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第二章 二 守るものは


 学園の体育館は広く、二百人程の人々が集まっている。この地区の人口はどれくらいなんだろう。

 ラーディたちのグループも無事到着し、おじいさんの姿も見えた。大きな建物に興奮しているのか、不安な表情を隠しきれない大人たちと違い、子供たちはとても楽しそうだ。

「ラーディ、何が起きたのかわかる……?」

「いや、わかんないけど、本部のほうが赤く染まってた。火事とかじゃないだろうから……もしかしたら」

 最後まで言うことなく、ラーディが俯いた。

 車の音。しばらくして見覚えのある男の人が体育館へと入ってくる。一般の服とは違うから、かなり目立っている。ルイドだ。こちらにはまだ気付いていない。

「詳細は後で説明するが、本部が壊滅した。他の区画の住民もこちらに避難させることになっている。よって、この学校自体を今より仮設本部として機能させる。地区の議会に許可が取れない状況で、また人命に関わる緊急事態であるため、私のこの言葉に強制力はない──が、協力していただけると嬉しい」

 体育館全体に響く声。静寂の後、次々と、何が起きたのかと尋ねる人々。

「今は時間がないから簡潔に説明する。第五十三地区外部から何らかのルートを用いて地区内に侵入された。相手は訓練された兵で構成されており、人形を用いて本部を制圧後、地区内の住民に対して攻撃を続けている。絶対学園の外には出ないように」

 それだけ言うと、続く質問の声を遮って、ルイドは再び外へと出て行った。体育館から窓の外を見る。たくさんの人々が、建物の外にいる。人々の表情は固く、至る所で怒号や泣き声が聞こえた。

「アサ……もしかしたら、ここも駄目なのかな」とラーディの言葉。ガレットとリシアを守れなかった。シーズは大丈夫かな。

 誰かが死ぬと、誰かが悲しむ。だから、守りたい。

「ラーディ、私行ってくる。絶対、守ります」

 駆け出す私の腕が引き留められる。

「ラーディ?」

「……アサまでいなくなったら嫌だ」

「いなくならないです。待っていてください。大丈夫ですから」

 遠くで爆発音。どこかの建物が崩れたのか、地響きのような音が鳴った。

「どうしても行くなら俺も行く」

「駄目です。外は危険だと」

「それなら、アサだけ行かせるなんて尚更できない」

 押し問答をしていると、グラシスが体育館から外へ行くのが見えた。ミラが慌ててその後を追って走って出ていった。

「ラーディ、グラシスとミラが外に」

「何があったんだ……」

 二人を追いかけて体育館の外へ出る。中庭の中にグラシスとミラの姿。グラシスを引き留めようとしているのか、ミラが腕を引っ張るようにして、そうしてそのあと──蹴った。痛そう……。

「おいミラ、どうしたんだ?」

 ラーディが駆け寄る。

「どうもこうも、状況も良く分からないのに、家に向かうって。親と連絡が取れないみたいで……区画が一緒だから、避難するとしたらここなんだけど、姿がまだ見えないらしくて……」と、ミラの説明。

 咳き込みながら、グラシスが立ち上がる。

「親父は元気だから良いけど、母親は足が悪いんだ。もし何かあったら──」

 グラシスの右手には──携帯用の通信機。

 そうやってグラシスが再び歩き出すのを、ミラが引き留める。

「そうやってふらふら歩いてあんたが死んだら親が悲しむでしょ!?」

「死なないから、とりあえず行ってくる」

「もう! とりあえず、警備隊の人に言ってくる。ほら、そうしたら、グラシスの家を見てきてくれるかもしれないじゃない。校門あたりにいるかな」

 ミラが一人歩いていくので、三人で慌てて追った。



「で、もしかしたらまだ家にいるかもしれなくて、見てきてくれませんか?」

 校門には人が溢れていた。警備隊の服が目立つ。雑踏の中、ミラの懇願するような声。車両が門の外に並んでいる。再び遠くで爆発音。

「この爆発が聞こえないのか!? 今外は危険だ。今各区画の住人たちをここに輸送しているが、一人一人の人間の安否に割くだけの人員はない!」

「そこをお願いって言ってるんでしょうが!」

 ミラと警備隊の人の、双方の口調がだんだん荒れてくる。車の音。それが段々と近付く。

「あれ」

 ものすごい勢いで校門から中に入ってきた車が停車し、運転席からヘルメットで顔を覆った大男が出てきた。体を守るためのプロテクターに身を包んでいるが、その腕に見覚えがある。でも、確か片腕だけだったはずだ。片腕だけだった機械の腕が、今は両腕に取り付けられている。周りに目もくれずに後部座席から誰かを抱えあげると、ヘルメットの目のところにある二枚のレンズで辺りを見渡す。

 抱きかかえられている女性はメリッタだった。目を閉じて意識がないように見える彼女の顔が、若干血で汚れている。

「おい、救護班を呼べ!」

 私たちの近くにいた警備隊の人に話しかける。

「はっ。只今!」

 私たちの目の前にいた警備隊の人の、荒かった口調が一瞬で元に戻る。耳に付けたマイクに向かって救護班の要請。数十秒後、白衣を着た人々がやってきて、メリッタを校舎の中へと連れて行った。

「ありゃ、お前、アサじゃねーか」

 見下ろしてくる。その声で確信。ブラッジだ。

「お久しぶりです。何があったんですか?」

「色々だ。お前ら何してんだ? あぶねーから一般人は校舎に入ってろ!」

 一喝して私たちにそう言ったブラッジは再び車に向かおうとする。

「待ってブラッジ!」

「どうした? 時間がねぇんだから早くしてくれ」

「ええと、グラシスっていう友達の親がここに来てなくて、家まで行って確認できたら良いなと思っていて……」

 私の言葉に被せるように、グラシスが一歩前に出る。

「僕がグラシスです。住所は中央区画のDの八で、もしその近くを通るなら、乗せてもらえないですか?」

「外は危険だ。が、封鎖地帯の内側だな。そうだ。アサ、お前が護衛するってんなら、少しは安心だが……」

「します」

「待て、じゃあ俺も行く」とラーディ。

「私も!」とミラまで声を挙げる。

「この車は四人乗りだ。ここは公平に、最後に言った奴は留守番してろ」

 不満の声をあげるミラ。どういう公平さよと、愚痴を零している。

「ミラはほら、子供たちを見ててくれよ」

「わかったわよ……」

 グラシスの言葉に、渋々頷くミラ。

「それにお姉さんも危ないから残っててくれ。というか、どうしてお姉さんが護衛?」

 私は頷けない。私が護衛をするというのが、ブラッジの出した条件だ。

「私が行かないと、ブラッジが許可を出してくれません」

「だから何で!?」

「おいおい、時間がないって言っただろう! 早く乗れ!」

 ブラッジが急かす。

 グラシスは私が人形だと言うことを知らないし、きっと知ってたとしても、グラシスの想像する人形なら、護衛なんか勤まらないと思うだろう。色々ときちんと説明しなければならないことが多くて、でも全部を話すだけの時間はない。車に乗り込むと、急発進。車の窓から外を見ると、人のいなくなった街が見えた。

「ここです。ここで停めてください。ありがとうございます」

「おう」

 グラシスは車の扉を開き、一目散に駆け出す。

「アサと……ラーディだったか。この辺りは一応まだ安全だと言えるが、いつ封鎖しているところが突破されるかわからんから、用事が終わったらすぐ学園に戻れ」

「わかりました」

「はい」

「ああ、あと、坊主。念のためにこいつを持ってろ。弾丸が特殊なタイプだから、おそらく人形にも有効なはずだ。一般人にもたせるようなものじゃないが、非常事態ってやつだからな。玩具じゃねーんだから、バンバン撃つなよ!」

 ラーディが小さな銃を受け取る。

「どうも」

 そう言ったラーディの表情は堅い。車を降りて、グラシスの後を追いかける。車の離れた音が聞こえた。



「ラーディ、グラシスの家ってここ?」

「ここだ、入ろう」

 大きな家だった。寮みたいに大きな家。両開きの扉を開けて中に入るが、誰もいない。広い家だから、どこかの部屋に向かったのだろう。

「集音の感度を上げて、グラシスの居場所を探知します」

「……わかった」

 集音の感度を上げる。ラーディの心臓の音や、呼吸の音を除外し、人の動作音を探る。会話する声が聞こえた。男性の声。グラシスのものではないが、この家にいる以上は、グラシスの父親である可能性が高い。

 上のほうから聞こえる。

「こっちです」

 歩く。階段を登ろうとして、会話内容がおかしいことに気付いた。聞こえる声は一人だけ。でも、独り言を話しているわけではなさそうだ。

「ラーディ、少し止まってください。音を立てないように」

 一階の踊り場付近で立ち止まる。

「どうしたんだ?」

「男性の声が。グラシスのものではないけど、ちょっと内容が……」

 頭の上にはてなマークを浮かべるラーディ。集音感度を更に上げる。若干のノイズが混じりつつ、もう一人の男性の声が聞こえた。おそらく通信機から発生している声。


──なぜこんなことになったんだ──

──下層のやつらと心中しろと言うのか──

──安全に脱出するルートを教えろ──

──二十年上層のために頑張ってきた仕打ちがこれか──


 他にも色々と言っているが、声の大きさから言っておそらく三階の部屋にいるだろう男性は、興奮しながら文句を並べ立てている。対する通信の相手は、


──部隊が先走ってしまった。我々も困っているのだ──

──必ず助けるつもりではいる──

──現在安全なルートは存在しない──

──あなたの功績は評価している──


 と、興奮する男性をなだめるような調子で、言葉が続く。今回の、避難や爆発、メリッタが怪我していたことに──関係している? 続けて、三階にいると思われる男性の声。


──第五十三地区を潰す道連れに、俺も消すつもりなんだろう!? 万が一、上層の人々にこの事実が知れたら面倒だからな!──


 それに対しての返事はなかった。通信が切れたのか、何を言うべきか迷っているのか、それを判断することはできそうにない。私より、ラーディならもっと色々知っているから、この会話から何かを判断できるかもしれない。学校にも通っているし……そう思っていると、足音が聞こえた。

「グラシス」

 ラーディが上を見てそう漏らす。先ほどまでの駆けて行った元気はなく、どこか顔が青ざめている。

「ラーディとお姉さんか……」

 私たちの側まで来ると、グラシスはまるで糸が切れた操り人形のように、階段に腰を降ろした。

「どうしたんだ? 大丈夫か?」

「大丈夫」

 ラーディの呼びかけに、機械のように反応するグラシス。

「あの、男性が一人、通信でどこか離れた場所にいる人物と会話をしているようなのですが……」

「ラーディのお姉さん、耳良過ぎだね」

 時間がないから、変な疑問をもたれるより良い。この興奮して会話する男性は、何か今回のことを知っているに違いない。もしかしたら私の勘違いかもしれないけれど──二人に話してみよう。

「ラーディ、グラシス、出来るだけ静かに。ええと、会話内容に引っかかる点があるのですが、私ではあまり上手く判断できそうにないので聞いてください。男性は非常に慌てて、興奮していて、二十日後に実行される予定の計画がなぜ今日になったのか。妻や息子、私の安全をどう保障するつもりなのか。これからどこに逃げれば良いのか。他の五十三地区本部の役員はどうしているのか。狭くて汚い下層で必死に上層のために働いてきたのに、この仕打ちはどういうことだ。安全に脱出するルートを確保しろ。攻撃を一時停止し延期しろ──」

「お姉さん、それは、僕の父親なんです……」

 グラシスが、青ざめたままの顔で私の言葉を遮った。

「母親は無事でした?」

「たぶん……母親の部屋まで行ってない。父親の部屋に入ったら、ひどく狼狽してて、僕が話しかけたら、今は取り込んでいるから後にしろって。部屋の外に出て扉越しに話を聞いていたら……」

 グラシスは階段を見つめながら、そうして口を閉ざした。

「ラーディ、グラシスの父親は、何か知っていそう?」

「……今のアサが聞いてた話が本当なら、グラシスの父親は、今回の騒動が起きる計画を予め知っていたように思える。襲撃してくるのは上層の人間で、本来は二十日後の計画だったけど、予定が狂って今日になってしまった、のかな。グラシスは何か知ってたのか?」

「知るわけないだろう。って言っても信じてくれないよな……。俺は、まさか、父親があんな──。本部の役員で、街のみんなを守ってくれているとばかり……」

 ぽたりぽたりと、グラシスの目から涙が溢れて、階段に染みを作っていく。

「信じてくれないよな、なんて言うなよ。俺はグラシスを信じるよ」

「グラシス、泣かないで。本当のところはどうなのか、父親に直接聞いてみたほうが良いかもしれません。母親は足が悪いんですよね? 早く助けないと──」

「うん……」

 頼りない足取りで階段を登るグラシスに続く。向かう途中で、男性の言葉が聞こえなくなった。通信が終わったらしい。三階に到着し、長い廊下を途中まで歩いて扉を開くと、髪をくしゃくしゃに掻きむしる男性の姿。恰幅の良い彼が私たちを見る。

「グラシス、早く地下室に行け。二人はグラシスの友達か? 悪いが帰ってくれないか。私は母さんを──」

「父さん、さっき話してたこと何なんだよ?」

「聞いてたのか? 盗み聞きは良くないな。それにお前には関係ないことだ。とにかく早く地下室に」

「関係ある。この地区の、今の騒ぎのこと、何か知ってるんだろう!?」

 グラシスにしては珍しく、口調が荒い。

「知らん。とにかく早く……」

 爆音。窓の割れる音に、声がかき消される。部屋の扉を開けて廊下を見ると、爆風のためか、廊下の窓が割れ、ガラスの欠片が散らばっていた。

「大変だ……早く地下室へ!」

 グラシスの父親が大急ぎで廊下へ出ると、奥のほうへと歩いてひとつの部屋に入る。しばらくして、動く椅子──車椅子に乗った女性が姿を表した。

「グラシス、友人たちには出て行ってもらえ」

「こんな中、出ていけっていうのか?」

「詳しく説明している暇はない。しょうがないことだ」

 椅子を押しながら、階段のあるほうへと進む彼についていく。

「あなた、グラシスの友達だけでも、助けられないの?」

 グラシスの母親が口を開いた。

「駄目だ。後々面倒なことになる」

「そう……」

 車椅子に取り付けられた四つの車輪が階段に合わせた形状へと変化し、みんなで階段を降りる。この男性は何かを知っている。一階へと降り、地下室への入り口となる階段の前まで来る。階段を降りていくのを、私とラーディは立ち止まって見つめた。

「グラシス、友達にお別れを言いなさい」

「父さん、母さん、さようなら」

 固まる両親を前に、そう言ってグラシスは私たちのほうへと戻ってくる。気になったのは、地下室の扉だった。コンクリートで出来た扉。厚みが五十センチ程度までなら、突破するのは容易い。

「ここでは、爆破されればひとたまりもありません。人形相手でも、おそらく侵入を防ぐことはできないでしょう」

「適当なことを言うな。この扉は頑丈だ。それに地下にいれば簡単には見つからんだろう。グラシス、考えを改めてこっちに来なさい。六時間、六時間待てば助けが来る」

「僕は、父さんは、この街を守る立派な仕事をしていると思っていた。本部の役員、それは素晴らしい仕事だと思っていた。外から来た人たちが、この街は平和だと、そう言ってくれるのが誇らしかった……」

「……今は、お前にどう思われようと構わん。酷い生活をさせたくなかった。学校にも行かせてやりたかった。それには金が必要だった。十分な金が今はある。上層に行けば、母さんに良い義足をプレゼント出来るし、お前ももっと良い学校に入ることができる。軽蔑されても良い。だから、今だけは、父さんの言うことを聞いてくれないか。こっちに来るんだ」

 でも、その地下室では助からない。

 せいぜい、隣の建物が破壊されたときの爆風を防げる程度。貧弱な扉はすぐに突破される可能性が高いし、相手の人形がどの程度の能力を持っているのかはわからないが、音の塊である人を感知する程度ならば、特別なセンサーがなくても可能だ。現に私は、集音の感度を上げることで、人の動くときの骨や筋肉の発する音まではっきりとわかる。

「その地下室では安全性に問題があります。人形は、一階から三階にいるあなたの呼吸音までしっかりと聞くだけの能力を持っています。発見される可能性が高く、また発見された場合に逃げる場所のないここは危険です」

「何を言う。おい、ルーク!」

 一階の奥から近付いてくる足音。一人の青年が私たちの側まで来る。

「ルーク、この扉を破壊できるか?」

 ルークと呼ばれた青年が、階段を降りていき扉に近付く。

「私の能力では破壊できません。私のフレームが衝撃に耐えられません」

 地下室の前は部屋の照明が届かず、ルークと呼ばれた青年が人形であることを確認出来た。

「ほら見ろ。機械人形でも突破できないんだから、グラシス安心しろ。ここなら大丈夫だから、早くこっちに」

 どうしたらわかってもらえるだろう。計算上、ここは安全ではない。

 階段を降りて、扉の前に立つ。

「おい、君は……」

 階段を降りた先が暗いせいで、人形であることに気付いたのだろう。グラシスの父親が息を呑む。

「私は戦闘用ではありませんが、本部の研究開発部の人からは、戦闘にも耐えうるだけの性能を持っている人形だと言われました。襲撃している中に人形が含まれている場合、それらはおそらくセンサーを用い人を探知する何らかの機能を有している可能性が高いです。少なくとも、戦闘に特化していない私でさえ、人の呼吸音、心臓の音からある程度の位置を把握できます。その上で、あなたは、私がこの扉を壊せると思いますか?」

「何を言い出す。無理に決まっているだろう!」

「試しても大丈夫ですか?」

「試す? その細い腕が壊れても良いのならやれば良いさ」

 やれるものならやってみろとばかりに、グラシスの父親がそう言った。

「ちょっとあなた、興奮しすぎよ! 焦っているのはわかるけど──」

 グラシスの母親は、彼と対照的に冷静だ。

「では、試します。この扉が壊れたら、もっと安全な場所に避難してください」

「おいアサ! そんなことして腕が」

 ラーディのほうを振り返る。視界の隅に移るグラシスが息を呑むのがわかった。

「大丈夫、ラーディも少し落ち着いて」

 拳を握り、右腕を扉に向けてぶつける。表面が崩れる。

 再度ぶつける。大きな亀裂が入る。

 もう一度ぶつける。衝撃に耐えきれなくなったコンクリートの扉に穴が開いた。右手の人工皮膚が、衝撃と摩擦で、裂け、溶けた。

「六秒でこの扉を破壊できました。ここに隠れていたら危険だったということを、わかって頂けたでしょうか?」

「そんな……じゃあどこが安全だと言うんだ!」

 ラーディが口を開く。

「今は中央学園が避難所になっているから、そこまで一緒に避難しませんか。近くで爆発が起きたみたいだけど、警備隊の人が言うには、まだこの区画は敵に侵入されていないはずだから」

「……無理なんだよ。本部の役員だからわかる。警備隊に、あいつらを防ぐだけの武力は存在しない。どこから手に入れたのか、新型の人形を原型とした新しい戦闘兵器も、予算をカットして量産させないように指示したから……まさか自分の首を締めることになろうとは」

 頭を抱えて、しゃがみこむ。その姿を見て、ずっと黙っていたグラシスの母親が口を開いた。

「あなた、今更後悔してもしょうがないわ。だって、ここの人たちに殺されても文句は言えない。ここまでなのよ。でも、グラシスには罪はないわ。ねぇ、グラシスを連れて出て行って。私たちはここで、最後を迎えるから」

「母さん──」

 グラシスが、一歩前に出る。

「グラシス、駄目な親でごめんなさいね。元気で……」

 母親の言葉を、ラーディが遮る。

「今にも、この街の人々は殺されている。それをどうにか食い止めたい。できれば、今後こういうことはもうないようにしたい。あなたは上層の情報を持っているんだろう? どうしてこういうことが起きるのか、それを知っているんだろう? 俺は、何も知らないまま、殺されるなんて嫌なんだ。だから、絶対に来てもらう。絶対に話してもらう」

 原因を突き止め、問題を解決しない限り、この地区にも、この世界にも、きっと未来は来ない。平和な未来は来ない。逃げてばかりでは、それは得られない。

「俺は、上層に見捨てられたんだ。結局俺も、下層の人間だからな……上層に、天国のような世界に行けるなんて、馬鹿な夢を見ていた……」

 そう呟いたグラシスの父親が、車椅子を手に階段を登ろうとしたので、それを手伝おうと──。

 とっさに手が動いていた。動いてくれた。間に合ってくれた。

 鋭い刃物を手にした、ルークと呼ばれた人形の腕を掴んでいた。あと三センチで、グラシスの父親に接触していた。

「ルーク、腕を砕かれたくなければ、やめてください」

 人に危害を加える存在は、排除しなければならない。

「アサと言うのかな。君の存在は例外だった。計画に誤差が生まれている。だが、修正可能な程の小さな誤差だ」

 ルークがしようとしていたことに気付いた父親が、声にならない声をあげた。

「一体何なんだ……人形が俺を……」

 力を加えているためルークの動きは抑えることができているが、離せば再びグラシスの父親に向かっていくだろう。

「ルーク、あなたは人に危害を加える。ここで破壊します。ラーディ、良い?」

「……頼む」

 絞り出すように出たラーディの声。どこか、苦しそうで、でも今は風邪を引いてないはず。右腕をルークの胸に突き刺す。丸い球体、コアを掴み取り出す。一瞬でルークの身体から力が抜けて、床に崩れ落ちた。

 再び遠くで爆発音。

 階段を登って、ラーディの前に立つ。額に手を当てた。

「アサ、どうした?」

「ううん、風邪じゃない? なんだか、苦しそうだったから」

「大丈夫、急ごう」とラーディの声。

 呆然としたままのグラシスの手を引っ張ると、

「……そういえば、アサはラーディのお姉さんで、だけど人形……?」

「人形です」

 それだけ言って、家の外へと出た。急いで歩けば、ここから十五分程で学園に到着する。



「僕は親を、許せない……けど、でも、死なれるのは嫌なんだ。たくさんの街の人を巻き込んで、父親はそれに関係していて……それでも、死なれるのは……」

 後ろをついてくる両親には聞こえない程の声でラーディにそう言うグラシス。

「当たり前だ。自分の親なんだから──そう思って当然だ」

 数回の爆発音。距離は……遠かったり近かったりする。近い場所では三キロ圏内。早く逃げないと危険だ。後ろを振り向く。グラシスの両親の後ろ、遠くから見覚えのある車。ブラッジのもの。車が急停止し、窓から怒鳴る声。

「タイミング良く会って良かったぜ! 無事だったんだな。全員は載せれないが、車椅子なんか捨てて乗り込め!」

「グラシス、両親と乗って学園に先に行ってくれ」

 ラーディの言葉。私的にはラーディに乗ってほしいのだが、その言葉をなんとか飲み込む。

「いや、俺よりお姉さんを……」

 車椅子からグラシスの母親を車内へと運び、父親が乗り込んだのを確認。未だ抵抗しているグラシスの腕を掴んで、強制的に車に乗せる。

「グラシス、私は人形です。ご心配なく」

 唖然としたままの彼を乗せて、車が遠ざかった。

「急ごう」

 ラーディがそう言った。

「学園の方向に走ってください。私は、もう誰も死なせたくない」

 学園とは反対方向の、通りの先を見つめる。視界にはまだ何もないが、大勢の足音が聞こえる。靴が地面を叩く音とは違う。これは、人間の足音ではない。ユニットがあれば良いのだが、持ってないのだから仕方ない。

「早く逃げてください」

「何言ってるんだ、アサも一緒に」

 私の腕を掴んで、引っ張ってくる。ので、力を入れて踏ん張る。

「……アサ、命令はしたくないんだ。家族って言っただろう? やっぱり迷惑か?」

「家族です。迷惑じゃない。けど、ここで敵の数を減らさないと。一気に押し寄せてきたら学園は一瞬で崩壊する可能性が──それに私は、研究開発部のテストで、最新型の、戦闘型の人形にも勝ちましたし」

 そのあとオーバーヒートで機能が一時停止したことは伏せておく。それ以前にユニットがないから、あの時のような戦い方はできないが、何か方法はあるはずだ。

「減らせるとか、勝てるとか、そういう話じゃない。俺と一緒にいるか、いないかという話だ。ここに残るっていうのは、一緒にいないという選択を取るってことなんだな?」

 その言い方は……困る。

「アサはどうしたい?」

 私がどう答えるのかを、既に知っているかのような目。そして私は、おそらくラーディの想像通りの言葉しか出すことができない。

「……一緒にいたい」

「じゃあ一緒に逃げてくれ。勝ち負けを決めるのはそのあとだ」

 すぐには頷けない。けども、離れるということはラーディを直接守れなくなる。色々考えた末に、一緒に逃げることに同意する。誰もいない通りを駆ける。背後、遠くからは、たくさんの人形たちの足音。謎だらけのルークの言葉が気になったが、今は考えてもわかりそうにない。

「もしかしたら、ここも駄目なのかな──なんて言ってごめん。ここが駄目だから、他の場所に逃げるなんてこと続けていても、何の解決にもならない。俺の親を殺して、四十七地区の人々を殺して、今ここを攻撃している彼らが何なのか、それを知るためには、逃げてたら駄目だとわかった。まだ、何もわからないけど、アサ、手伝ってくれたら嬉しい」

 そう私に言ってくる言葉に、引っかかる点があった。

「それは復讐?」

 危険なことは避けてほしい。それに、その先に幸せはあるの?

「──いや、グラシスやミラや、アサが、普通に暮らせる場所が欲しいから。それを、ちゃんと、手に入れたいから」

「じゃあ、手伝います。約束」

 こんな状況なのに、ラーディは少しだけ笑ってくれた。さっきは苦しそうだったから、すこし安心する。

 生き延びて、真実を知って、問題を解決し、平和を掴む。その先には、きっと、ラーディやミラやグラシスやグラシスの両親、シーズやブラッジ、メリッタ、ルイド、グラ、施設のランドや、エスリ、ロボ、まだイールとアズレしか名前を知らないけど、小さな子供たちの笑顔があるはず。

 守るほどの平和なんて存在しなかった。だから、今は目の前にある命の灯火が消えないように、ただそれだけを守ろう。

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