回想の森
『いつどこで死ぬか分からないからな』
ふと今朝再会したばかりの言葉が脳を汚染する。
焦りは危機的状況こそ禁物であるが、今回はむしろ有益な情報が入りすぎて危うさを感じている。
彼がこのあたりをなかなか離れないのは、薄々予感していたからではないだろうか。
同時に、過去に一度さりげなく言われたことを思い出した。
とても静まった夜で、その日は彼を狙う多勢の刺客たちを倒した夜だった。
『俺が死んだら、迷わず逃げろよ』
『蒼が死ぬわけないでしょ』
『…じゃあ、もし俺が消えた場合だ』
『そのときは行方が分からないから、追いかけれないけどずっと待ってるよ。
戻ってくるまでその場で』
『…ばかだな』
そう言った彼は、寂しそうだった。
その後は虫の羽音や鳴き声が耳に響いた。
出会った頃を知る私にとって彼のその表情は、とても嬉しかった。
ようやく建物に着いた頃、日は沈みかけ、あたりは薄暗くなっていた。
血生臭い匂いが鼻を刺す。
扉は全壊しており見るからに事後の建物の中へ入ると潰れた遺体が幾らか転がっていた。
彼はいなかった。
靴の上からでも分かる生々しさが部屋全体に広がっており、血がまだ新しいことを示していた。
ふと扉近くの壁際の方にある遺体へ目が向かう。
暗くてはっきりとはしないが、血にまみれた札束が遺体から覗いていた。
先ほどの酒場での会話を思い出し、この死体が何者なのか見当がついた。
すぐに建物の辺りを見て回る。
そして返り血で出来たらしい足跡が、街とは反対の方へと赤黒い丸として少しの間続いていた。
すぐさま落ちていた武器を拾い、その赤黒い跡を追いかけた。
歩く場所が設けられたところを走っていったであろう彼の赤黒い足跡はもうすでに消えており、けれどそれでも進み続けた頃、時刻はもう完全に夜になっていた。
辺りは真っ暗で、動物たちも息を潜め、木々は一気に邪魔な存在へと変わる。
徐々にこの道が正解なのかどうか不安になり始め、自分の用意の無さに嫌気が差し一旦火種を取りに引き返そうかと思い悩んだとき。
「!」
何かが靴に触れた。
感触的に小さく丸いもので、それなりに重量感のある何かだった。
すぐさま屈んで下を探りそれを手にとって見ると冷たく、すぐに鉛球だと理解した。
それも一つではなく、あたりに散らばっていたり周辺の木々に減り込んでいたり、調べてみると、それによって削られたような痕が残る木が幾つかあった。
そしてうっすらと血ではないかと思わされる斑点がちらほらと、その幾つかの木の地面周辺にも、木の幹にも残っている。
しかも、まだ固まりきっていない血痕もあった。
再び跡を追いかけていくと道から逸れていき、明らかに荒れている茂みへと一歩一歩慎重に足を進めた。
落ちている鉛弾の中には血が着いたものがたくさん転がっている。
「…!」
足に弾とは違った感触があった。
拾い上げてみるとそれはナイフだった。
以前訪れた街で柄が独特で印象的だったので衝動買いしたナイフだ。
いざというときのためにと非常用に彼が常に所持していた。
どうしてそれが落ちているのか、理解し難かった。
さらに奥へと進んでいくと、ついには見通しの良い広い場所に辿り着いた。
木々が囲むように生え、真上が見通すことの出来るその場所は、月明かりに照らされていた。
「蒼」
名前を口にしたが見たとおり返事はない。
静かなせいで、自分の中でもその声が沁みた。
血痕も弾も、ここで途切れている。
この状況の中、いきつく論理を否定したくてたまらない。
おそらく、この数多くの鉛弾や傷は道化師のものではないだろうか。
彼が銃弾を所持していた覚えがないし、賊から奪ったものだと考えてもそもそもここまで乱射出来る数の銃を所持していたことが考え辛い。
先程の街での店主の言葉が蘇る。
安易に想像すると、銃弾たちは道化師のもので、付着している血痕やこのナイフは彼のものではないだろうか。
戦闘の決着は着いたのだろうか。
今現在、耳を澄ましても虫の鳴き声や微かな木立の揺れる自然の音しか聞き取れないということは決着は着いたのではないだろうか。
途切れているこの場所で、勝敗が決したのだと思われる。
では彼らは、一体どこへ消えたんだろう。
深夜の森の中、冷や汗が頬を伝ったのが分かった。
一途らしさの演出に回想を入れました。
彼女が想うのは常に彼だけなんですね。
そしてついに追いつきました。
彼らは果たしてどうなったのか。
まだ続きます。
もはや中編と言うべきだろうこの小説、読み添って頂いて本当にありがとうございます。
そして大好きな推理方面に若干逃げてしまってすいません。
あまり恋愛要素ないですね。
これただのストーカーじゃんと突っ込まれそうなので、チャンスがあれば意識させていただきます←