリボリと掻いている。

 慶一にはその『銀河』というバンドの悪さがわからなかった。むしろ、中々良いんじゃないかと、軽く思っていたが、慎吾の話を聞いたら、このバンドが凄くダサく感じたりもした。

 感情が移り変わる。

 そんぐらい、『銀河』への想いは“微妙”ってことだった。だからこいつらはこんなにも評価が低いんだろうか。

 やがて演奏が終わり、『銀河』はいそいそと、舞台袖に帰っていく。拍手はあったが、疎らで、社交辞令さを『銀河』に分からせるように叩いてるみたい。

 同情するよ。

 慶一はあらためて、『銀河』には頑張ってほしいと思った。

「さぁ、次だ次。本番だ本番」

 慎吾は嬉しそうに、ニヤッと笑う。ようやく慎吾らしい表情が戻ってきたようだ。さっきまで珍しく大人しかったのに。

 観客も騒々しくなる。座っていた人は立ち上がり、メールを打っていた人は携帯の電源を消しはじめた。

 期待。

 その二文字が雨のように降っては、全身ずぶ濡れ状態で、みんなが目を輝かせている。


 誰もが待っていた。


『lazy ant』を。


(よっぽどだな……)

 そう思いながら、慶一も逸る気持ちを抑え切れなくなっていた。 すると急に、ライブハウスの右端にいた観客が歓声を上げる。それはウェーブするように、すぐに左端まで伝染した。


 ステージに一人の女の子がやってきたのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ