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序章 四 機能停止


「ん──」

 視界に、ラーディの顔が映る。目が見えるようになっている。

 バッテリー残量三十二パーセント。システム正常。各出力六十八パーセントを維持。

 あれ、ラーディがいる。ラーディのことを覚えてる。記憶がある。

「ラーデッ!?」

 私の口を思いっきり手のひらで塞ぐ。

「静かに。何か外に変なやつらが来てるぞ」

 声を小さくして、喋ることにする。

「ラーディ迷惑かけてごめん。ありがとう。私のこと嫌い?」

「いや、どういたしまして。って、そういうんじゃなくて、外に誰か来てるんだけど?」

 ベッド際の窓から、外の様子を見る。見えるだけで、二十三人の人間が、家の前にいることだけはわかった。

「ラッカクの友達かな?」

「よくわかんねーけど、あんな服装のやつら、何か怪しいって」

 もう一度、外の様子を見る。確かに、服が少し違う。あの服は──。

「治安維持局の制服」

「何だそれ?」

 自分で言っておきながら、何だったかと考える。言葉が出てきたのに、それが具体的に何を指すのかが思い出せない。

「……何だろう。治安を、維持する、局、の制服」

「アサ、てきとーに言ってる?」

「ごめん、適当でした」

 途端に、バタンという激しい音がした。複数の足音が、階下に響く。

「は、入ってきたよ……挨拶したほうが良いのかな?」

「なんか、ヤバい感じするんだが」

「え、そんなことないよ。お客さんだよきっと」

「なのか?」

 言ったものの、あまり自信がない。とりあえず私はケーブルを抜きとって、外してもらった上着のボタンを留め直す。

「ラーディはここにいて。話してきてみる」

「あ、ああ。身体は大丈夫か?」

「大丈夫」

 扉を開けて、階下に向かう。

「お客さんですか?」

 歩き回る男たちが一斉に振り向く。

「リーダー。地下のものは全部押収したほうが良いかと」

「わかった。とりあえず全て運び出せ」

 リーダーと呼ばれた男が、そう言って私に向かってくる。パリっとしたスーツに身を包んだ、長身の男だ。

「突然失礼したことを詫びよう。返事がなかったもので」

「すみません。えーと……寝ていました」

「お休みのところ本当に申し訳ない。ところで、こちらにラッカクという男は住んでいるか?」

「あ、はい」

「どういう関係で?」

 そう尋ねられても、どう答えて良いかわからない。

「居候してるんだよ。な、姉貴」

 途端に、後ろから声がしたので振り向くと、ふあぁと眠そうに欠伸をするラーディが見えた。ん、少しわざとらしい気がする。

「二人は姉弟か?」

「うん、親がいなくて、一週間くらい前からラッカクに世話になってるんだ。で、騒がしいけど何?」

「立ち入り許可が出ているため捜査に入らせてもらっている。ラッカクという男は、認可を受けずにある特定の技術を濫用しているという疑いがあってな。君たちの身柄も一時拘束する。もちろん、関係がないとわかれば、すぐに解放するし、捜査に協力してもらったお礼もしたい。できれば何も抵抗せずに、同行してほしいのだが」

 リーダーと呼ばれた男は、そう早口で説明する。

「あの、ラーディは……」

「姉貴」

 言いかけようとしたところで、ラーディの声が後ろから聞こえる。振り向くと、近付いてきて、とりあえず黙って様子を見ようと私に聞こえる声で小さく伝えてきた。

 謝っても謝り切れない。なんでこんなことに。ラッカクは、何か悪いことでもしているのだろうか。それとも、捜査?をしているこの人たちが何か勘違いしているのだろうか。

 それにしても、ラーディは咄嗟に良くあんな出まかせが言えるものだと、そう思った。もし私があのまま答えるのに躊躇していたら、ものすごく怪しまれただろう。

「二人とも、上の階を案内してもらって良いだろうか?」

 リーダーの声で、私たちは上へと上がる。リーダーを含めた三人の男が、後ろからついてくる。

「ラッカクの部屋は?」

「ええと、この右の部屋です」

「この左と、奥の扉は、二人の部屋ということで良いかな?」

「あ、私と弟は、この部屋を二人で使っていて、奥は入ったことがありません」

 奥に行ったことがないのは本当で、掃除もしていないから、左の部屋を二人で使っているということにする。

「よし、ラッカクの部屋は俺が調べる。ラグは奥の部屋を。君……ええと、名前は……」

「ビークです」

「そうだ。新人だったな。ビークは、この姉弟の部屋を調べろ。物を壊すんじゃないぞ。二人には関与の疑いがあるが、白黒きちんとするまでは丁寧に。我々はただでさえイメージが悪い」

「はっ」

 そう短く返事をして、ビークという若い男が敬礼する。リーダーと、ラグと呼ばれた男がそれぞれの部屋に入っていくのを見届けてから、ビークが口を開く。

「じゃあ、君たちの部屋を調べさせてもらう」

「は、はい」

 扉を開ける。服をまだクローゼットに仕舞っていなくて、散乱したままだったのを思い出す。

「散らかっているな」

「ごめんなさい。まだ荷物整理してなくて」

「いや、構わん」

 ビークは、両手に白い手袋をつけて、棚の小物から、引き出しの中などを、一つ一つ丁寧に調べていく。実際、何が出てくるのかは私も良くしらないので、中から取り出され、床に積み重ねられていくものが何なのか気になった。本やノート、置物、あとはよくわからないもの。

 何を探しているのか。ビークは次々と手際良く取り出して一通り調べては戻すということを繰り返していく。

「ラーディ、ごめんね」

 小声でそっと話しかける。

「アサはあやまんなよ。ラッカクって人が何かしたんじゃねーの?」

「わかんないけど……ごめん」

 大方調べ終えたのか、ビークが近付いてくる。

「終わりだ。物は元あった位置に戻している」

「はい」

 そう言って私たちを先頭に部屋から出ると、先ほどの二人、リーダーと、ラグと呼ばれた人も既に調べ終えたのか、廊下で待っていた。

「ビーク、何かあったか」

「いいえ、特に何も」

「そうか。ラッカクの部屋には、技術関連の書籍と、ノート、あとは機械人形、三○二一型に使われる電源プラグが見つかった。押収しておく。奥の部屋にはこいつがあった。何だと思う?」

 小脇に抱えられるほどの、角張った入れ物が二つ、その手にあった。

「それ、何ですか?」

 と、ビークが尋ねる。

「ユニットが中に入っている。こんな危険な物を隠し持っていたとは。まぁ、幸いここに機械人形はいないし、ユニットを操作する制御装置もないから、ただの板切れだがな。さぁ、降りるぞ」

 私たちをはさむようにして、階下へと降りる。すると、一人の男が何かを手にもって近付いてきた。

「リーダー。非活性中のコアエネルギー、活性中のコアエネルギーを全て押収したんですが、数が合いません」

「どっちが合わないんだ。どっちもか?」

「いえ、活性中のものが。センサーだとレベル三なのですが、実際にはレベル二の質量しか発見できておりません」

「指向性のセンサーで位置を確認しろ。金がかかるが仕方ない」

「了解」

 言っている内容がまったくわからないが、そう返事をした部下らしき男は、外へと駆け出して行った。幾人もの人々が、地下から荷物を運び出し、外へと持っていっている。そういえば、私の背中につけると言っていた、コネクタの交換部品も持ち出されたのだろうか。

 せっかく作ったそれがなくなったら、ラッカクはがっかりするかもしれないし、私もがっかりしそうだ。

 先ほどの外へ駆け出して行った男が、不思議な機械を両手で抱えて戻ってきた。他の人たちが、中央にある大きなテーブルを脇へと寄せて、台所の中央に設置する。四本の金属の足が機械を支え、機械自体はまるで大きな銃のような形をしていた。銃は──弾が出て、人を殺すもの。覚えている。どこかで見たことがあるのかもしれない。

 その機械に、何かを発射するような機構はないようだった。一定間隔で鳴る電子音が、その機械から聞こえる。

 男はゆっくりと、その機械を回転させる。上下方向にも向きを変えられるようで、ゆっくりと回転させながら、上下へ傾けることを繰り返している。何本もの太いケーブルが、家の外からその機械へと伸びていた。次第に、電子音の感覚が短くなる。

「やはり、ありそうですね。まったく、どこに隠しているのか」

「だな」

 リーダーと部下がやりとりする中、私たちは、おそらく逃げ出さないようにだろう。両側と後ろにいつの間にか人が張り付いている。

 断続的に聞こえていた電子音が、ほとんど連続で聞こえるようになり、ついには完全に連続した音になった。

「ありました。こっちですね」

 そう言った男は、まっすぐ私を指さしていた。

 途端に、リーダーを含めた周りの人々が、ラーディを除いて私から離れる。

「情報にはなかったぞ……どっちだ。一人は人間だ。レベル一以下で動作する人形はいない」

 リーダーが私から目を話さずにそう言う。

「待ってください。センサーの故障では……どう見ても人間です」

 一人がどこからか、そう言ったのが聞こえた。

 リーダーの手にはどこから出したのか、黒い何かの塊が見えた。

 あれは──。

 深く考える間もなく、いつの間にか身体が動く。気付けば、横にいたラーディに覆い被さるように動いていた。続いてすごい爆発音とともに、背中を殴られたような衝撃が走る。

「人形は女のほうか。まぁ、子供の、少年の形をした人形など少ないから、ある程度予測はついていたが」

 顔を振り向けば、男の手に持った黒い塊から、煙が立ち上がっていた。爆発音が聞こえ、肩や顔や腕、背中に、次々と衝撃が来る。

「アサ?」

 声のするほうを見下ろすと、少年が縮こまるようにしてそこにいた。なんて可哀想なことをしてしまったのだろう。連れてきたのは失敗だった。迷惑をかけるばかりか、こんなことになってしまった。このままだと、ラーディは殺されてしまう。

「徹甲弾を用意しろ。活性化している人形は破壊しろとの命令だ」

「はっ」

 銃声が止まった。

 恐る恐る後ろを見ると、数人の男たちがこちらに銃を向けて立っている。

「忘れるな。我々には下層の一般人の生命より優先すべき事がある。人形、そこを動くなら、お前が庇っている人間を射殺する」

 一般人の命。ラーディのことだろうか。私一人で済むのなら問題ない。

 一度記憶を失っているので、自分がどれだけの年月を生きてきたのかを知らない。短い人生だった。

「リーダー、少年はこちらへ来てもらったほうが良いのでは。巻き添えに……」

「いや、あの人形は、少年を守るように行動している。今二人を離したら、人形が自由に行動するだけの理由を与えてしまうことになるだろう。あの精巧な作りを見る限り、二八○○シリーズをベースにしたファミリー向けの家政婦タイプだから、そこまで危険視する必要はないが……」

 ラーディが私に声をかけてくる。

「アサ、俺がいるから動けないのか? 気にすんなよ」

「ラーディ、撃たれてない?」

「一発ももらってない」

「良かった」

 どうすれば良いかと、悩み考えた末に、私は少し声を張り上げて言った。

「あの、私は逃げないし、抵抗もしないから、この少年を、ラーディを保護してもらえませんか? この子は、あなたたちと同じ人間です」

「お前が嘘を付いているとしたら?」

「嘘ではありません。逃げませんし、抵抗しません」

「だが、我々は少しの不確定な要素も、受け入れることはできん。随分その少年を大事にしているようだが、その少年がお前の持ち主か? お前がその子を守るように行動することは、揺るがない確定事項だ。確実なものと不確実なものがあれば、我々は確実なほうをとる」

 返事とともに、一発の銃弾が私の身体の隙間を狙って、ラーディへと向かう。高速で飛来する弾を腕で受ける。重い衝撃のあとに、弾は床に転がった。

 人工の皮膚に穴が空いたが、内側の装甲がそれを完全に弾く。

「拳銃では、牽制程度の意味合いしかないな」

 その様子を見ていたリーダーはそう言って、少しだけ笑った。私は全然、楽しくないし嬉しくない。

 なぜリーダーは私の行動を確定事項だと言いきれるのだろう。ラーディを守る。それに抗うことはできそうにないし、したくもなかった。どうにかして守りたい。

 そうか、確かに、確定事項なのかもしれない。でも、目の前の男がそれを知っているということが不思議でならない。

「アサ、急いで上の階に逃げよう。数発もらったって平気だから」

 そんなわけない。人が銃弾に当たったら、死んでしまう。移動中に来る弾を全て防ぎきれるかわからない。今、こうやって防げているのは、ラーディの体の大半を射線上から隠しているから出来ることなのだ。

 第一、上の階へ行ったとしても、そこから先逃げる場所などないように思う。

「用意できました」

 振り向けば、長い銃身を構えた人たち現れ、私に銃口を向けている。徹甲弾って……何だっけ……。

「撃て」

 背中や腕や足に一斉に衝撃が来る。先ほどとは比べ物にならない威力。

 ラーディのほうに向かう弾がなかったことに安堵する。そう、同じ人間なのだ。向こうも、本気でラーディを殺そうなどと思っているわけではないはず。

「アサ──」

 右膝から先が千切れたことに気付いた。

 もう保たない。

 そういえば、関節部は装甲が薄いから、気をつけないといけなかった。あれ、これは、何の知識?

「やけに硬いな」

 リーダーの声が聞こえた。

 突然ラーディが私の腕を取って、階上へ逃げるように私を持ち上げようとする。

「ラーディ、手を出さないで、危ないから」

「でもどうにか、しないと」

 そう言って動こうとする身体を抱きしめるようにして、ラーディの動きを止める。背中が熱い。保たない。

 すると、爆音の中、はっきりと見知った声が聞こえた。

「俺を探しに来たんだろ? さすがに近所迷惑だから、やめてくれると嬉しいな」

 聞きなれた声が後ろから。ラッカクだ。 

「発砲中止! B班はラッカクを包囲」

 途端に、衝撃が止む。後ろを振り向けば、ラッカクが十人近い人間に囲まれていた。

「このあたりに、近所迷惑になるほど人間が住んでいるとでも? どうなるかわかって戻ってきたのか?」

 リーダーが、ラッカクに一歩近付いてそう言った。

「大事なやつがいるんでな。俺を捕まえれば済む問題だろ?」

「捕まえるか、捕まえることができなければ殺せという命令だ」

「大丈夫。捕まるよ。ほら、拘束しろ」

 そのやりとりを聞きながら、私はラーディにそっと、上の階へ逃げるように言う。残念ながら、私はあまりもう動けそうにない。少々きつめに強く言うと、ラーディは観念して、そろりそろりと、階段を登って、そして姿が見えなくなった。

 良かった。いざとなれば、窓から外に出られるだろう。いや、この階段から上に、誰も通さなければ良い。

 後ろに向き直り、ラッカクのほうを見る。二人の男に両脇から拘束され、別の男がその手に金属の拘束具を付け終わったところだった。

「な? 簡単に捕まっただろう?」

「ああ、だが、人形は破壊させてもらうぞ」

「そのことだが、一つ取引したいな。エルジン、お前、もう少し手柄を上げたくはないか?」

 ラッカクが、リーダーに向かってそう言った。名前を知っているみたいで、知り合いに見える。

「お前に名前で呼ばれる筋合いはないな。取引などせん。人形を包囲しろ」

 再び、私の周りに集まってくる。あの長い銃から発射される弾は、衝撃が強い。出来れば、あまり受けたくない。

 ラーディを逃すことができたが、私はもう動けない。右足がない。

「──実は、ここにあったコアエネルギーは一部なんだ。もう二ヶ所程の隠れ家に、ここの約二倍、所持している。ポイントアップ間違いなしだ」

「あまり俺を舐めるなよ。犯罪者と取引する程、落ちちゃいない。ゆっくりと、取調べを受けてもらう」

「そりゃ悪かった」

 ラッカクに向かって、リーダー……エルジンが銃を向ける。なぜか、その光景を見ているのがとても辛い。それは、大変なことに思えた。

 ガタンという大きな音がなった。瞬時にそれがどこから鳴ったのかを察知する。脇に追いやられたテーブルの上にある──あれは、先ほどの角張った、何かの入れ物だ。ガタンと、それが再び跳ねた。

 中に、何かいるのだろうか。

「何の音だ?」

 エルジンが、ラッカクに銃を向けたまま周囲を見る。命令がないためか、私に向けられた銃はまだ発砲されていない。

 早くどうにかしないと、ラッカクが死んでしまう──殺される。

「まあいい。とりあえず、お前が死んでも、俺は構わないんだ。あまりふざけたことは言うなよ?」

 銃の引き金にかけた指が動くのがはっきりとわかった。なのに、私は何もできない。

 発砲音が鳴り止む。ラッカクの腕が撃ち抜かれた。痛そうだ。苦しそうな顔をして、その右手から血が、少しずつ滴り落ちてくる。

「わかったか?」

「何が……だ……」

「ふざけたことを言うなってことだ」

 再び、引き金に手がかかる。駄目だ。どうしたら良い。

 助けなくては。

 大きい音が、部屋に響いた。さっきの動いた入れ物に穴が空き、中から白い小さな何かが、天井にぶつかるような勢いで宙へと浮かぶ。連続的に順序良く舞いながら、整列していくそれは、何かのショーを見ている気分だ。

 断続的な、金属がかち合うような音が響く。ひとつひとつの白いそれらが、狭い場所で重なり合うたびに、ぶつかって音を鳴らす。

 即座にそれが何なのかを理解した。

 視界に情報が表示される。

 ユニット、タイプ二○が計六十四枚。全て認証済みで、制御下に置いていることを確認。信号送受信、ステータスは良好。

 まるで世界が遅くなったようだった。引き金にかかる指が、ぐいと、押し込まれるのを確認してから、私はその制御下にあるユニットに指令を出す。

 薄くて白い、板のような、刃物のような、菱形の形をした宙に浮くユニットが、この状況を打破するために有効なことを知っていた。一秒もかからない。コンマ一秒もかからない。百分の一秒以下で、到達することを、私はなぜか知っている。

 放たれた弾丸をユニットが捉える。角度を付けて弾く。

 知らない誰かのうめき声が聞こえた。いや、確かあれは、ビークと呼ばれていた人だったかもしれない。

「ユニットだと!? お前ら、そいつを早く処分しろ! クソッ、戦闘型だったのか」

 エルジンはそう言って、私を見た。途端に、私に向けられていた銃が火を吹く。けれども、その弾丸が私に届くことはなかった。何枚ものユニットを、弾くために展開する。機敏に舞うそれらは、糸に操られたトランプのカードのようで、少し楽しく感じている自分がいることに気付く。

 まともに受けて壊れた一枚の破片を確認。流石にこのタイプの弾丸を九十度以上に角度を付けて反射させるのには無理がある。だから、次からは私に当たらないようギリギリの角度で、逸らすようにする。弾いた弾丸が、周囲のコンクリートをボロボロと砕いていく。

 五回、六回程耐えたところで、計十枚の、ユニットだった破片が信号を受け付けなくなって床へと落ちた。それらを全て冷静に認識し、処理している自分がおかしかった。なんでこんなことできるんだろう。

 残り五十三枚。全てを防御に使えば、最低でも約二百六十五以上の弾丸の軌道を逸らすことができる。が、目の前の銃がどれほどの装弾数で、予備弾薬がどれほどあるのかは不明。

 それだとラッカクを助けられない。私は破壊されて、ラッカクは連れていかれるか、殺される。

 簡単なことだ──全部殺してしまえば良い。

 宙に停止していた十枚のユニットを、一斉に目の前の男たちに向けて放つ。薄く刃物のように尖ったそれは、ほぼ一瞬で彼らの心臓を貫いた。一番近くにいた男の返り血が、私に降り注ぐ。

「アサ!」

 ラッカクの声が聞こえた。どうしたのだろう。ああ、良かった。まだラッカクは殺されていない。

「少し待っていてください」

 倒れた十人を貫通したユニットと、残りのユニットを、次の標的を合わせ──。

「待て、殺すな!」

「了解です」

 彼らの腕を切断した。刃を切り返して、もう片方の腕も切断しておく。

 肉と骨は良く斬れる。

 苦しみ、叫び、痛がる声が聞こえた。痛いって、どんな感じなのだろう。

 エルジンに勝手に動いてもらっては困るから、三枚のユニットを彼の体に這うように展開させる。たとえ指一本でさえも、動くことは許さない。

 立っているのは、エルジン一人になった。

「ラッカク、コレも殺しませんか?」

 エルジンは、動けず、動かず、私を見て固まっている。

「……殺さない。エルジン、手柄を取るチャンスがなくなったのはわかるだろう? 立ち去れ。アサ、ユニットを解除しろ」

「はい」

 信号の送信を止める。ゆっくりと、浮かんでいたユニットが床に落ちた。いくつかのユニットは、角度が付いてたためかコンクリートの床に刺さる。

「くっ……」

 エルジンは即座に玄関から外へと、逃げて行った。もう補足できない。

 この倒れている両腕がない人たちはどうしよう。痛い痛いと、泣き叫んでいる。

「殺すなと言ったが、これじゃあどのみち失血で死ぬぞ。わかってんのか!?」

 すごい勢いでわめく。失血──ああ、血を失うと、人は死ぬかもしれない。

「はい、失血で死ぬかもしれません。本当に可哀想」

 玄関にいたラッカクが、階段の私のところまで近付いてくる。

「俺は殺すなと言ったはずだが?」

「殺していません。まだ生きてます」

「──そうだな」

 見渡す。私は腕を切っただけだ。記憶を削除したことが間違いだったかもしれない、と、ラッカクはそう呟く。前は、良かったと言っていたのに。

「こ、殺してくれ……」

 一人の男が、まだ意識がはっきりしているのか、こちらを見てそう言った。

 だから私は答える。

「駄目です」

「──おい、もう良い……。殺してやれ」

「確認します。この男だけ殺せば良いですか?」

「いや、全部だ。もう、どっちみち助からない。早く楽にしてやれ……」

 苦しそうな顔をして、ラッカクはそう言った。

 信号の送信を再開する。一瞬で済んだ。全員の心臓に、ユニットを突き立てる。白いユニットが、赤く染まった。彼らは変な叫び声を挙げて、それから動かなくなった。

「終わりました」

「……少年はどうした?」

「少年?」

「お前が作った飯を食ってた、子供だ」

「ああ、ラーディですね。それなら、上の階へ逃しました」

「──とりあえず、上に行ってくる」

 そう言って、ラッカクは私の横を通って階段を登る。私は、あまり動けそうにない。

 べっとりとした、赤い血が、自分の手や腕、身体に降りかかっていた。鉄の匂いがする。人間だった肉塊が、目の前にたくさん転がっていた。また掃除をする必要がありそうだ。

 階段を一段一段、手と膝を使って登る。一気に静かになった家の中。右の膝から飛び出た金属の棒が、階段のコンクリートに打ち付けられて鳴る音が響く。

 ラーディと、ラッカクの姿が見えた。

「ラーディ、大丈夫?」

 私の姿を見て驚いたように頷き、そうして彼は後ずさった。

 ポンと、何かがラッカクから手渡される。タオルだ。

「とりあえず顔を拭け」

 言われるままに、顔を拭く。血が一杯付いていた。

「ラーディ、無事で良かった」

「あ、ああ。いや──」

 私の言葉に、曖昧な反応が返ってくる。今までに見たことのないような表情で、ラーディは私の目を見ていない。どこを見ているのだろう。

 ラーディの視線の先が気になって、自分の身体を見た。人工の皮膚が所々破け、中の白い装甲が見え隠れしている。腕の一部は割れてしまい、よくわからない細いケーブルが数本、飛び出している。制御信号が走っているケーブルだ。どうりで、指が上手く動かない。

 服は焦げ、破け、真っ赤に染まっていた。

「ちゃんと言ってなかったけど、私、人間じゃない」

 無言で、ラーディは頷く。

「嫌い?」

 ラーディは、首を横に振る。良かった。嫌われてない。

「また、ご飯食べる?」

 ラーディは、頷く。良かった。また会える。せっかく知り合えた人なのだ。また遊びに来てほしいし、色々な話をしたい。

 嬉しくて、ラーディのほうへと一歩、正確には、足がないので這いながら近付く。手をラーディに伸ばそうしたとき、その手をラッカクに掴まれた。

「何ですか?」

「アサ、念のために言うが、殺すなよ、あとラーディにあまり……近付かないほうが良い」

 なぜ、そんなことを言うのだろう。ラーディを殺すなんてことしない。

「……どうして?」

「お前を怖がってるだろうが」

 ラーディが怖がってる? もう一度ラーディを見る。

「い、いや、そんなことねーよ。何言ってんだよおっさん。アサは仕方なく……だよな?」

「──おっさんだと!?」

 二人が、睨み合う。何で? どうして?

 しばらく考え込んでいると、ラッカクが口を開く。

「とりあえず、アサを充電して──ああ、ラーディ、だっけ? ちょっと包帯で腕を縛ってくる。撃たれたんでな。その後、下まで行って、ケーブルを探してくるから、それまでここで待っててくれないか」

「……わかった」

 二人だけになる。体勢がきつくて、壁にもたれかかるようにして、足を少し伸ばす。これで力を入れなくても姿勢が安定する。

「い、痛いのか?」

 さっきより近付いてきたラーディが、私にむかって聞いてくる。

「大丈夫。人間みたいに、痛がったりしない」

 ラーディが怖がっているようには見えないけど、少しだけ距離がある感じもする。ラッカクがそう言ったのだから、もしかするとそうなのかもしれない。

 私は、なんで怖がられる?

 無言の時間は、長く感じられた。ラッカクの足音が、隣を通り過ぎ、階下に響く。しばらくして戻ってきたその手には、ケーブルが握られていた。

「おい、バッテリーはあとどれくらいだ?」

「十一パーセントです」

 ラッカクが側まで来て、私の頭を両手で掴む。目の前には彼の顔。

「何ですか?」

「まだ余裕があるな、設定モードへ移行」

 途端に、体が硬直する。

 ラッカクの網膜と声紋パターンを認識。


『本人確認が終了。設定モードへと移行』


 勝手に自分の声が口から出てくる。体が硬直して、どこも動かせない。

「管理者権限の変更を要求」


『管理者権限の変更要求を受領。このままシステムを停止するか、新規管理者の網膜、声紋パターンの情報を要求します。停止した場合には、次回起動時に新規管理者の網膜、声紋パターンの情報を用意してください。システム停止時、メモリ空間上にある情報は──』


「こっちに来てくれ」

 ラッカクの声が聞こえた。微かに、ラーディがこちらへ向かってくるのが見える。が、あまりそちらのほうに処理を割くことができない。

「ラーディ、こいつは悪いやつでもないし、良いやつでもない。ただの人形だ。道具だ。もしこいつの持ち主になる気があるんなら、こいつの目の前で、網膜と声紋……声を発してやれば、俺からラーディに権限が譲渡される。嫌なら無理にとは言わない。面倒を見ろと、旧友に言われてたんだが、俺だと無理そうなんでな」

 返答を待つように、ラッカクは沈黙した。

「断ったら? アサはどうなるんだ?」

「機能停止させて、旧友の墓の横にでも埋めてやるよ。ああ、あまり気にする必要はない。元々、生きてなどいないのだから」

 再びの沈黙。

「アサは、人、殺したんだよな? 血が……」

「ああ、殺した。俺に銃が向けられてな──大抵の人形は、持ち主の命を最優先で守るように行動する」

「仕方なかったこと──なのか?」

「やりようは他にもあっただろう。俺が道具の使い方を間違えたという、それだけのことだ。命令を上手く定義できなかった俺の責任だ」

 少し苦しそうだ。出血が酷いのだろうか。ラッカクの額に汗が浮かんでいる。

「アサと話せる?」

「……わかった。アサ、設定モードの処理をバックグラウンドに」

 

『設定モードを中断します』


 体の硬直が解ける。

「ラーディ……?」

「飯、なんで作ってくれたんだ?」

「──案内してくれて、嬉しかったから。お礼にと……」

「アサは、機能停止されても良いのか?」

「うん、ラッカクが機能を停止すると選択するならば、それに従う」

「違う。アサはどうなんだよ?」

「……わからない」

 目の前の少年の顔は、とても悲しそうだ。どうしたら元に戻るのかを、私は知らない。

「もう良い。俺、持ち主とかになってもたぶん、上手いことできないし、やめとく」

「わかった。ラーディ、すまなかったな変な提案をして。アサ、機能停止の後は、リズリの墓の横に埋めてやる。感謝しろよ。あと、もし人形でも天国に行けるのなら──リズリに、俺が謝ってたと伝えてほしい」

「天国?」

「──なんて、冗談だ。気にするな」

 私は、リズリが誰なのかをよく知らない。でも、良いことなのだろう。

 ラッカクは、持ち主──管理者。

 ラーディは、友達──最初で最後の友達、だったら良いな。友達って、どうすればできるだろう。

 壊れた右膝の先が目に映る。

 怖い。どうして怖い?

 人が死ぬのは、可哀想。かけがえのない命を失うのだから。でも。私は命がないから、可哀想じゃない。何も失うものなど、ない。

 怖い。

 ラーディの顔が見えた。立って、私を見下ろしている。彼の手が目に映る。

「怖い……ごめん、たくさん人殺したけど、怖い。私、どこかおかしいのかも。手、握っててほしい……」

 恐る恐るとでもいうように、ラーディはゆっくりと腰を降ろし、私の手を握った。

「ごめん、ありがとう──」

 即座に、ラッカクの声が聞こえた。

「設定モード、フォアグラウンドへ」


『設定モードを復帰します。このままシステムを停止するか、新規管理者の網膜、声紋パターンの情報を要求します。停止した場合には、次回起動時に新規管理者の網膜、声紋パターンの情報を──』


「システム停止を実行」


『システム停止を受領──し、ました。システム停止実行まで十秒。中止するには〇秒前までに中止要求を要請してください。メモリ空間上にあるデータは全消去されます』



Intermedio


『システム停止まであと八秒──』

 

 アサの声のはずなのに、とても無機質な音で、目の前の人形は残り時間を伝えた。その手は、俺の手を力強く握り返してきた。痛くはない。

 アサは、人形。道具だと言われた。それなのに、なんでこんなに、怖がっているのか。人を殺したという事実を知って、俺は目の前の人形を、怖いと感じた。

 どうすれば良い。これが一番良い選択だと思ったのに、こんな感じで別れるのは、とても後悔しそうな気がした。


『システム停止まであと五秒──』


 一層強く、手が握り締められる。少し痛い。おそらく、無意識なのだろう。表情も何もわからない。包丁だって、人を殺せる。でも、包丁を使う人が、料理をするだけならば、そんなことは起きない。

 そこまで考えて、そう言いきれるだろうかと不安になる。

 これは何の痛みなんだ? 手を握っているから痛いのか。

 色々考えて、結局結論は出ない。けど、気持ちの中に、一つだけはっきりとした感情が浮かんできた。

 ラッカクが何と言おうと、アサは、怖がっている。自分が、消えることに。

 これではあまりにも、救われない。

「手はもう握ってなくても──」

「ラッカク、中止ってできるのか?」

 別に、救いたいと思ったわけではなかった。救えるとも思わなかった。

 いろいろあったけど、俺は今日まで生きていて良かったと思う。

 子供だから、考えが浅はかなだけかもしれないけど、生きることができるのに、死んでしまうなんて、おかしい。それに、死んで終わるなんて、まるで酷いおとぎ話みたいじゃないか。


『システム停止まであと三秒』


「おい、何を言い出すんだ──」

「中止してくれ!」

 

『システム停止まであと二秒』


 ラッカクを見る。驚いた表情で、俺を見つめている。

「……わかったよ」


『システム停止まであと一秒』

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