PART1
名前⇒柿崎光
年齢⇒21
性別⇒男
備考⇒最近、注目視されている新人バンド『lazy ant』の、ボーカル、ギター。
――PART1
『ダークライト』
まぁ……あんまり話したくもないんだけどね。
知らないほうが良かった、って思うよ?
人間のクズの集まりだからね。
『lazy ant』ってのは。
柿崎光。
ボーカルで、あとギターを弾いてる奴ね。
紅一点ならぬ、白一点。
バンドの四人の中では唯一の男さ。
歌は上手いよ。上手いって表現が陳腐になるくらい。
死に絶えたような絶望さとか、一人ぼっちの淋しさとか、色々な負の感情が混ざり合ったような……そんな印象を受けたね。
才能なら他のバンドの奴らが霞んでしまうぐらい持ってたんじゃないか?
作曲もしてる。半分ぐらいはあいつが作った曲だったと思う。
作詞に関しては、全部、あいつが書いてるらしいよ?
『柿崎光の歌詞は、情緒があって、儚くも繊細で、一つのアイデンティティを作り出している』
なんて、どっかの雑誌に載ってたけどね。
……まぁ確かに理想論とか、青臭い言葉とか、恋愛観の押し売りとか、そんなのは一切、感じさせなかった。
言葉を絞りだして、うまくメロディーに乗っけることに長けてた気がするよ。
だからと言って……、あの柿崎光には勿体無い才能かもしれないけどね。
あいつは……バンドの中で一番頭がおかしいのかもしれない。
何かに捕われ過ぎてるんだろうね。脳が真っ青なんだよ。
まず、人と話すときは、声が確実に吃ってくる。
「ぼ、ぼ、僕は……」
みたいな感じで。
常に何かに対して恐がってる。誰かがあいつに話し掛ける度に、身体がビクッて引き攣ってたね。 多分、世界中の全ての物質を敵だと思ってるんじゃないかな?
嫌悪の対象っていうか……だから過敏に反応して、意味なく身構えたりするんだろうね。
質が悪いのは、一番嫌いなものが『自分』だってとこだよ。
必要以上に卑屈で、必要以上に心が病んでいる。
思い込みが激しいんだよ。
自分はこの世に必要な人間じゃない、ってね。
だから、何に対しても逆らったり、自分の意見を伝えようとしないんだ。
究極の受け身。多分、死ぬときも、心を見せないだろうよ。
もう一人、ギターに波崎美雪っているだろ?
柿崎光はそいつの玩具なんだよ。
殴られて、蹴られて、踏み付けられて、抓られて、詰られて、犯されて。
ライブハウスのステージで、鼻血を出しながら歌ってたこともあったよ?
それでもあいつは、嫌だ、の一言も言わないんだ。
自分に口があることすら、おこがましいと思ってるんじゃないか?
でも、色んなことに敏感になり過ぎて、ストレスが精神を歪ましてしまった。
代償……っていうか、病気と言ってもいいくらいにボロボロになったんだよ。
ビタミン剤とか飲んでたけど、あんまり効き目が無かったみたいだったし。
不健康で、いつも目の下にはクマが出来てたね。
さて、柿崎光はそんな自分の精神を保つために、どうすると思う?
常に緊張して、常に身構えて、常に防御壁を作ってさ。あいつは今までどうやって生きていけたと思う?
あいつの右手を見てみろよ。
裏手首から、指の根本部分まで切り傷がいっぱいあるだろ?
あいつ……柿崎光は自分の手の甲を切ってるんだよ。
その傷口から滲む血を舐めて精神を落ち着かせてるんだってな。
全く、気持ち悪いったらありゃしない。
リストカットじゃないんだけどね。『手の甲』をナイフかなんかで切るらしいよ。
多分、手首に切り傷があったら友達か何かに虐められる、と思ったからじゃないか?
高校生の頃からしてたしね。だからあの時はいつも右手に包帯をぐるぐる巻いてたよ。
「て、手に、や、火傷の、あと、跡があるんです」
そういう嘘を言ってたけどね。
ライブでは本番前に切って落ち着いてるらしいけど、もしかしたら『人』って文字に切って舐めてるかもしれない。
まあ、可哀相な奴だよ、本当にね。
何でそんなに卑屈になったかって?
さぁ?そこまではあたしにも分からないよ。
あいつの家族なら知ってるんじゃない?あいつには妹がいるから……。
柿崎菜摘……だったか、そんな名前だよ、確か。
あぁ、これはあたしの孫が言ってたんだけどね。柿崎光は異常な程のシスコンらしいよ。
あいつ自身が嫌悪のかたまりみたいな奴だったから、信用してる人間なんていなかったからね。妹が唯一だったんじゃないか?
まぁ、そこんとこは妹に聞けばいいだろうさ。
大丈夫、妹はまともだよ。
柿崎光に比べたら、全然話しやすい部類に入るんじゃないか。
柿崎光ってのは何で、あぁなっちまったんだろうね。
……恐怖感か?
信用とか、安心とか……、あいつはそういう言葉が全然似合ってなかった。
いつも怯えて、いつも殻に閉じこもって。
自分も嫌って、自分に関わる全てを嫌って。
歌うことと、妹にだけ、無意識に懐いている。
それ以外は……恐怖感ってことなんじゃないか。
あいつは恐がってた。
あたしのことも、目の前のあんたのことも。
その理由がホントに分かんないんだよ。
暴行?
貧困?
冷遇?
虐待?
拷問?
強姦?...etc?
……まぁ、どうでもいいことかもしれないけど。
でもね、あいつが書く詞で救われる人が居たりするのは事実さ。
歌ってる姿は『普通』の人だからね。見ていて安心するし、心が動かされる。
本質さえ知られなければ、それでも無理に押し通せるのさ。
誰だって糞みたいな部分があるんだよ。ただ、柿崎光はその部分が目立っているだけ。
迷惑も、実害も、犯罪すら、あいつはしていない。
エコロジー、風紀、社会貢献度も、柿崎光は障害として関わってきてないよ。
精神が病んでるだけ。
可哀相なだけ。
そして、あまり人に好かれないだけ。
取り柄ってのは『歌』しかないだろうし、余命も少ないだろうな。
生きてる証を残そうともしないし、歌いたい、ってだけで命を保たせている。
嫌悪を言葉にしないで、無意識に書いた詩をなぞって、人の心に踏み込もうともしない。
もし、全人類がああいう性格なら、戦争なんて起きないかもしれないね。
それを『完璧な人間』って学者はいうのかもしれないね。
でも、あたしは……やっぱりあいつのことは好きじゃないよ。
だって欝陶しいから。
《語り部》
――水城越子(68)
⇒lazy antが昔、よく練習していた田村スタジオの経営者。
『ダークライト』
⇒END