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第一章 二 瓦礫の街からの脱出


 必要なもの。

 クローバーの置時計、筆記用具、便箋、ラーディからの手紙、私とリズリの写真、充電ケーブル、ラッカクから預かっているお金、あとは何かあったっけ。

 シーズの言葉を振り切って、地下室へと逃げた私は、言われた通りに必要なものを鞄に詰める。後ろの扉が開いた。

「アサ、準備は?」

「出来ました」

 ガレットに導かれて、店の裏口に行くと、リシアと、シーズの姿が見えた。視線を合わせられない。ガレットの後ろに隠れる。

「ん? シーズ、アサが何かしたか?」

「いいえ、何も。それより、停電って……まさか」

 途端に、爆発音が聞こえた。いつも薄暗かったこの街が、一瞬だけ明るくなる。

「まさか──とは思っていたが、どうやら本当にそうらしい。地下通路へ避難だ」

 ガレットの言葉に、リシアとシーズが頷く。ついてきなさいというリシアの声に従って、私たちは店の裏の小さな小路を駆ける。

 道の先に赤い二つの点が浮かぶ。人形だ。

「なっ──引き返そう。別のルートを使う」

 ガレットが振り返って制止する中、白い何かが舞う──ユニットだった。鞄を地面に投げてガレットの背中へと向かうそれを、

「アサ!」

 誰かが私の名前を叫ぶ。

 二枚のユニットを手の甲で弾いた。コンクリートの建物にそれらが深々と突き刺さる。

 身体が勝手に動く。いや、そうしなければならないと、自分が自分に囁く。

「有機生命体ではないことを確認。排除します」

 視界にある二枚のユニットに信号を送ろうとするが、送信できない。シールド加工の弊害。

 直進、一秒で相手の首を左腕で掴む。人形の表情は何も変わらない。右手を相手の胸に定め、一気に貫く。人工皮膚が破け、中にある核の周囲に突き立てた指は、セラミックスを砕き貫通。

 その瞬間、計八枚のユニットが私に飛来する。センサーがそれを捉える。

 タイプ十二、対人型。致命傷にはならないと判断。次々と身体に突き刺さってくるユニットと同時に、私は相手の核を掴んで、そのまま引き千切った。

 動かなくなる人形を地面に落とし、皮膚とセラミックス装甲の表面に若干食い込んだユニットを全て取り去る。危ないから、道の端に寄せておく。

「排除しました」

「あ、ああ」

 立ち尽くしていた三人が再び駆ける。後について、私も走った。

 とある建物に入る。その下の階の一部のコンクリートが外れるようになっていた。ガレットと二人で重いコンクリートを外す。更に暗い地下へと続く道。梯子がある。リシアとシーズが先に入っていく。

「おい、アサ?」

 そう、ガレットが私に下へ降りるよう促す。

「私はここに残って、敵を排除してます」

「お前がいなくなったら、ラーディが悲しむ」

「──実は、もうあまりバッテリーの残量がないのです。あと一時間から二時間程度。このまま一緒に行くよりは、ここで敵を排除したほうが役に立てると思います」

「地下に非常用の発電設備もあるし安心してくれ。それと役に立つ立たないという問題じゃない。アサも家族なんだ。置いていけない」

「そうよ、早く来て。ここで話してるほうが危ないわ」

 梯子を降りる途中のシーズの声が聞こえた。

「降りよう」

「……はい」

 地下は地上よりも暗かった。闇。

 闇の中を頼りない光が照らす。ガレットが小さな照明を手に持って先頭を歩き出す。

「この先、三十分程歩けば、避難用の小さな施設がある。念のため出来るだけ音を立てないように」

 細い通路はどこまで続いているのかわからない。先には闇が広がっている。

 前にはシーズの後ろ姿。一番後ろを歩いている。

 やがて、通路の脇に扉があるのを発見。二人の男が、手に銃を持っている。

「ああ、ガレットさんか。無事か?」

 見覚えのある人だった。街の多くの人は、うちの店に買い物に来ることがあるから、きっとお客さんの一人だろう。

「マージか。幸い怪我はない。みんなは?」

「住民の、一割程度はここに避難している……あとはまだ──っ。その後ろにいるのは?」

 私を見て、マージと言われた男が銃を構える。

「おい待て! うちに住んでる人形だ。ほら、店番してるんだが……会ったことないか? 襲ってきている人形たちとは別だ!」

 焦る声で、ガレットが説明。私を睨んでいた目が、元に戻る。

 ああ、あの子か。すまないと返事をして、扉を開けてくれた。中は少し明るくて、部屋の半分くらいを人が埋めていた。

「落ち着いたら、ここからラーディの街まで移動しよう。シーズも一緒に来ると良い。長い付き合いなんだ、なんとか住むくらいの金はあるし、それから先のことは、そのときになったら考えよう」

「そう言ってくれるのはありがたいけど……」

 部屋の片隅に四人で座って、ガレットとシーズが話す。これからのこと。ラーディの街へ行くのなら、ラーディに会えるかもしれない。シーズは、少し遠慮しているようだったが、最後には頷いていた。

「あの、停電と爆発は何だったの?」

 思い切って、聞いてみる。良くあることなのだろうか。

「おそらく、上層からの大規模な攻撃だ。時折、いくつかの地区が攻撃対象になって、そこの人間は全員殺される。いつ、どこが標的になるのかはわからないし、その頻度もまちまちで──ラーディを学校にやって正解だったな」

 そう笑って、

「そうだ、今のうちにケーブルを」

 鞄から取り出して渡すと、ガレットはそれを壁に設置された小さなプラグに接続した。壁際に座りなおし、羽織っていた上着だけ脱ぐと、それを背中に接続した。ガレットが持っている小さな照明も、電気を使うらしく、壁にあったもう一つのプラグにそれを繋いでいた。

 一連の動作をシーズに見られていたことに気付く。彼女と目が合う。

「そういえば、今日言ったのよね?」

 リシアが私とシーズの顔を交互に見る。正確には私の口からはまだ何も言ってない。

「あ──、うん聞いたわ。 そうだ、急いでてあんまり持ってこれなかったけど、これ、あげる」

 シーズはそう言って自分の鞄から何かを取り出した。

「……カレイドスコープ?」

「気に入ってたから、あなたにプレゼント」

「高いし、もらえません。プレゼントはお礼にあげるものだし」

「あれ、欲しくなかった?」

「そんなことはないですが……」

「じゃあもらってくれると嬉しいな。私の雑貨屋、もうきっと破壊されているだろうし、最後のお客さん記念ということで」

「ありがと──」

 受け取って、手に取る瞬間、顔を近付けてきたシーズが、「あなたのことは大切に思ってるから、あまり思い悩まないで」と私にしか聞こえない声で言ってきた。私は、悩んでいるの?

 ただ、嫌われていなかったことが少しだけ私を安心させる。

「ありがとう……」

「お、良かったな」

 ポンと、頭にガレットの手が乗せられる。見ればガレットとリシアがにこにことこちらを見ている。

 充電率、現在十二パーセント。出来るだけ回復させておきたい。

「すみません、ちょっと、充電のために一部機能を停止させます」 

 外界の情報を感知するセンサーを、音声だけを残して停止させる。身体の出力も全て〇パーセントに。これで、少しは充電時間を節約出来る。遠くで爆発音が再び聞こえた。



「ガレットさん、すまないが──」

 声が聞こえた。先ほどのマージという男性の声に近い。おそらく同一人物。

「ああ、わかった。ところで俺の分の銃は残ってるのか?」

「大丈夫です、これを使ってください。奥さんすみませんがガレットさんを」

「ええ」

 視界と発話のための機能を起動。リシアとガレットが、唇を──。

 リシアの表情が暗い。

「どこに行くのですか?」

「ちょっと、通路のほうに行ってくる。人形にこの地下道を発見されたらしいから、侵入を防ぐのに人員が必要だと」

 銃を受け取ったガレットが私に言う。

「あの、私の充電のせいでここにいるのなら、皆さん早く避難したほうが──」

「それもあるが、この街には小さな子供やお年寄りもいるからな。ここは守らなきゃいけない。幸い、ここの通路は狭いし、迎え撃つには良い場所だ」

 そう言い残して、ガレットが足早に去るのを──そうだ、引き止めなければ。

 充電率六十パーセント、問題ない。

「待ってください。私が代わりに行きます」

「駄目だ」

「それこそ駄目です。危険です」

「危険なのはわかってるさ」

「じゃあ、せめて私を連れて行ってください」

 ため息をついて、あまり時間がないんだがと言いながら、ガレットが口を開く。

「アサに普通の毎日を暮らしてほしい。それがきっと、ラッカクという男の願いだった。俺はそれを受けた。間違っても、連れていくことなどできない」

「間違ってでも連れて行ってください。私は──守りたい。守らなければならない」

「命令っていうのは、こういうときには効かないのか……?」

「危険性を看過することはできません。一緒に行きます」

 背中のケーブルを取り外す。

 リシアとシーズに止められるが、私は立ち上がって、ガレットの側へと行った。

「わかった、俺からみんなに説明しておく。ガレットさんちの売り子が参戦するってな」

 マージはそう言って、長銃を手渡してきた。徹甲弾であればある程度対抗出来るだろうが、このタイプでは少々足止め出来るかどうか、と言ったところに思えた。

 いくつもの情報が頭の中に入ってくる。戦闘の経験はほとんどない。ラッカクの家で、ラーディを守って、ただそれだけなのに、知らない知識がある。

 これは、消せない、消えない知識?

「急ごう」

 ガレットとマージの三人で、通路へと走った。遠くから発砲音。

「ここで迎え撃つ」

 バリケード。コンクリートの瓦礫を並べ、身をかくす場所を作り、そこに人々が集まっていた。何度か見たことのある人も多い。計三十六名。

「ガレット、私より後ろにいてください」

「アサこそ俺の後ろにいろ」

 一歩も譲らないので仕方なく彼の隣で、銃を構える。ユニットが使えたら──ないものをねだってもしょうがない。

 マージが説明してくれたおかげで、敵と同じように目の光る私を、ほとんどの人は仲間だと認識してくれたが、一部信用されてないのか、懐疑的な視線が突き刺さる。

「ガレットは銃の使い方はわかりますか?」

「アサは?」

「どうしてか……知っています。大丈夫です」

「俺も大丈夫だ」

 無言。静まる。遠くで発砲音。先ほどより近い。いくつかの防衛拠点が突破されたらしいことが、連絡で入る。

「そろそろ、来るかもしれない」

 ガレットが呟く。私も、銃を持つ手に力を入れる。

 やがて、遠くからでも良く目立つ、赤い光の集合が見えた。

「撃て!」

 バリケードの中央にある機関銃と共に、各々の手に持った銃が火を吹く。たとえ高い耐久性を持つ装甲でも、何度も攻撃を受ければ、いつかは破壊できる。理論上は。

 視界が煙に遮られる。それでも撃つしかない。

 痛みに苦しむ、うめき声が聞こえた。飛来するユニット。

「ガレット! 後退してください」

「逃げる場所などない。アサ、もし俺が死んだら、ここを離れて妻を──リシアとシーズを頼む」

 そんなことにはならない。させない。させてはいけない。

 次々と飛来するユニット。対人用のせいか、バリケードの瓦礫を貫通するほどの威力はない。それでも人間に当たれば──。

 自分の身を隠していた瓦礫の上、目の前に一体の人形がいた。至近距離。ガレットの銃口がその頭を捉え火を吹く。が、致命傷にはならない。まっさきにガレットに向かうユニットを叩き落とし、その人形の腕を掴む。

 先ほどの人形とは異なり、力が強い。振りほどかれ、逆に腕を捕まれて通路の壁に叩きつけられる。

 背中に当たったコンクリートが砕ける。が、問題ない。

 全機能正常。

 脚に力を入れて、人形を突き飛ばすために腕を前に出す。が、難なくそれを受け止められ、ガレットのいるほうに投げ飛ばされる。

「ぐっ」

 私を受け止めたガレットが声をあげる。

「ガレット!?」

「だ、いじょうぶか?」

 私の心配などしないでほしいのに、ガレットはそう言って苦笑い。

 急いでどかないと重い。飛来するユニット。避けれない。

 三枚を視界に確認。手の甲で弾こうとするが間に合わない。角度が合わずに皮膚が切り裂かれる。

「ガレット、無事ですか?」

 ガレットの前に立つ。他の人々がどうなっているのかわからない。後ろには数体の人形。

「生きてたら、身を隠せ。爆発させる!」

 どこからか声。危険を感知。

 振り向いてガレットを瓦礫の隙間に押し込む。そこを背に、ユニットを弾く。痛みはない。装甲もほとんど傷ついていない。こちらに人形がいることを、彼らは想定していなかった、と考えられる。

 5、4、3、2、1。

 カウントダウン。その最後の瞬間、後ろから服を思いっきり引っ張られて、ガレットを押し込んだ瓦礫の隙間に入る。

 閃光。目前の人形が吹き飛ぶ。熱い。

「アサ!?」

 顔を向けると、私の服を掴んだままのガレット。

 全機能正常。

「大丈夫です。ガレットは?」

「大丈夫だ」

 地面にユニットを見つける。血液が不着している。

「身体を見せてください」

「大丈夫だ。とりあえず、外に出て周りを確認しよう」

 転がる人形。だが、機能停止はしていない。

「再起動後、また再び攻撃してくる可能性が高いです。今のうちに破壊しておきます」

 目の前に横たわる人形の胸にめがけて、手を振り下ろす。

「待て──もう駄目だ。お前は、リシアとシーズを連れて、ラーディのいる、第五十三地区へと向かってくれ」

「ガレットも一緒でなければ駄目です」

「いや、もう駄目なんだ」

 振り向く。ガレットの腹から、白い欠片──ユニットが飛び出ていた。滴り落ちる血。背後に数体の人形。

「排除して、治療します」

 言い終わる前に目の前の一体に飛びかかる。悠長なことはできない。三体。

 ガレットに対してユニットが飛来する。飛びかかる動作を修正し、ガレットの前で再び弾く。

 動けない。

「アサ、逃げるんだ。このままじゃ」

「駄目です」

「俺は、お前が死んでも悲しいぞ。ラーディはきっと、もっと悲しむ」

「死にません。最悪機能停止する程度です。問題ありません。」

「──良く聞いとけ。アサは俺の娘みたいなもんだから、俺より先に、死んだり、機能停止したら駄目なんだ。人形が嫌いなやつは多いかもしれない。けど、お前はお前だ。他の何でもない。リシアとシーズ、それにラーディを──」

 最後が聞き取れず、聞き返そうとしたとき、一気に私の前に飛び出るガレット。肉が切り裂かれ、血が飛び散る。

「ガレット!」

「逃げろ。俺が死ねば、お前がここにいる理由はない。逃げてほしい。本当に、早く逃げて──」

 助からない。もう助けられない……。そんなことはない。そんなことは受け入れられない。

 人形の胸に手を伸ばす。先ほどの人形のように力は強くない。コアを抜き出し、引き千切る。

「アサ……」

 二体目、三体目、完了。計五秒。倒れる音。横たわるガレットの下に血だまり。

「もう、目が、見えにくくなってきた。アサ、店を手伝ってくれてありがとう。三人で暮らして、楽しい毎日だったよ」

「ガレット!」

 抱える。抱えて走る。

 誰もいない通路。時折聞こえる発砲音は遠い。他の防衛地点のものか。

 既に警備する人さえいなくなった避難所。扉を開ける。リシアとシーズの場所まで走る。

「手当てを!」

 血相を変えて、ガレットの姿を見る。横たえたガレット。吹き出す血。

「ガレット……」

 リシアが、ガレットの瞼に手を当てる。ガレットが目を閉じる。

「手当てを。包帯が必要? 私、探して──」

 シーズに手を取られる。静かにと、言われる。リシアの目から水──それは涙。

「シーズ? 包帯は?」

「アサ、もう良いのよ。ガレットは、天国に行ったから。彼、重かったでしょ? 連れてきてくれて、ありがとう」

 静かにリシアがそう言った。

「ガレットは……?」

「亡くなったの。だから、もう苦しまなくて良いの」

 守れなかった。床についた膝。裾にガレットの血が染み込んでいく。暖かい。ガレットの身体に刺さったユニットを外す。

「起きて、ガレット。死んじゃだめ」

 血だらけの服。

「シーズ、アサを連れて、逃げてくれない? そうそう、これも持っていってほしいの。お金とか、必要なものを入れてるから。悪いけど、ラーディをお願い」

 リシアの顔を見る。

「アサ泣かないで。守ってくれたんでしょ? ありがとう。あなたも腕が大変……」

 泣く? 泣くのは、人間だけだ。

「私が泣くことなど──」

「泣いてなくても、泣いてるわ」

「……良いけど、リシアは?」

 シーズがリシアに尋ねる。

「私はもう、良いから。この人一人にしておくのも嫌だし」

 結局、誰も助からない。誰も守れない。何もできない。

「そんなことしたら、リシアも、死んじゃう……」

 私の言葉に、リシアは、そうねと頷く。

「でも、アサとシーズが助かってくれたら嬉しいから、ほら、もう早く逃げて。私がいるよりも、早く逃げれるでしょう?」

「ガレットが、リシアを頼むって」

「じゃあ、私のお願い聞いてくれるわね? 頼まれたんだから」

「え──」

 危険を看過することはできない。シーズも、リシアの危険も。リシアがここにいたら危険だとわかっているのに、色々な状態を計算した結果、私一人がここでリシアを守ったとしても、守れないという事実を知った。

「シーズと一緒に逃げるのよ。隣の地区に逃げれば──できれば、五十三地区まで行って、ラーディに会ってやって。シーズ、迷惑かもしれないけど、お願い」

「迷惑なんかじゃ──、アサ、準備しよう?」

 シーズに促されて、鞄を手にする。リシアは最後まで笑顔で、その笑顔はいつもの玩具にされるときのような笑顔とは違って、怖くなくて、寂しそうで、その顔を見つめているうちに、扉が閉まった。

 通路。

「シーズ、どっち?」

「こっちよ。先回りされてなければ良いけど」

 ガレットが使っていた照明を頼りに、出来るだけ急いで歩く。銃の音が遠くから聞こえる。死んでいく人々のことを思うと、胸が苦しい気がする。

「ほら、そんな顔しないで……。ここで、あなたもいなくなったら、ラーディが悲しむし、このお金がないと、ラーディも学校辞めないといけなくなるかもしれないよ」

 そう言うシーズの顔は、元気がない。

「シーズも元気になって……」

 少しだけ笑ってくれる。

「そうね──生きてたら、また絶対笑えるんだから、元気出さなきゃね」

 無言で歩く。

 一体の人形が現れた。もう慣れた。作業のように、その人形を壊す。

 震えるシーズの手を握って、再び歩き出す。力強く握り返してくるシーズの手。

 反響して届く銃の音はだんだんと小さくなり、そして聞こえなくなった。時間の感覚がない。充電率が二十パーセントを切っているから、約六時間程歩いたのかもしれない。

「シーズ、休んだ方が」

「大丈夫だから」

 そう言って、シーズはあまり力の入っていない足取りで、通路を歩く。

 どこまでも続く道の先に、明るい光が見えた。

「あれ、何?」

 振動音。

「わからない……」

 シーズもわからないらしい。何かが近付く。通路の脇で、目を凝らす。が、明るい光が近付いてくるだけで、それが何なのかは──乗り物らしい。誰か人が乗っている。巨大な、二輪の乗り物。バイクだ。

 私たちの前でそれが停止する。

「四十七地区の人間か?」

「はい。正確には、この子はうちの家政婦人形なんですけど」

 そう言ったほうが良いのか、シーズは何も言わないでというように、私を見て一歩前に出た。

「状況を知りたいんだが──他の人間は?」

「避難用の部屋にいたんですが、拠点の一つが壊されて、父がそれで死んでしまい、母に逃げるようにと言われてここまで……」

「なるほど、それは気の毒に。だが、生存者がいる可能性もあるな。ここまで歩いてきたのか、後ろに乗ると良い。元々二人乗りだが、三人くらいまでなら平気だろう」

 シーズは物事を正確に説明していない気がするけど、それで大丈夫なのだろうか。

 シーズが尋ねる。

「どこに行くんですか?」

「最終的には五十三地区に送ろうと思っているが──言い忘れた、俺は五十三地区の警備隊に所属しているルイドだ」

 信用されていないと思ったのか、何かの証書をシーズに対して見せている。ヘルメットを被っていてわからないが、まだ若い感じがする。

「で、君は?」

「私はシーズで、こっちの子がアサ」

「よし、とりあえず、事情も聞きたいし、うちの隊の出張所まで戻る。大体ここから三時間程度だ」

 バイクの後ろに、シーズが乗って、その後ろに私が乗る。まだ余裕がある。四人くらい乗れるのではないかと思うほど、大きな乗り物だ。

 鞄は、バイクの後ろの大きな荷台に乗せて固定することが出来た。

 シーズの腰に手を回す。私が重くて大変なことにならないかと危惧していたが、問題ないようだった。

 充電が心配だから、体の一部を省電力モードにして、視界をカットした。もし、動けなくなったら、そこまでだと考えていたので、本当に助かった。

 地下通路を隔てる巨大なコンクリートの壁が幾重にも連なったその先に、ルイドの言う出張所があった。避難所よりも若干小さいその地下の部屋は明るく、人々が慌しく動いていた。

「お、早かったな。状況はわかったか?」

「生存者を途中で拾えたんでな。これから詳しく聞いて、隊を出そうと思う」

 そんなに悠長なことをしていたら、みんな死んでしまう。という言葉を呑み込んだ。わかっていても、出来ないことがある。そう思った。

 部屋の隅のテーブルに向き合う形で、ルイドに色々なことを聞かれる。

「使われていた人形は、そのほとんどが対人用だと思います。ユニットも十番シリーズだったので」

「戦闘型でもないのに、随分分析能力が高いんだな」

「この子、と、特注だから」

 シーズが、苦笑いをしながらそう言った。あまり良くないことを言ったのかもしれない。やっぱりあまり喋らないことにする。

 一通りの情報を話して、仮眠室に案内される。

 バッテリーの充電もさせてくれるらしく、助かった。

「何か困ったことがあったら、所内の暇そうなやつを捕まえて言ってくれ。二人が生存者っていうことはもう伝わっているから。

「ありがとう」

 ルイドはそう言って、仮眠室の扉を閉める。六人分くらいのベッドがあって、でもとても狭い部屋。その一つに横になりながら、シーズが顔を私に向ける。一目みて疲れていることがわかる。

「アサ、あなたって、実は戦闘型?」

「わかりません。本当に、昔の記憶がなくて──人形ってタイプがあるの?」

「私も詳しくないけど、まだ親が生きていて普通に暮らしていたころは、うちには家政婦型の機械人形がいたのよ」

「私と似てました?」

 うーん、としばらく考えてから、

「アサのほうがかわいいかな」

 どう反応して良いのかわからない。それ以前に、そういうことじゃなくて──。

「ごめんごめん、見分けるポイントとかあるのかもしれないけど、私詳しくないからわかんない」

 私が固まってしまったからか、笑いながらそうシーズは言った。戦闘型は、人を殺しているさっきの人形のことを言うのかな。

 ガレットは死んでしまった。あんなこと、したくない。

「家政婦型だったら良いな」

「どうして?」

「……お店の手伝い、楽しかったから」

「そう、良かった。嫌がられてたらどうしようかと思ってた。あ、もう寝るね。変なこと聞いてごめん。おやすみ」

「いいえ、おやすみなさい」

 そう言い残してしばらくすると、シーズから寝息が聞こえた。

 ガレットの血が付いた服が、固まって、赤黒く変色していた。

「リシア、大丈夫……?」

 自然と呟いていた。その疑問に答えてくれる人はいない。

 私は無力で、何もできない。

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