*オトリ
<とにかく、この画像だけじゃ決定的な証拠にはならない>
「頼めるか」
<任せておけ。そっちも頑張れよ>
「今の……どういう意味?」
今の言葉の意味が解らずいぶかしげに問いかけると、ストローがさされたジュースをひと口含んだあと応えた。
「ルカが証拠を探しているあいだ奴から注意を逸らさなければならん。アーヴィングもニキも用心深い相手だからね」
「そう……」
ぼうっと聞いていたマーガレットだったが、はたと気がついて彼に顔を向ける。
「……ってちょっと待って、それって」
ニヤリとしたベリルに目を丸くした。
「オトリになるってこと!? ウソでしょっ!?」
声を張り上げた彼女に車を路肩に駐め、静かに口を開く。
「そこでだ」
「な、なに?」
ハンドルに腕を乗せ視線を向ける。そして──
「いくら払う」
「! お金取る気!?」
「これが仕事なのでね」
「信じられない……」
目を丸くしている彼女を黙って見つめた。
「払わない……って言ったら?」
恐る恐る問いかける。
「ここで降りてもらう」
しれっと答えた彼にヒステリックな声を上げた。
「私を見殺しにする気!?」
「賞賛されるだろうね」
「……」
自分がしてきた事を思えば否定出来ない……
「それって、いくらなの?」
「基本は1万」
「! 1万!? どこの通貨で?」
「US$に決まっている」
さらにダラダラと冷や汗を流す彼女に追い打ちをかける。
「今回だと、あと1万はプラスだな」
「にっ、2万!?」
「それでも破格の金額だ。自分の命と金とどちらが大切かね?」
言ったベリルをギロリと睨み付けた。(作中でのレート:1ドル=95円)
「私をいじめて遊んでるでしょう」
「! 案外、冷静だな」
「!?」
嫌いだわこの人! 顔はよくても性格は最低ね! 口の箸を吊り上げているベリルにプイとそっぽを向いた。
「払うのか払わないのか」
「別の傭兵を紹介して!」
「構わんが、誰も受けないと思うぞ」
肩をすくめた。
「どうしてよ」
「相手はアーヴィングとニキだ。普通に考えれば1000万ドル積まれても願い下げだろう」
「! そんなにヤバい相手なの?」
「アーヴィングは名の通った傭兵、ニキは慈悲を持たない人間だ。その2人が組んでお前を殺しにかかってるのだぞ、私くらいの物好きでなければ引き受けんよ」
「……」
嫌だけど彼に頼むしか、無いの? 返事を待っているベリルを一瞥した。
「割引して……」
「考えておく」
車は再び走り出し、差し込まれたままのベリルの携帯が鳴る。
<ベリル! なんだかヤバい事になってるんだって?>
「うむ」
<傭兵マニアにストーキングされて、さらに狙われてるなんて最悪だな!>
「あんた誰よ!」
<おっと、怒られた。俺はライカ・パーシェルだよ>
「ライカ? ハンターの?」
<さすがマニア。よく知ってるな>
「彼と知り合いなの?」
問いかけられたベリルは苦笑いを返した。
<ベリルは俺の師匠だよ。育ての親はクリア・セシエルだけどね>
「ええっ!? あの『流浪の天使』と呼ばれたハンターの?」
<セシエルとベリルは親友だったのさ>
確認するようにベリルの顔を見ると、小さく肩をすくめて笑みを浮かべた。
<とりあえずこっちはルカと連携してサポートさせてもらうよ。何かあったらいつでも連絡して来てくれ>
「頼む」
電話を切り、舗装されていない1本道をひたすらに走る。
「!」
バックミラーに2台の車が映り眉をひそめた。雰囲気からしてこちらに用事があるようだ。
「しっかり掴まっていろ」
薄笑いを浮かべて発した。
「え?」
聞き返したとたん、後ろにいた車がピックアップトラックの両側に並ぶ。
「なっ、なに!?」
「追手だよ」
相手の車のガラスが開かれてマシンガンを持った男がこちらに銃口を向けた。
「!? うそっ!? どうにかしてよっ」
「黙っていろ」
「いくら車が防弾ガラスでも相手はマシンガンよ! 無理よ」
銃弾の跳ね返る音が真横から聞こえてくる。マーガレットは恐怖で頭を抱えた。
「これは特別製でね」
「え?」
「装甲は乗用車とは違うのだよ」
言ってペロリと唇を一度舐め、ハンドルを勢いよくきる。
「キャッ!?」
車に体当たりしたその衝撃で相手の車はコントロールを失い派手に転倒した。
「……」
「もう1台」
同じように体当たりして追跡を振り切る。
「4tトラックとタメを張れる」
呆然としているマーガレットに、しれっと言ってのけた。