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舞風学園演劇部3 舞台の継承  作者: 舞風堂
第一章 次の舞台へ
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第二幕 二人の体験入部

 コンコン。

 波島綾音は勇気を振り絞って、多目的室の扉を叩いた。


「どうぞー!」


 明るい声が返ってくると綾音は小さく息を吸い、ゆっくり扉を開けた。


「失礼しまーす」


 多目的室に入ると賑やかな空気となっておりお馴染みの部長である本宮ひのりが気がついた。


「お、体験の子?」


「えっと……見学だけ、なんですけど……」


 綾音がおずおずと言うと、ひのりは笑顔で頷く。


「もちろん大歓迎だよ」


 そして部員たちへ振り返った。


「みんなー、体験の子だよー」



 視線が集まる中、綾音は少し身を縮めた。

 けれど返ってきたのは優しい声ばかりだった。


「いらっしゃい」


「気楽にね」


「見学だけでも大丈夫だよ」


 歓迎公演で見た三年生と二年生達。

 みんなが綾音を温かく歓迎してくれていた。



「名前、聞いてもいい?」


 ひのりが尋ねる。


「……一年B組、波島綾音です」


 小さな声だったが、ひのりはその名前を繰り返す。


「綾音ちゃんね。よろしく」


 そして自分の胸を指差した。


「私は本宮ひのり。演劇部部長です」


 綾音は少しだけ緊張を和らげながら頭を下げた。


「……よろしくお願いします」


 こうして、波島綾音は初めて舞風学園演劇部の扉をくぐった。



「じゃあ、ちょうど基礎練始めるところだから」


 ひのりが言う。


「綾音ちゃんも見ていく?」


「……はい」


 綾音は小さく頷いた。


 部員たちは自然に円を作り始める流れ、それが不思議と心地よかった。



「まずはストレッチー」


 紗里の声で全員が体を伸ばし始める。


 肩を回して首を回し、足を伸ばす。

 綾音は壁際の椅子に座ったまま見ていた。


(意外と普通なんだ)


 もっと特別なことをしているのかと思っていた。

 舞台の上の人たちは遠い存在だと思っていた。

 でも目の前にいる先輩たちは、どこにでもいる高校生に見える。



「発声いきまーす」


 ひのりの声。


 全員が姿勢を正す。


「あ・え・い・う・え・お・あ・お!」


 声が部屋に響くと、綾音は少し驚いた。

 大きくまっすぐ届く声だったからだ。



「あ・え・い・う・え・お・あ・お!」


 もう一度。

 今度はさらに揃う様子に綾音は思わず見入ってしまう。


(すごい……)



「綾音ちゃんもやってみる?」


 ひのりが振り返る。


「えっ」


 綾音の肩が跳ねた。


「む、無理です」


「そっか」


 ひのりはあっさり引いた。


「じゃあ見てて」


 無理に誘わない。


 それだけで少し安心する。



 発声が終わる。


 今度は早口言葉だった。


「隣の客はよく柿食う客だ」


 七海が手本を見せる。


 綺麗な発音だった。


 次々と部員たちが言っていく中、みこは途中で焦っていた。


「となりのきゃくは……」


「みこちゃん落ち着いて」


「が、頑張ります……!」


 笑いが起きる。



 綾音も少しだけ笑ってしまった。

 すると。


「あ」


 ひのりが気付く。


「今笑った」


「え」


 綾音は慌てた。


「べ、別に……」


「ううん」


 ひのりは嬉しそうだった。


「楽しそうだったから」



 その後。


 部員たちは簡単な即興練習を始めた。


「じゃあテーマ」


 七海がノートを開く。


「迷子になったお姫様」


「またそういうの好きだね」


 紗里が笑う。


「物語は大事だから」


 七海は平然としている。



 即興劇が始まる。


 台本はないが、みこがお姫様、紗里が盗賊、ひのりが旅人という役で話が広がっていく。

 なのに物語になっている。



(すごい……)


 綾音は前のめりになっていた。

 漫画を読む時やゲームのイベントシーンを見るときと同じ感覚。

 続きを見たくなる。



「綾音ちゃん」


 七海が静かに声をかけた。


「えっ」


「今、続き気になったでしょ」


 図星だった。


 綾音は何も言えない。



「物語が好きなら」


 七海はノートを閉じる。


「演劇も案外向いてるかもしれない」


「……」


「見る側だった人が、演じる側になることもあるから」



 綾音は胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。

 自分はずっと見る側だと思っていた。

 物語の外にいる人間だと思っていた。


 でも。



 演じる側になる。



 その言葉は、少しだけ心に残った。

 まだ自信なんてない。

 入部するかも分からない。

 それでも。



(もう少しだけ見てみたい)



 そう思ったのは初めてだった。



 その日の練習が一段落した頃だった。


 コンコン。


「入るわね」


 多目的室に音屋亜希先生が入ってくる。


 その隣には見慣れない若い女性がいた。



「まずは大事な話から」


 音屋先生は部員たちを見渡した。


「今年、私は進路指導を優先することになるわ」


 一同が静かになる。


「顧問を辞めるわけじゃない。でも去年みたいに深く関わるのは難しい」


「三年生は自分たちで考えなさい」


 ひのりたちは頷く。


 もう最後の一年なのだ。



「それと」


 音屋先生が隣を見る。


「今年から副顧問を務める晴山夏美先生よ」


 若い女性が慌てて前に出た。


「はじめまして!」


「国語担当の晴山夏美です!」


 元気よく頭を下げる。


「演劇経験は、ありません!」



 一瞬の沈黙。



「でも観るのは好きです!」


「皆さんと一緒に勉強したいと思います!」



「つまり私は自由枠で――」



「晴山先生」


 音屋先生の声が落ちる。



「それでも先生ですか?」



 晴山先生は慌てて姿勢を正した。


「すみません!」


「副顧問として責任を持って関わります!」



 音屋先生は小さく頷く。


「経験がなくてもいい」


「でも“分からない”を言い訳にはしないこと」


「はい!」



 話が終わると、音屋先生は今度は三年生を見る。


「それで?」


「今年はどうするの?」



 ひのりたちは顔を見合わせた。


 大会。


 舞台。


 ミュージカル。


 やれることはたくさんある。


 でも。



「正直」


 紗里が言う。


「もう一回大会、って感じでもないんだよね」



「私たち三年生ですから」


 七海が続ける。


「何をやるかより、何を残すかを考える時期だと思うんです」



 音屋先生は静かに聞いていた。



「後輩たちに何を残せるか」


「演劇部に何を残せるか」


 ひのりが呟く。



「そう」


 音屋先生は頷く。


「その言葉が出たなら」


 一拍置く。


「もう立派な三年生ね」



 春の日差しが多目的室に差し込む。


 そして綾音は知らない。


 この先、自分もその「残される側」の一人になることを。



 翌日の昼休み。


 綾音が本を読んでいると、隣の席に風花が勢いよく座った。


「で?」


「どうだったの?」



 綾音は顔を上げる。


「演劇部?」


「そう!」


「昨日行ったんでしょ?」



 少し考える。


「……思ってたより普通だった」


「普通?」



「もっと怖いかと思った」


「厳しいとか」


「すごい人ばっかりとか」



「違ったの?」



「うん」


 一拍。


「優しかった」



 風花は少し意外そうな顔をする。


「へぇ」



「発声とかした」


「声出したり」


「早口言葉やったり」


「即興劇見たり」



「楽しそう?」



 綾音は少し迷った。


 でも正直に言う。


「……ちょっと」



「おお」


 風花が身を乗り出す。


「綾音ちゃんが『ちょっと楽しかった』って言うの珍しい」



 綾音は少し照れた。


「まだ見学だけだし」



「ふーん」


 風花は机の中からノートを取り出す。



「ちなみに私は大変」



 開かれたページには部活名が並んでいた。


 そして横には大きな×印。



 バスケ部 ×


 軽音部 ×


 ダンス部 ×


 動画撮影部 ×



 綾音は目を瞬かせる。


「何これ」



「私の部活調査ノート」



「昨日バスケ」


「その前軽音」


「今日はダンス」



「全部体験したの?」



「うん」



 風花はペンを走らせる。


 ダンス部の横に一本線を引く。



「終了」



「早くない?」



「だってさ」


 風花は椅子にもたれる。


「最初は楽しいんだけど」


「途中から急に地味になるんだもん」



「基礎とか?」



「そうそれ!」



 風花は勢いよく頷く。


「毎日同じことやるじゃん!」


「そこで急に飽きる!」



 綾音は少し笑ってしまう。



「笑ったな」



「ちょっと」



「ひどい」



 風花も笑う。



 そしてノートを閉じた。


「で」


「演劇部は?」



「え?」



「まだ×付いてないじゃん」



 綾音は首を傾げる。



「行ってみれば?」



「私が?」



「うん」



「いやー」


 風花は苦笑する。


「どうせ三日で辞めるし」



「それ決定なの?」



「もはや特技」



 綾音は少しだけ考えた。



「でも」


「見学だけならいいんじゃない?」



 風花が止まる。



「演劇部の先輩も言ってた」


「見学だけでもいいって」



 一瞬の沈黙。



「……じゃあ」


 風花はにやっと笑う。


「明日だけ行ってみる?」



「明日だけ?」



「とりあえず一日!」



 綾音は思わず笑った。



 こうして。


 波島綾音に続いて、浅間風花もまた演劇部の扉へ向かうことになる。


翌日の放課後。


 綾音と風花は一緒に多目的室へ向かった。


「本当に来ちゃった」


「自分で言ったんでしょ」


「まあね」



「いらっしゃーい!」


 ひのりが手を振る。


「体験二人目だ」


「浅間風花です!」


 風花は元気よく頭を下げた。


「三日限定でお願いします!」



「期限付き?」


 紗里が笑う。


「飽き性だから更新制です!」



 笑いが起きる。



「じゃあ基礎練ね」



 ストレッチ。


 全員がゆっくり体を伸ばす。


 風花だけ妙に速い。



「早送り?」


 りんかが言う。



「時短!」



「演劇に倍速はないよ」



 笑い。



 発声練習。


「あ・え・い・う・え・お・あ・お!」


「あえいうえおあお!」


 風花だけ半拍早い。


「未来に生きてる?」


 七海が言う。


「先の展開読んでる!」


 また笑い。


 早口言葉。


「隣の客はよく柿食う客」


 風花の番。


「となりのきゃきゅはよくかきくうきゃく!」


「客増えた」


「新キャラ?」


「きゃきゅって何」



 部屋が笑いに包まれる。



「じゃあ最後」


 ひのりが手を叩く。


「即興やろうか」



「えっ」


 綾音が固まる。



「面白そう!」


 風花は乗り気だった。



「七海」


 唯香が言う。


「お題お願い」



「はい」



 七海は机の上から数枚の紙を取り出した。


「ちょうどいいわね」



「それ何ですか?」


 風花が覗き込む。



「新入生体験用の短い台本」



 七海は二人に紙を渡した。



『旅立つ勇者と妖精』



「綾音ちゃんが勇者」


「風花ちゃんが妖精」



「そのまんまだ」


 風花が笑う。



「分かりやすい方がいいでしょ」


 七海は平然としていた。



「じゃあ始めて」



 綾音は少し緊張しながら台本を見る。



風花

「勇者様。旅立ちの時です」


綾音

「でも私は自信がありません」


風花

「大丈夫です。私がついています」


綾音

「それでも怖いです」


風花

「最初の一歩だけでいいんです」



 そこで七海が手を上げた。



「ストップ」



「えっ」



「棒読み」



 風花が吹き出す。



「容赦ない」



「勇者は何が怖いのか」


「妖精は何を励ましたいのか」


「考えてみて」



 綾音は少し考えた。


 歓迎公演で聞いた言葉。


 最初の一歩。


 自分自身のこと。



「もう一回」



風花

「勇者様。旅立ちの時です」


綾音

「でも私は……自信がありません」


風花

「大丈夫です。私がついています」


綾音

「それでも怖いです」


風花

「最初の一歩だけでいいんです」



 一拍。



綾音

「……一歩だけ」



 今度は少しだけ感情が入っていた。



風花

「そうです!」


「一歩踏み出せば大丈夫です!」



綾音

「本当に?」



風花

「たぶん!」



 一瞬沈黙。



「たぶん?」


 綾音が思わず聞き返した。



 部屋が笑いに包まれる。



風花

「いや、妖精だから!」



綾音

「説明になってないよね?」



 また笑いが起きた。


 人前に立っていることを忘れるくらいには、夢中になっていた。



(……楽しいかも)



 その気持ちは、昨日より少しだけ大きくなっていた。


「今の良いね最高!」


 ひのりが笑う。


「最初よりずっと自然だった」


「ちゃんと会話になってたわね」


 七海も頷く。


「台本を読むんじゃなくて、相手の言葉を聞いて返してた」


「綾音ちゃん、ツッコミ上手いじゃん」


 紗里が笑う。


「お、お姫様役より向いてたりして……」


 みこも小さく笑った。


「風花ちゃんは勢いがあるわね」


 唯香が言う。


「勢いだけで突っ走るタイプだけど」


「否定できない!」


 風花が即答し、部屋に笑いが起きる。


「でも二人とも悪くないわ」


 アリスが言う。


「ちゃんと前を向いていたもの」


 りんかも身を乗り出す。


「二人とも反応良かったです!」


「特に風花ちゃん、見てて面白い!」


「そこ褒められてる?」


 また笑いが起きた。


「綾音さんも途中から声が出てました」


 音羽が静かに言う。


「最初と全然違いました」


「私もそう思います」


 まひるも頷いた。


「少しずつ自信が出てきた感じでした」


 その時、晴山先生がしみじみ呟く。


「演劇部って良いわねぇ」


 全員が先生を見る。


「三年生は後輩を引っ張ってるし、二年生はちゃんと支えてる」


「一年生は一歩踏み出そうとしてる」


 一拍。


「上手い下手より、昨日より少し前に進めることの方が大事なのかもね」


 綾音は少しだけ顔を上げた。


 風花も珍しく真面目に聞いている。


「で、二人はどうする?」


 ひのりが尋ねる。


「体験はまだ続けてもいいし、帰って考えてもいいよ」


 二人は顔を見合わせた。


 先に口を開いたのは風花だった。


「私、三日で辞める気満々だったんだけど」


「うん」


「もう少し続けてみたいかも」


 りんかが小さくガッツポーズする。


 綾音もゆっくり頷いた。


「私も……入ってみたいです」


「まだ自信はないけど」


「少しだけ変われる気がするので」


 ひのりの顔が明るくなる。


「ようこそ!」


 拍手が起きる。


 こうして波島綾音と浅間風花は、舞風学園演劇部の新しい仲間になった。


続く。

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