あなたが私を婚約破棄することは絶対に不可能です
「リオナ・プルフ、お前との婚約を破棄する! なにしろお前は絶対に俺の思い通りにならんからな!」
夜会の最中、侯爵令息グラド・ジールドが、伯爵令嬢リオナに宣言した。
周囲の参加者はシーンと静まり返り、状況をただ見守るのみ。
しかし、リオナは煌びやかな長い金髪をかき上げ、こう言い返した。
「あなたが私を婚約破棄することは絶対に不可能です」
「……ッ!? どういう意味だ!」
グラドは顔をしかめる。
リオナはあざけるような笑みを浮かべる。
「あなたは今、私が“絶対思い通りにならないから”婚約破棄する、そうおっしゃいましたね」
「……ああ」
「では、私がここで『はい』と婚約破棄を了承したとしましょう。その場合、私はあなたの思い通りになったことになるので、婚約破棄することができなくなります」
「な……!?」
グラドが目を見開く。
「それでは、私が婚約破棄を受け入れなかったらどうなるか? その場合、私は“あなたが思う通りの思い通りにならない女”ということになる。つまり、あなたの思い通りになっている。とするなら、やっぱり婚約破棄はできないのです」
「ぐ、ぐぐ……!」
グラドは歯を食いしばる。
近くにいたアディンという金髪の若者がうなずく。
「見事だ……。婚約破棄を見事な理屈で切り返した!」
リオナはグラドに詰め寄る。
「さあ、どうしましょうか? グラド様……」
グラドは頭を抱える。
「グ、グガガ……こんな、ハズでは……! 俺……ワタシは、どうスレバ……!」
アディンが首を傾げる。
「なんだか様子がおかしいぞ……」
一方、リオナは鋭い眼差しになる。
「所詮は兵器。こういった計算違いには弱いようね」
「グ、グググ……!」
「いいことを教えてあげるわ。私を婚約破棄する唯一の方法は、私を殺すことよ!」
すると、グラドの碧眼が黄色く光った。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
ハンサムな貴族令息だったグラドの肉体が変形していく。
体全体が巨大化し、金属化し、人工的で機械的な容姿になっていく。
まもなく変形が完了する。
その姿はまさに鉄巨人そのものだった。
アディンは驚愕する。
「これはいったい……!? グラド・ジールドが……変身した!?」
「これが彼の正体よ。彼は侯爵令息グラド・ジールドなどではなく、本当の名は悲しき古代兵器『グラジール』!」
「な、なんだって!?」
「人に擬態し、絶望を喰い、成長する兵器。これまでに幾人もの女性を婚約破棄して、その絶望を吸収して成長してきた。もう少し成長していれば、この王国を滅ぼせるレベルになっていたでしょうね」
「なんてことだ……。しかし、“悲しき”というのは……?」
「彼自体はインプットされた命令に従っているだけ。おそらく悪しき古代人に開発され、『人類を滅亡させよ』のような命令をされたまま、封印されたのね。だけど、なにかの拍子に目覚めてしまい、侯爵令息グラド・ジールドとして生き、婚約破棄を繰り返して絶望を吸ってきたの」
「そうだったのか……」
「それよりあなた、ここは戦場になる。手が空いているなら、みんなを避難させてちょうだい」
「……分かった!」
アディンは夜会出席者の避難誘導に移る。
リオナはグラジールを見据える。
「現存するどのゴーレムよりも強力ね」
「当然ダ……。ワタシはグラジール。人類を滅亡させるために生まれた兵器! 正体は見破られたが、キサマを殺し、婚約破棄をして、その絶望を吸収してくれよウ!」
グラジールのショルダータックル。
鋼鉄製の巨象が競走馬の速度で体当たりをするような一撃だった。
リオナはまともに喰らってしまい、夜会会場の壁に叩きつけられる。
「まだまだこれからだゾ!」
グラジールの両のアームが唸る。
秒間およそ百連発のパンチの嵐が襲う。
普通の人間ならば、とっくにミンチになっているだろう。
ところが――
「ふんっ!!!」
リオナが気合いを発すると、パンチを繰り出していたグラジールが吹き飛んだ。
「……!?」
「こんなものではないでしょう。見せなさい、あなたの真の力を」
グラジールが構え直す。
「いいだろウ……見せてやル!」
グラジールの目が黄色から赤に変わる。ここからが全力だ。
右拳を射出し、ロケットパンチを放つ。
リオナを直撃する。
「……ぐっ!」
さらに両肩が盛り上がり、砲口となる。
「発射ァ!!!」
ミサイルが飛び出し、リオナに着弾――爆発が起こる。
観戦していたアディンが青ざめる。
「なんて威力だ……!」
「トドメダ……」
グラジールが腹部から光線を放つ。
瞬く間にリオナを呑み込み、会場の一角を大破させるほどの大爆発が巻き起こった。
「リオナーッ!!!」
アディンが叫ぶ。
同時にグラジールが高笑いする。
「フハハハハッ! 木っ端微塵ダ! ワタシの勝ちダ!」
爆炎を背に、グラジールは夜会会場を立ち去ろうとする。
が、煙の中から声が響いた。
「いい攻撃だったわ……」
「ナ!?」
「あなたがもう少し絶望を吸収していたら、あなたの勝ちだったかもしれないわね」
リオナが現れた。
ドレスはボロボロ、自慢の金髪もボサボサだが、十分動けるようだ。
対するグラジールは震えている。
「兵器であるはずのワタシガ……? 恐怖……ワタシは恐怖しているのカ!」
一歩一歩リオナが近づく。
「今の攻撃に敬意を表して、最後は婚約者として全力であなたを葬るわ」
グラジールも自身の恐怖を振り切る。
「ふン……婚約破棄してやるゾ、リオナ!」
最後の激突――両者の動きが止まった時、リオナの拳はグラジールの胸部を貫いていた。
「ガ、ハ……!」
グラジールの全身が煙を噴き、バチバチと音を立てる。
「最後に言い残すことはあって?」
「マ、マスター……ワタシは……役目を果たせませんでし、タ……」
「よくできました。じゃあさようなら、我が婚約者グラド・ジールド」
最期はあえて侯爵令息として扱う。
リオナが拳を引き抜くと同時に、グラジールは爆発を起こし、粉々になった。
ところどころにネジや破片、オイルなどが飛び散る。
「ざまぁ。と言っておくわ」
リオナはカーテシーを披露する。
その表情はどこか哀しみを帯びており、これは彼女なりの敬礼だったのかもしれない。
リオナが振り返ると、そこにはアディンがいた。
「夜会に出ていた者は避難させたから、全員無事だ」
「お見事ね。正直、何人かは巻き添えにしてしまうかもと思っていたわ」
リオナはアディンの速やかな対応に感心する。
「僕も少しは名の知れた存在だからね」
「というと?」
「名乗らせていただこう。僕は王国第一王子アディン・アインスだ」
「まあ……!」
王子ならば、緊急時のリーダーシップにも優れているだろうとリオナは納得する。
「ただし、ただ自己紹介するためだけに名乗ったわけじゃない」
リオナがきょとんとしていると、アディンはその前で跪いた。
「君に惚れた。我が国の平和を脅かす兵器を倒し、あまつさえその兵器に礼を尽くすその姿に、すっかり心を奪われてしまった。リオナ・プルフ、どうかこの僕と結婚して欲しい!」
まっすぐな言葉に、リオナの強靭な心も大きく動かされた。
(なんて熱いプロポーズなの……。胸が高鳴っている。どうやら、私がこの求婚を断ることは不可能なようね)
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




