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『ダークライト』:1

こっから本文です。『PART1』、『PART2』を見なくても分かるけど……、見てくれたら嬉しいです。


 透明のアクリルに、木製か、プラスチック製か、よくわからない縁が付いたドアがある。

 開けると、満席なわけでもなく、空いてるわけでもないくらいの客が、コーヒーを飲んだり、オムレツとかカレーを食べたりしてる。

 喉も渇いてないのに、食堂やカフェに行くと、無駄に高い飲み物を頼んでしまうのは何故だろうか。

 とにかく、用があるのは、入口からギリギリ見えるくらいの、奥の席に座っている男である。

「やぁ。結構、時間掛かったな」

「まぁ……。ちょっと色々あってね」

 言葉を濁して、紀藤慶一はバツの悪そうな顔をした。


 大学の食堂にカフェの雰囲気を混ぜるってアイデアはよかったと思う。

 ただ、所々に不備や改善点が目立ってしまった。

 ちょっと旨くなくても、安くて量が多けりゃ、学外にある、おばちゃんが気さくな安いラーメン屋にわざわざ行かなくてもいいのだ。

 でも、待ち人――柏木慎吾は、この食堂カフェがお気に入りらしい。

 だが、慶一はラーメン屋派なので、この食堂にあんまり来たことはない。


「で、なんで遅れたの?」

「いや、凛が……」

 更にバツが深くなって、頭を掻いてごまかす。目を落とすと、また、プラスチック製か木製か分からない、白いテーブルが視界にあった。

 慎吾はコーヒーを飲んでいた。

 コーヒーみたいな洒落た飲み物は、慎吾に似合ってないのに、しかもブラックを飲んでいた。

「凛ちゃんがどうしたの?」

 とても興味深そうに、ニヤニヤ笑っている。

「あぁ……、いや、そうじゃなくて。今日はお前が呼んだんだろ?何だよ、話って」

「いや、それはすぐ済むからいいんだよ」

 慎吾は指でテーブルに『の』の字でなぞっていて、慶一はとっくに座っていた。

 それならわざわざ呼ぶなよ、と慶一は小さな悪態をつく。それすら楽しんでるのか、慎吾はずっと笑顔のままだ。

「で、凛ちゃんがどうしたよ」

「……いや、何か、凛の兄貴に会うことになって」

 軽く咳込んで、慶一もやっぱりコーヒーが飲みたくなった。

 でも、バイトをやってないから、やめとこうって感じで溜息をついて終わり。

 いつも慎吾のペースで、呼ばれた慶一が話題を吹っかけるのが二人のスタンスになっている。

 どうしようもなく、慎吾の性格によって、慶一のイニシアチブがへし折れている。

「兄貴?」 だから、慎吾はいつも嬉しそうなのだ。

「そう、兄貴。なんか、俺らのことをよく思ってないらしい」

 慶一は慎吾が飲んでいたコーヒーを口にした。しかし、慎吾は苦い顔をすればいいのに、軽く鼻を鳴らすだけだった。

「妹想いの兄さんだな。まぁ……分からんでもないけどな」

 慎吾は慶一が飲み干したコーヒーのカップをちらっと見る。黒い一滴が、丸みにじわじわと滑っていく。

「でも、別に良いんじゃないか?兄貴ぐらい、どうってことないだろ」

「それがそういうわけにもいかないんだよ」

 慶一は辟易する。

「その兄貴がヤクザらしいんだ。しかも中の上ぐらいのレベル」

「うわ……、それはきついな」

 慎吾はさすがに、その笑顔を軽く苦ました。

「漫画じゃ三流、ドラマじゃ視聴率一桁、現実なら最悪以外、何物でもないな」

「しかも漫画なら買わなきゃいいし、ドラマなら見なけりゃいいんだけどな」

 慎吾の例えに、溜息と自嘲で返す。

「最悪だな」

「最悪だよ」

 慎吾も、少し声のトーンが落ちてる気がする。

 なんか、明らかに憐れんでる視線はムカついたが、……まぁ分からなくもないから、何も言わないままにしておいた。

「で?凛ちゃんは何て言ってんの?」

「そんなに焦ってもなかった。“認めてもらえばいいじゃん”だってさ」

「まぁ……そうなんだろうがな」

 慎吾は苦笑に、少し肩を揺らした。「で?お前はどうしたいの?」

「どう……って」

「結婚するの?凛ちゃんと」

「……」

 認めてもらう。

 つまりはそういうことなんだろう。

“結婚する気は無いですが、凛さんとは付き合っていきたいと思っています”

“まだ大学生ですから、先のことはわかりません”

 どっちの選択肢も、ヤクザの兄さんに殺されそうな台詞。

 例え、説得力があるように、うやむやな表現で飾っても、言ってることは変わらない。

 厄介。

 とても厄介だ。

「まぁ、付き合うときに普通、結婚なんて考えないよな」

 空のコーヒーカップが置かれたテーブルに、慎吾の右肘が乗る。明るみない慎吾の右掌に、苦笑う右頬が乗る。

「でも、どうするんだよ。このままじゃお前、現代では珍しく『銃殺』されるかもしれないぜ?それか、コンクリート的なものを足首に繋がれて、『溺死』とか?」

「……冗談じゃないよ」

 全然、笑えない。

「まぁ、死ぬことは無いにしてもさ。ちゃんと考えないとな。“選択に迷う時には、その迷いにすら疑問を持つべきだ”ってな」

「何それ?」

「どっかの有名人の言葉」

 慎吾はくくく、と意味ありげな変な含み笑いをする。

 慶一は何とも言えず、ここに来て三度目の溜息をついた。

 正直、考えたくもない。

 何かを成就するために、障害があるのは、『物語』の中だけで良かったんだが……。

 慶一は頭を振って、想像上の怖い凛の兄貴を脳から追い出した。

「で、お前は俺に何の用だったんだよ。本々はお前の方に話があるんじゃないのか?」

「あ?あぁ、そうだったな」

 慎吾は、完璧に忘れてた、って顔をする。その顔が内容の重要性の低さを物語っているが、慶一は突っ込むのも面倒になり、身体を俯せ、コーヒーカップに肘が当たる。

「で?何だよ」

「あぁ……実はあるバンドのチケットがちょうど二枚あってな。一緒にどうかな、って思ってさ」

 ほら見ろ。

 電話で言えば一発で済む話をわざわざ呼び付けて言うものでもなかったじゃないか。

 慎吾はこういう奴だ。

 で、それを分かってるから突っ込みはしない。

「……何ていうバンド?」

「『lazy ant』っていうんだけどさ。俺もたまにサポートで入ったりしてるんだけど、結構良い感じなんだよ、こいつら」

 そう言ってる割に、慎吾が妙に微苦笑しているのが少し気になるが、慎吾のギターがかなり上手いことを慶一は知っている。

 音楽好きってことも。

 だからハズレはないだろうが、『lazy ant』なんて聞いたことがない。

「予備知識ないぞ?俺」

「あー大丈夫、大丈夫。ていうかそいつらCD出してねぇし」

「は?何それ?めちゃめちゃ新人じゃん」

「大丈夫だって。曲“は”良いから」

 と、慎吾はまた苦笑した。

 少し気になる言い方だったが、慶一は、ふーん、と相槌を言うだけにした。

「で、どうする?」

「……分かった。行くよ。で、いつあるの?」

 慶一が聞くと、慎吾は、少し嬉しそうにニヤける。

「明日の夜七時。大丈夫?予定ないよな?」

「あーうん。大丈夫」

「じゃあ、明日、大学から直で行くから。こっからそんなに遠くねぇし」

 そう言って、慎吾は立ち上がる。本当に話はそれだけらしい。

「じゃ、明日な。凛ちゃんの件、頑張れよ」

 また中途半端なエールと、ニッ、と笑顔を置いてって、さっさとその場を去っていった。

 別に一緒にここを出りゃ良いだろう、と思ったが、肘先の『もの』を見て慶一は納得する。

 あぁ、なるほど。

 どうやら、コーヒーカップは俺が片付けなければいけないらしい。

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