*美女
「傭兵マニア……?」
金髪のショートヘアにエメラルドの瞳の魅力的な顔立ちをしている青年、ベリルは怪訝な表情を浮かべて目の前にいるカーティスを見やった。
「気をつけろよ。その女が近頃ウロウロしてるらしい」
ガタイの良いブラウンの髪の男は腕を組んで頷きながら発する。
「お前は色々と伝説や噂の多い奴だからな。そいつの恰好の獲物だぜ」
仕事を終えたベリルとカーティスは、オープンカフェでコーヒーを傾けながらそんな会話を交わす。
「名前は」
「マーガレット。かなりの美女だ」
ベリルはそれにピクリと反応した。“美女”という部分にではなくカーティスの言葉にだ。
「詳しいな」
「実は俺も狙われてよ……」
目的の傭兵を執拗に追いかけ、満足するまで張り付いているという話にエメラルドの瞳を細めた。
「ストーカーだな」
「ストーカーだよ。片っ端からストーキングして写真を撮りまくってる」
「……写真?」
裏の世界にいる彼らが撮影されるのを嫌っている事を知ってやっているのなら立派な嫌がらせだ。特にベリルはそれを嫌う。彼の存在が必然的にそうさせるのだが。
「あの時はホント参ったよ。仕事もロクに出来ないのに闘う処が見たいとか抜かしやがるし……大変だったんだぜ」
深い溜息を吐き出し、頭を抱えてベリルに視線を向ける。
「特にお前みたいなのにはしつこいぞ」
牽制するように発した。
ベリルはカーティスと別れて街中を1人、歩いていた。あんな話を聞いたあとなだけに狙われるのは勘弁したいと小さく唸る。
「あ! 金髪のショートヘアに、エメラルド色の瞳。彼がベリルね」
1人の女性が10mほど先にいる男につぶやき足早に近づくと肩を軽く叩いた。
「?」
後ろから肩を軽く叩かれて振り返る。
「初めまして」
「? 誰だ」
見慣れない女性に眉をひそめた。腰まである赤い髪は緩いカーブを描き、青い瞳とすらりとした肢体はくきりとした美書といったイメージだ。
「!」
遠くにいたカーティスが慌てた顔で何か合図している。しばらく意味が解らなかったが彼の動作にピンと来た。まさか……
「私に何か用かね」
「あなたベリルでしょ? 私マーガレット。ヨロシク」
「!?」
やっぱりか!?
「!? ちょっ……!? 待ってよ!」
私の事を聞いたわね! 女性は必死でベリルを追いかけたが男の足に追いつけるハズもなく、見る間に遠ざかる後ろ姿を諦めて見送った。
「……もぅ!」
悔しさに地団駄を踏んだ。
「はあ……」
久しぶりに全速力で走った……追いかけてこない事を確認して立ち止まる。初めから自分を狙って探していたのか、偶然見つけたのか定かではないが前者ならこちらの動きを把握しているという事なので逃げても無駄という訳だが。
「参ったな」
木にもたれかかり長い溜息を吐き出した。
とにかく早々に引き上げよう。翌日──ベリルはホテルをチェックアウトしてホテルから出る。
「……」
「ハァイ」
マーガレットが笑顔でベリルに手を振った。
「タクシー呼んでおいてあげたわよ」
それを無視して歩き出す。
「あ! ちょっと待ってよ!」
パーキングに入り、オレンジレッドのピックアップトラックに乗り込んだ。
「……」
助手席に勝手に乗り込んだ女性に眉をひそめる。
「降りろ」
「折角タクシー呼んだのに車があるならそう言ってよ」
「……」
いつ言えたそんな事……しばらく女の顔を見て女を蹴り出した。
「キャッ!? あんっ、もうっ酷いじゃない!」
車は颯爽と走り去った。
なんなのだ一体……女の行動にさすがのベリルも少し動悸を覚える。もちろん恋ではなく恐怖でだ。嫌な予感がする。これは──
「何かが起こる……」
オレンジレッドの車を走らせながら冷や汗を流した。
しばらく走らせて車を駐める。そこに携帯が着信を知らせる振動を伝えた。
「ミシェルか。依頼か」
「仕事?」
「……」
いつの間に……開けた窓から顔を入れて問いかけたマーガレットに目を丸くする。
「! 支障はない。内容は──」
会話を続ける彼の横顔をじっと見つめる。整った中性的な面持ちは傭兵という仕事を想像させないほどに魅力的だ。
しかし細身の体にはほどよく筋肉がついているのだと腕を見て理解出来る。
「ついてくるな」
「イヤよ」
当然のように後ろをついてくる女性に眉をひそめる。
「……」
何を言っても無駄なのか? 呆れながら小さなバーに足を踏み入れた。
「!」
店内を見回すとテーブルに見慣れた人物がいて、近づくと相手の男が軽く手を挙げる。それに同じように応えた。
胸を張って椅子に座っている男の後ろに、仲間らしき男が2人立っている。
「今回の依頼なんだが……。!」
赤毛の美女が目に入り、男は続きを飲み込む。
「!」
怪訝な表情を後ろに向けている男に振り返るとマーガレットがそこにいた。
「お前の彼女か?」
「いいや」
1人の男が女に気がつき口を開く。
「あ、この女マーガレットですよ」
「誰だ?」
その問いかけにもう1人の男が答えた。
「ほら、例の噂の傭兵マニア」
それを聞いた男は眉間にしわを寄せて青年を見つめる。
「お前……タゲられたのか」
肩をすくめた彼を小さく睨み付け男は立ち上がった。
「この話はキャンセルだ」
「! 何……?」
驚く青年を見下ろしぶっきらぼうに言い放つ。
「そんなのがついてる奴に依頼は出来ん。仕事がしたきゃそいつを引きはがせ。この事は広がるぞ」
すると──
「ちょっと待ってよ! 折角彼が戦う処が見られると思ったのにあんまりじゃない!」
「……」
一体、誰のせいでこうなったのか……怒っているマーガレットを唖然と見上げる。どう考ても彼女が言える立場では無いのだが、その部分はスルーを決め込んでいるらしい。
「……」
そんな彼女に男は血管がぶち切れそうになったが、なんとか抑えて店を出て行った。
1人残されたベリルは呆然として深い溜息を吐き出した。
「はあ……まさかキャンセルとはな」
「酷い事するわね」
「誰のせいだと思っている」
他人事のように発した女性に目を据わらせてつぶやく。
「まったく……新人の頃ならいざ知らず。この年で食らうとはな」
店を出て車に向かいながら発するベリルの後ろをマーガレットは追いかけた。
「私に何の恨みがある」
普段からほとんど怒らないベリルも少し苛立ち彼女を睨み付ける。
「ね、あなたって本当に死なないの?」
「……」
無視かこのやろう……いい根性をしてる。
半ば諦めてオープンカフェのテーブルの椅子に腰掛けた。
「ねぇ。本当に死なないの?」
向かいに座ったマーガレットが再び問いかける。
「そんなに知りたいか」
「!」
頷いた彼女の前に、ダン! とテーブルにナイフを突き刺し薄笑いを浮かべた。
「心臓に一撃で確認可能だ」
「……」
それに彼女は眉をひそめる。